VS 風刃竜シュライティア(後編)


 竜種最上位の武力を誇る雷竜ヴェリテに加え、竜を殺す力を手に入れた妖魔。

 二つの脅威に板挟みにされ、風刃竜シュライティアも動揺を隠せなくなっていた。

『ぬ、ゥ…ッ!』

 ヴェリテによる大規模な雷撃と、(竜の視点からして)小柄な妖魔の素早い動きでの斬撃。どちらにも竜の装甲を突破する性能がある為に意識が散り散りにされる。

 直上からの落雷を防ごうと思えば、背や胴と斬られる。ならばと剣の使い手を吹き飛ばしてみればその隙を突いて雷の槍が刺さる。

 雷竜を超す体躯をしたシュライティアだが、今となってはその大きさが仇となっている。みるみる内に雷による熱傷と剣による切り傷とでその全身が赤く赤黒く彩られていく。

『ここまでです、風刃竜。既に貴方が勝てる未来は無い』

『何を…!風よ、伸びて刃となれ!』

 研ぎ澄まされた大気の刃がシュライティアの口から放たれる。まともに受ければ雷竜とてただでは済まないが、無論そんなものを真っ向からどうこうする気は毛頭ない。

 夕陽やアルを乗せている間は加減しているが、ヴェリテの雷速は通常目で追えるものですらない。雷光の後に雷鳴が轟くように、稲光と化した雷竜の移動は音を置き去りにしあらゆる軌道を以てしても何者も追い縋れない。

『くうっ』

「どうした懐がお留守だぞオラァ!!」

 そうして躍起になる間に、飛翔する妖魔は容赦なくその全身を切り刻む。

「もう終わりか?竜ならもちっと粘って見せろよそんなモンかァ!?」

 もとより尋常ではない戦闘勘で攻撃を掻い潜り、一切の恐れなく巨体に挑むその精神性は異常であった。それに加え奪われた鱗から生み出された剣がなんと厄介なことか。

 傷を負えば負うほどに技の精度と冴えが上がっていくのも奇妙でしかなかった。この妖魔は何かがおかしい。

 気門四つが、低く震える。

『……私の』

「あ?」

 何事か呟いた後、シュライティアの全周から先刻より一層強大な暴風が吹き荒れた。意図せず弾かれ、ヴェリテの背に拾われる。

『私の本気を、見せる時が来るとはな』

最初ハナっから出せよ傲慢竜。出せずとも勝てると思ってたか?たいした自信だ」

『アル』

「わァってる。行けるだけ近づけ」

 最早纏う風は結界の如く堅牢なものと化している。雷竜の突撃でも一度では突破することは不可能だろう。

 出来れば『何か』を仕掛けてくる前に仕留めたい。それは両名共に通ずる思考だった。

『ではそのように。行きますよ!』

「おっしゃ行けェ!!」

 通常の生物ではありえない急加速。角を掴んで踏ん張るアルにはヴェリテももう文句は言えなかった。

 幾層にも重なり合った風の障壁に頭から突っ込み、荒れる斬風にその身を裂かれながらもヴェリテの竜体は徐々にシュライティアへ迫っていた。

 ただし竜種ですら傷を負う風の中、妖魔の安否が気遣われる。

「…………、ヴェリテ」

『ええ、なんでしょう!?』

 酷く小さな声色に不安を覚えるが、顧みる余裕はない。ついには進行速度と風の圧力が拮抗し進まなくなった頃、アルが乗る背中の一部に違和感を感じた。


「鱗、もらうぞ」

 ブチィ!!!


