連合もしくは連盟。あるいは同盟(中編)
夕陽が再会を喜ぶ声を上げるより速く、日向日和を包囲する陣形が即座に彼女の命に死の鎌を突き付ける。
元帥閣下、米津玄公歳の刃が。
そのご婦人、米津環の圧縮気圧が。
部下二名、冷泉の徒手が。長曾根の札と斥力場が。
なんの声掛けも合図もなく、ただ現れた脅威に椅子を蹴飛ばし四方を囲っていつでも殺せる態勢で構えていた。
(…あら?いつから?初めから、ではないわよねぇ…?)
(気付けなかった…いや違いますね。気配を殺し存在感そのものを消した歩法術…?)
(何にせよ、これ以上の動きは認めない。少しでも敵意を見せれば即座に圧し潰す……!)
(耄碌したか?馬鹿な。いくらなんでもワシら総員を欺く隠形なぞ、聞いたことも……いや、これも異世界故、か)
「はっはっ、歓待だな」
その発言に、誰よりも背筋を凍らせたのは夕陽。彼女はこんな、あからさまな笑い方をする
怒っている。そして、余裕が無い。
極めて珍しく信じ難いことだが、夕陽が知る限り最強無敵の退魔師は今この状況に焦れて、怒り、手段を選んでいなかった。
不味い。皆殺しにされる。
「日和さん!!」
思わず幸との〝憑依〟も忘れ、人の範疇に収まる〝倍加〟で飛び込む。
跳躍の勢いそのままに、夕陽は彼女の腰にしがみ付いた。「うわぁああ!?」と小さな叫び声と頭の僅かな重みが無くなったことはこの際気にしていられない。
「む。…夕陽」
「……は、ははっ。会いたかったですよ。あなたの顔を見ると、いつだって何でもどうにかなりそうに感じてしまうので」
やや乾いた笑いで恩師を見上げる少年の表情とその内に込められた感情を察し、日和は深い溜息と深呼吸と同時に行う。
「…ああ。君だけだよ、夕陽。いつだって、私を止めてくれるのはね」
そうしてふわりと笑ったその顔こそが、夕陽の知る日和本来のらしい笑い方だった。
ーーーーー
「突然につき無許可での来訪、失礼仕った」
今度こそ随分と落ち着いた様子で、日向日和は矛を収めたそれぞれに対し慇懃な一礼と共に自らを名乗った。
「私は日向日和。そこの、日向夕陽の義母にして師、とでも言っておこうか」
「…夕陽君」
「いや合ってます。本当に俺の恩師で、親で、大切な家族なんです。すみません、勘違いさせてしまって」
未だ警戒を解いていない面々に夕陽からも補足を加えて、ようやくその場に満ちていた凄まじい殺気が霧散する。流石は軍属というべきか、彼らの放つ殺意は紛うことなき磨き上げられた本物だ。自分が向けられたわけでもなしに、夕陽は身震いが止まらなかった。
「なれば真正面からそうと申しておれば、誰にも其方のことを止めさせなかったものを」
「すまないね。私は昔から用心深くていけない。初見の人間は誰一人として信用しないようにしているんだ」
少なくとも外見だけは友好的に見える態度でもって、日和は己の警戒心を過剰なものと告げる。
そんな彼女の本質を長年培われた直観で見抜いた玄公歳は一定の距離を保ったまま日和との対話に臨む。
「して。其方の目的は、我が子の保護ということでいいのかな?」
「その子に要件があるのは間違いないが、保護とは舐められたものだ。夕陽は私の庇護などなくとも立派に大成できる男の子さ」
過大評価が過ぎで胃が痛くなる夕陽であった。
「さて、夕陽」
「は、はい……!」
「?…お腹なんて押さえてどうしたんだい?もしやこの世界の食物を口にして下してしまったかな?であれば万能の胃薬を調合するが」
「い、いえ。お構いなく…」
これだけの厚意と好意を向けられて、まさか『あなたの存在が自分の胃を苦しめています』とは口が裂けても言えまい。
しばし心配げに夕陽を見つめていた日和だが、夕陽が手振りで先を促すと渋々ながらに話を進めた。
「君にはいくつか伝えたいことがある。一つ目は我らの世界から流出した概念のこと」
「……、ええと?」
「女神が強引に異世界へと孔を空けた弊害だ。特に、私と君の世界からは世界に散らばる法則と理が流れ出た。それが形を得て実体化した存在。暫定的に『概念体』と呼んでいるがね」
いまいち話が見えず、困惑する夕陽。ヴェリテだけは、その話に真剣な眼差しを向けて傾聴していた。
「いくつかはこの世界にいるハンターだが冒険者だかが始末した。だが一つ、〝絶望〟の概念体だけは通常とは違う形で力を顕現させている。その概念体は、今現在竜王の心臓部と融合している」
「…エッツェル、と…!?」
ことここに来て、ようやく話の重大さが夕陽らにも伝わる。玄公歳らも、話の筋道は見えないまでもこの話がいずれこの世界に訪れる災厄の予兆であることを感じ取っていた。
「今の竜王が全盛期以上の力を有しているのはそのせいだ。加えて、私達の世界の概念を取り込んだことで、奴は私達の世界を理解した。今はもう鎮圧されたが、もはや奴は我々の世界から自在に概念体を引き摺り出し使役することも可能としている。私の〝千里眼〟も逆探知される始末だ。おかげで今まで君を見つけることすら叶わなかった」
