再会は荒々しくも


「こんなに平和でいいのかねぇ……」


 クリアウォーター海岸の砂浜。ビーチパラソルの下で胡坐を書いている夕陽が暑さとは別の汗をかいて呟く。

 現在、米津元帥のご厚意によってリゾートホテルに宿泊させてもらっている一行だが、今のところあれからまだ大した動きはない。

 既にホテルに着いてから竜笛は鳴らしているのでヴェリテはじきにやってくると思っていたが、それにしても遅い。何かあったのだろうか。

 夕陽としては幸との合流も済み、身体の調子も満足な食事と睡眠のおかげでほぼ万全に仕上がっている。今すぐ発つと言われたって動けるほどだ。

 だがそんな夕陽はこうしてパラソルの日陰から、女の子達が海辺で遊んでいるのをただ眺めているだけ。一緒に遊ぼうと誘われはしたが、この面子で男一人だけが加わるのも気恥ずかしさがあり断った。せめてアルもいてくれれば考えたかもしれないが。

「むしろ、その年頃で平和を満喫していない方がおかしいと思うがね」

 声に振り返り、びくりと肩を揺らす。

 誰かはわかっていた。世話になっている老齢の軍人、米津玄公歳その人である。

 驚いたのはいつの間にか背後に立っていたからではなくて、その彼が褌一丁の姿でいたからである。

「おぬしは泳がんのか?」

「え、あぁ、いや。…あの輪に入るのは少し、あれでして」

「ふむ。死線は潜れどまだまだ年相応の男の子じゃの。恥や外聞も大事じゃが、今この時の記憶や経験は何にも代え難いものじゃぞ。戦闘や殺しの技術なぞ、歳を食ってからでも身に着けられる」

 彼の言葉は一つ一つに重みがある。生きてきた年数が違うだけではない、それに見合う濃密な時を過ごしてきた者の重みだ。

「気恥ずかしさで今を蔑ろにしては、後々悔いが残るぞ?」

「…ですかね。なら、一緒にお願いしてもいいですか」

 人好きのする笑顔で首肯する玄公歳。おそらくはそれを見越しての褌姿だったのだろう。どこまでも食えないご老人だと苦笑を返す。何をしたって敵う気がしなかった。

 玄公歳と共にパラソルの日陰から出ようと立ち上がった時、それは来た。

「…米津さん」

「うむ」

 空を飛来する何か巨大なもの。まだ遠いが、〝倍加〟を巡らせてそれがどうにか竜のような姿形であることを確認する。

「竜です。客の避難を!」

「無用だ、ここで迎え撃つ。それに今はぬしとて客人よ。雪都!」

「此処に」

 元帥の一声にて、これまたどこからか瞬間で現れたホテルマンの恰好をした部下が一人応じる。

「敵襲じゃ!こちらへ至る前に海上で仕留める!」

「御意に」

(―――ん?)

 せめて浜辺で遊んでいる少女達くらいは下がらせておこうと一歩前に出た時、夕陽の常人を超えた視力がさらに近づいてきた影の詳細を視る。

 竜が二体。互いに牽制し合いながら押さえつけているように見える。片方は…知った竜だ。

 そしてもっと不味いのは、見知らぬ竜の首に剣を刺してしがみついている、血塗れの男も知り合いだったこと。

「待った米津さん!ごめん半分は知り合いだ、殺さず止めてほしい!」

「なんじゃと。それは、また」

 ほぼ自由落下するそれらはどこから落ちてきたのか、既に尋常ではない速度を伴っている。あの大質量を迎撃ではなく受け止めるとなれば難易度は跳ね上がる。

 だがこの際安全にだの、無傷でだのと無理難題は言っていられない。ようは止められればいいのだ。

「米津さん凍らせる術持ってましたよね!それで……幸ぃ!!」

「っ!」

 共に水着姿であろうとも愛刀は肌身離さず持っている。漆黒の木刀を手に走り出す夕陽の声に反応し、ビーチボールで皆と遊んでいた淡い水色のワンピース型水着姿だった幸はすぐさま踵を返した。

 胸元に飛び込んでくる少女を抱き留めると同時に〝憑依〟展開。他の少女達が陸に上がるのを確認してから刀を一段階解放し抜刀。神刀は薄っすらと白い神気を纏わせながら主の意気に呼応する。