『いッッたあ!?』

 その違和感が根本から鱗が引き剥がされるものだと気付いた時にはもう遅く。特に分厚く大きな鱗を剥がされたヴェリテの悲鳴が雷の咆哮となって吐き出される。

「出るぞ!!」

 サンダーブレスの通過上、一瞬だけ掻き消された無風の空間へ向け、ヴェリテの頭を蹴って跳ぶ。

 同時に下方へ切っ先を向けた〝風刃鱗剣シュライティア〟の力を解放する。鱗の持ち主たる風刃竜の特性を受け、その剣は蓄えた空気を噴出させる能力が付与されていた。

 その力を用い、推進力を得てさらに加速。

『もう遅いぞ!』

 大気を吸収中のシュライティアの口だけが動きを逆転させ排出。迎撃用のブレスを吐き出すも、これを剣と剥ぎ取った雷竜の鱗を盾代わりにして防御。

 ブレス自体はどうにか防げたが、ブレスに混ざっていた鱗の弾丸までは想定になかった。

 両手に持つ獲物の防御を弾き、緑鱗はアルの右腕に直撃した。

 肉を穿ち骨を砕く激痛。肘から先に至っては痛みどころか感覚すら無い。

 千切れたと、アルは他人事のように淡々と理解した。

 まあ、


『私の勝ちだ妖魔!そして雷竜よ!〝風帝テンペスト・―――』

「……スゥー」


 風刃竜の能書きを耳に入れず、ただアルはタイミングを計らう。

 ギリギリだった。腕を失う前に間に合ってよかった。

 雷竜の鱗は手元にもう無い。その行方は、アルのみが知る。


『―――オブ・ザ・―――!!』

「…そら、出番だぞ」


 口部含め計五か所より蓄えられた大気が、今まさに放たれんとした瞬間、


「〝塵雷竜鑓ヴェリテ〟」

『ドゥー…んなッ!?』


 最大限まで溜められた空気が圧縮され、爆散した。

 

『妖、魔っ。貴殿、一体、なにを……!』

 爆ぜた体内で臓器が粉々になったのか、口を含む翼の吸入・排出口からも血のような体液を止め処なく吐き出しながら見開いた目で妖魔の姿を探す。

 片腕を失い、全身傷だらけで失血死一歩手前。満身創痍の妖魔の姿は、探すシュライティアの視界どこにも存在せず。

「ハッ。容易いな、竜種テメェらは」

 ザクリと、残った腕で握る剣を風刃竜の首に突き刺した。

『か、はぁ…っ。……ッ』

「テメェがアレを撃ち出すほんの少し前に、吸入口の一つに槍を捩じ込んだ」

 タイミングとしては、風のブレスを受けた直後。

 完全に防ぐことは不可能と悟った瞬間、アルは雷竜の鱗を鍛え上げて形を変えた。これがアルが右腕を失うことになる切っ掛けになったが、どの道あそこで堪えていても状況は何も進展しなかった。

 〝風刃鱗剣シュライティア〟の創造段階で分かっていた。竜種の鱗は異界の金属と同様の質を持つものであると。そうでなければあれだけの硬度を持つことは通常困難だ。

 対象が金属であるのなら、その道で最上位階に位置する金行の使い手、刀剣鍛冶の担い手たるアルにとっては粘土も同然だった。

 鱗は鑓に形を変え、残る左手によって未だ大気を吸入していた気門の一つに投げ入れた。

 あとは起爆のタイミングを計るだけ。雷竜の槍は起動と同時に体内で爆雷を四方滅茶苦茶に威力を撒き散らし、溜め込んだ大気は全て黒煙と共にあらぬ方向へと放出されていった。

 放っておいても死ぬ傷だろうが、アルは最後まで介錯を怠らない。

「これで詰めだ。潔く死…」

 勝利を確信した言葉の最中、ふとアルは視線に顔を上げる。

『―――!!!』

 煙と血を吐きながら、風刃竜はその眼光を少しも衰えさせていない。

 風が、集う。

「ッヴェリテ!!」

『承知!』

 阿吽の呼吸でヴェリテが風の障壁が解けた中を突っ込んでくる。今度こそ何にも妨害を受けずその突進でもって風刃竜の挙動を全力で阻止する。無論、アルとで頸椎に突き刺した剣を抜けないようにさらに深くへと突き入れる。


『『ウォォオオオオオオおおああああああああああああ!!!』』

「ハアあああああアアアあああアアア!!」


 アルとヴェリテは連戦。特にアルは疲弊が激しい。ここで仕留められなければ次はこちらが倒れる。

 風刃竜、雷竜、妖魔がそれぞれに吼える。互いが互いを阻害し合って飛行すら覚束なくなった彼らは、そのまま縦横に回転しながらも眼下に見える大海へ向けて落下していった。







   『メモ(Information)』


 ・『妖魔アル』及び『雷竜ヴェリテ』、交戦により『風刃竜シュライティア』を撃破。


 ・上記三名、高高度上空を交戦しつつ南進。決着時点で『エリア1・アクエリアス』上空へ到達。


 ・上記三名、『エリア1・アクエリアス クリアウォーター海岸』への落下軌道を進行中。

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