日和が抱いている焦燥の理由を知り、夕陽の頬に汗が伝う。
芳しくないことは承知の上だったが、どうやら状況は予想以上に悪いと見える。
「君には私の式神を一体預けておく。目と耳を私と共有した分身体だ。それなりに使える。次、二つ目」
「ちょっ、日和さん!?」
二本指を立て、一切の問答を抜きにして日和が続ける。
「君は、…いやその他大勢もか。ともかくこの世界において、今対峙しているのは竜王率いる竜種の勢力のみだと考えているようだが、その実は違う」
「…え…?」
「それは神の勢力。神の恩寵を受け、神の加護を纏い、神の意思を代行する者達。…くれぐれも気を付けなさい。そのどちらも、予断を許していい相手ではない」
「待ってください。やっと会えたと思ったのに一体なんの話をっ」
「次だ、三つ目」
普段誰よりも尊重してくれる夕陽の声掛けにさえ、日和は応じてくれない。まるで一方通行の留守番電話を聞いているような雰囲気に、自然と夕陽の心が揺れる。
だがやはり、日和は何も待ってはくれない。
「この世界にはあらゆる異世界へと通じる孔が空いている。私と君の世界への孔はとりあえず塞いだが、竜王はそれも意に介せず概念体を呼び込んでいる。いい迷惑だ。…まあそれは置いておいて、この世界には竜種以外にも大きな脅威が随時入り込んでいることは念頭に置いておきなさい。不味いと感ずればすぐに逃げること」
(おかしい。ここまで追い込まれている日和さんは見たことがない…!)
夕陽はようやく理解した。これが異常に次ぐ異常事態であることを。
この人がこんな様子を隠しもせず晒している時点で気付くべきだったのに。
声はさらに続く。
「四つ目はついで程度に聞いておいて。そこな真銀竜の腕にあるものは通信端末だ。君が懸念していた『黒抗兵軍』とやらの一部も、そこに押し付けておけばいい。どうやらこの世界にとって害なる存在ではないらしい。好きに使わせておけば、それなりの戦果は上がるだろう」
「…はい」
「さあ。最後、五つ目だ」
夕陽に口を挟む気は失せていた。今はただ、静聴せねばならない。
この人の力になる為に、この人の支えになる為に。
「安心しなさい。あらゆる障害を跳ね除け、君が望む平穏は私が必ずもたらそう。君は、君に出来る範囲で戦えばいい。何も不安に思わなくていい。私が愛する君が、日向夕陽が愛するものをこそ、私は全身全霊を以て護り抜くのだから」
日和の身体が薄っすらと発光する。夕陽とヴェリテ以外の者達は何事かと身構えたが、何か行動を起こすよりも前に、彼女の姿は一瞬の発光の後に粒子と共に消えてしまった。
おそらくはそういった類の術式。本人か、あるいは姿を投影していただけだったのか。そこまではわからないけれど。
「…エヴレナ。その通信端末で、戦艦にいた連中に連絡を取れ」
「え…?あ、うん!」
「米津さん。さっきの話、なるだけ迅速に進めてもらえますか?」
「……わかった。すぐに再編成しよう」
「ヴェリテ、あの話だがな。使おう、今は少しでも戦力が欲しい」
「承知しました。その旨、彼に伝えます」
「アルは元々この戦争に乗り気だったな。なら聞く必要はないか。―――ティカ」
「う、ん……もぉ、なんなのー?急に揺れるから頭から落っこちちゃったじゃない。レディーに失礼だとおもわないぃー?」
「悪いな。お前の力も必要だ。一緒に、戦ってくれるか?」
「……。ん、いいよ。大人なティカが、あなたを手伝ったげるんだから」
「助かる。良い女だよ、お前は」
「……」
「なあ幸。いつも無理言って悪いとは思っているんだ。本当に」
「…」
「でもわかるだろ?他でもないお前なら」
「…、っ!」
「はは。やっぱ生涯添い遂げるならお前以外にはいないわな、相棒!」
やるべきことはわかった。
あの人が全力最大限で全てを片すというのなら、それは絶対に認めない。
何が何でもこちらから力添えをしてやる。きっとこれこそがあの人の望んだ未来。
持てる手勢、出せる手札を全て使って。全部を用いて。
人と竜の世界、その大地を治める。
たとえそこに神なる存在が介入しようとも。
「これだけ揃って、負ける
『メモ(Information)』
・『日向日和』、『???』へ向け出立。
・『黒抗兵軍』内二百名、『米津元帥』らの指揮の下で再編成。『黒抗兵軍第一中隊「
・『黒抗兵軍』内二百名、『FFXX』の指揮下において再編成。『黒抗兵軍第二中隊「
・『陸式識勢・和御魂竜殻天将 《タ号》』、『日向日和』の命により『日向夕陽』に随伴。
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