連合もしくは連盟。あるいは同盟(前編)


 急遽リゾートホテルの大広間を一時貸してもらい、そこで俺達は一堂に会する。いない者といえば、治療を受けてどうにか傷は治ったものの憔悴と疲弊が激しく空き部屋に放り込まれたアルくらいか。

「うにゅー……」

 重傷のアルとヴェリテの怪我に薬効の花粉採取と投与を同時進行で行う羽目になったレディ・ロマンティカもまた、ぐったりとした様子で何故か俺の頭の上で肢体を投げ出して突っ伏していた。

 重さはそれほど感じないが、それとは別に普通に布団で寝ろお前は。

「―――と、いうのがここに至るまでの流れになりますね」

 ロマンティカのおかげで全快したヴェリテが、話し終えて流麗な動作でテーブルに置かれた紅茶に口をつける。

 見た目も所作もどこぞの貴族令嬢にしか見えないが、俺から返せる言葉は一つだけだ。

「化物共め…」

「その言い草はあんまりでは?」

 ぶぅっと、僅かに紅茶の中身を噴き出しそうになったヴェリテが迅速にハンカチで失態を拭いながら不服を漏らす。

 ここに来るまでの間にヴェリテは北の大地でアルと出会い、そして竜種を三体も打破してきたという。ヴェリテとアルの強さは知っているつもりだったが、この短期間で一体何をどうしたらそんな功績を上げてくるんだ。

「あの二体はおそらく既に竜王の支配下だったのでしょう。…ポラリスはもとより竜王寄りの思想ではありましたが」

 懸念は現実のものとなった。竜王エッツェルは現在進行形で世界に残存する竜種を纏め上げ駒としてあらゆるエリアに放っている。

 だが受けたのは凶報だけではなかった。

「で、それに対抗する為の『黒抗兵軍こっこうひょうぐん』?とかいう同盟軍だってのか」

 光竜ポラリスとやらが封印して閉じ込めていた数多のハンター達。解放された彼ら彼女らは打倒竜王を掲げる軍勢として蜂起した(させた?)らしい。

 でも多すぎて掌握し切れないから指揮に秀でた者を選出して置いてきたらしい。何やってんだ。

「連絡取れないじゃん」

「そこはご安心を。意思を伝え合う能力者を連絡役として抜擢しておりますので。何かあれば私かアルの方に念話が届きます」

 しかしながら六百近い人数が一塊になって動いているのは中々目立ちそうだ。打倒竜王の前に襲撃されて壊滅しなければいいが。

「分けた方がいいんじゃないか?エッツェルはエリア全土に及ぶ影響力を持ってる。なら遊撃隊として少数のグループを作って各地に散らせた方が攪乱としても使えそうだが」

「ええ。その為にまず一部は中央セントラルへ向かわせたようです。情報の集まりやすい首都にて参謀本部を立ち上げ、何か動きを見出した際には全小隊へ通達する運びにすると」

 なるほど。ならその各小隊にも有能な指揮官が必要になる。

「…米津さん。今の話を聞いて、俺の提案が予想つきます?」

「ふむ」

 ここまでを黙して聞いていた米津夫妻とお付きの軍人さん二人。それから夫妻の間に挟まる形で座っていたあかぎが顔を上げる。

「はいはい!おじいちゃん!おじいちゃんが適任だと思いまーす!」

 本人の顔色を窺う前に両手を上げて推薦してしまったあかぎ。とても助かるが、同時に申し訳なさも覚える。本当はもっと手順を踏んで頼み込むつもりだったのに。

「…というわけなんですけども。どうでしょうか」

 不躾なお願いだという自覚はある。そもそもがこんなに良い待遇で宿泊させてもらっている上の、この我儘だ。怒って叩き出されても文句は言えない。

「…のう夕陽君」

「はい…」

「そもそもワシらはな、この異世界には旅行で来たのじゃ」

「はい…。…………はい?」

 え?なんて言ったこの爺さん?

 旅行で異世界に来た?マジで言ってるのか。

 流石に冗談だと思って半笑いで夫妻の背後で控えていた軍人さん(冷泉さんと長曾根さん、というらしい)に目線を向けてみる。


「…………(目を逸らす)」

「…………(目を伏せる)」


 どうやらマジらしい。元帥クラスになると異世界渡りすら娯楽の一環に過ぎないようだ。怖すぎんだろ俺達の住むところとは異なる日本……。

「だのに、来てみれば諍い争いばかりの世界。とてもとても、旅行として楽しむにはこの世界は刺激が強すぎるのう」

(どの口が言うのだろうか)

 めちゃ楽しんでるように見えましたが、とは言わないでおく。背後の部下さん二人も苦虫を嚙み潰したような顔をしているし、もしかしなくとも同様の感想を胸に秘めているのだろう。

「というわけで、ワシらが円満な旅行を過ごす為には物騒なものが多すぎる。排除せねばなるまいな?どうじゃかあちゃん」

「ええそうね~。せっかくおじいさんと楽しみにして来た異世界なのに、苦い思い出ばかりで終わってしまうのは嫌ですね。それにこのあかぎちゃんにも、もっともーっとこの世界を楽しんでもらいたいもの。ね?あかぎちゃん」

「…!うんっ、おばあちゃん!!」

「というわけじゃ。夕陽君」

「……ほんと、食えない人ですね、あなたは」

 微笑に苦笑で返す。その言葉を肯定、受諾の意であると受け取り、俺はヴェリテに向けてアイコンタクトを送る。エリア1アクエリアスに、『黒抗兵軍』の一個小隊を派遣させ、その指揮権をここの一団に委ねる。

 まだそこまで長い付き合いではないが、この方々が信用に足る人達であることはもはや疑うべくもない。兵軍の一部を委ねたところで、悪いようには扱わないだろう。

「さて。……あとは、日和さんがいてくれればな」

 あの人に出来ないことはない。もし頼めるのなら、兵軍の何割かを指揮してもらえれば打倒竜王もより容易なものとなりそうだと思ったのだ。もっとも、あの人は見知らぬ有象無象を率いるなど心底嫌がりそうだが。


「いくら君の頼みでも厳しいな。私に見知らぬ有象無象の指揮を執れなどと」

「いやー、まあそうですよね分かってましたよハハ……はァあああああ!?」


 声は、部屋の角から聞こえてきた。

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