 大上段に構えた神刀をぴたりと止め、深呼吸。〝憑依〟が肉体に浸透していく感覚を通じ、最大限に高まるタイミングで一気に振り落とす。

 人外クラスの膂力と神話レベルの神刀。振るわれた一撃は海面を叩き割り巨大な波飛沫を数十メートルに渡り昇らせる。

「なるほどのう!」

 ロクな相談も抜きに勝手を行った夕陽の策を見抜き、玄公歳も合わせにいく。

 名刀を鞘から解き放ち、飛沫の一切を凍てつかせる一閃。抜刀氷雪が空高く昇った分厚い波の壁を一瞬で氷壁へと変える。

 これで止められるか。そんな懸念は五秒後墜落してきた巨体の圧力を前に杞憂だったと分かる。

 厚さ十数メートルはあろうかという海水の氷壁を、激突の衝撃で罅を走らせ、一瞬の拮抗の後に粉々に吹き飛ばした。

「マジかよくっそ!」

「これでは止まらんか!」

「まったくなんなんですかこれは!」

 三者三様走り出し、迫り来る巨大な生物の圧迫に素手で抗する。

 ただ吹き飛ばすだけならばそれぞれ各個の力ですらどうにでもなったろうに、夕陽の我儘によって男三人が力業で巨躯の進軍を止めんとする光景はなかなかに迫力のあるものだった。


「わーすごーい。ユーがんばれー♪」

「……ん、あれ。あそこに乗ってるの、アル……?」

「たっ、大変なことに!?おじいちゃんもがんばってーー!!」


 少女達はこの程度の出来事ではもはや動じなくなっているのか、避難することもなく間近で映画鑑賞するような気楽さで手を上げ応援していた。血管が浮かぶほど力を込めている男三人の方が脱力してしまいそうだった。

(私への応援は……っ!?)

 そして地味に冷泉雪都は疎外感を受けていた。

 そのまま三人の足がじりじりと後方へ下がり、砂浜を半分ほど後退したところで、ようやく巨体はその勢いを完全に止めた。

「っぜはあ!はあっ!……はあ。ふう、なんとか、なったか…」

「寿命が縮んだわい。ただでさえ老い先短いというに…」

「要さんをっ、呼んでくるべきでしたね……」

 息も絶え絶え、どうにか止められたことに安堵するのも束の間。すぐに慌てて夕陽が竜の上に飛び乗る。

「おい、おいアル!お前なんだその怪我は…!」

「ん。おお、夕陽か…悪ィな。手間ァ、取らせた」

 意識は明白、笑みを浮かべる余裕すらある。だがこれは、この妖魔が特別おかしいだけだ。

 明らかな瀕死。片腕に関しては千切れて無くなっていた。

 すぐに手当しないと間違いなく死ぬ。だが真っ当な医療班を待っている時間は無い。

「ティカ!頼む来てくれ!!」

「えっ。はーい。ティカ呼んだー?」

 呑気な様子で羽を揺らして飛んでくるレディ・ロマンティカだったが、竜の上まで来て状況を見るなり顔を青くした。

「えっ、ええー!なにこれどうなってるの…?」

「すぐに治療しないと不味い!ティカ、お前の力ならなんとかできるだろ!?」

 夕陽の必死の剣幕にこくこくと頷くロマンティカが、直後にはっと顔を上げる。

「で、でも腕は…。さすがになにもないとこから生やすのは無理かも…」

「ありますよ、腕」

 声はもう片方の竜から。眩い雷の光と共に人化状態へと成ったヴェリテが、肘から先しかない褐色肌の腕を持ってくる。

「ヴェリテ。お前は」

「無事です。それに何よりも優先すべきはアル。腕があれば繋げられるのでしょう?ティカなる妖精よ」

「う、うん!やってみるね!」

「頼む」

 ヴェリテも人化状態ですら傷が目立つ。命に別状はないにせよ、とても無事ではないはずだ。

「…これでは生成する鱗粉も足りぬやもしれぬな。雪都よ、薬草を用意してくれるか。大量にな」

「承知しました。すぐに」

 急な状況にも冷静に対応し、玄公歳と冷泉は共に一度ホテルへと戻っていった。


「……アル。アル、しっかりして…!」

「だいじょうぶだよ白埜ちゃん。きっと助かるから…」

「ヴェリテ、落ち着いたら状況を聞こう」

「ええ。見ればわかることでしょうが、こちらも色々ありましたので、お話する場を設けて頂ければ、と。…そして」




『…………ぅ、ぐ』

を、どう処理するかのご相談も」

「……。そうだな」






   『メモ(Information)』


 ・『妖魔アル』、『雷竜ヴェリテ』、『風刃竜シュライティア』、『エリア1 アクエリアス』に現着。


 ・『妖魔アル』、瀕死により『レディ・ロマンティカ』の治療を最優先にて実行。

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