VS 風刃竜シュライティア(前編)
「おっらァ!!」
互いの同意を得た後、真っ先に手を、いや足を出したのは妖魔アル。
ヴェリテの背から飛び降り、四回転の遠心力を加えた踵落としを隣を飛ぶ風刃竜の延髄へと叩き込んだのだ。
『ほう。中々の胆力!名のある武人と見受けする!』
「確かに名はアルだがなァ!!それこそテメェは名乗りも無しか!?勝負を挑むわりには喧嘩の作法を知らんらしい!」
やはりただの打撃では竜種にダメージを与えるのはほぼ不可能。だが威勢と共に拳を振るうアルの強行は止まらない。
もう一撃叩き込んでやろうと意気込んだ時、風刃竜の身体から強烈な突風が吹き荒れアルの身体が引き剥がされる。
「おわっ」
『これは失礼を重ねた。我は風刃竜シュライティア。強者へとこの力を試すもの。我が力を無二のものとする
空中に放り出されたアルを横合いからヴェリテが拾い、再び空を舞う二頭の飛竜が機を窺う。
『闘う為にこの世界に居残り続けた竜。その気概、心意気、雷竜としても解らなくはありません。が、それとこれとは別問題。世界を揺るがす脅威としてその身命、真銀の意思に従い摘み取ります!』
『真銀にせよ暗黒にせよ、我らは強きにこそ傅く種族。強さこそが優劣を別つは竜種の本懐よ!』
雷撃が大気の壁に遮断され、暴風が暴雷に掻き消される。
瞬く間に空は雷雲と竜巻に満たされた。相も変わらず、竜種の交戦とは環境ごと変化させる規模の一戦となる。
『まだそんな古臭い因習じみた呪いに縛られているのですか、貴方は!』
『なんとでも誹れ、我らはそうでしか生き甲斐を見出せぬ。故に!!』
翼に備えられた気門から空気を取り込み、爆発的に放出する。竜とは思えぬほどの奇抜な動きはこれに起因するものだ。
『いざやいざ!共に死力を尽くして参ろうではないか、雷帝!!』
『まったくアルとよく似た
油断ならない相手との空中戦につい意識を割き過ぎていたが、ふと背中にいたはずの気配が消失していることに気付き、焦る。
(しまった、振り落と…っ!?)
「いやほんとにな!こういう馬鹿がいるからいつまで経っても俺らみてェなヤツらが絶えねェんだろうよ!」
風音に負けぬ哄笑。斜め上から聞こえた声は戦隊もののようなアクロバティックな動きで繰り出した飛び蹴りをシュライティアの頭部へ浴びせた。
『ぬう!二度もこの身へ打撃を与えるとは、貴殿死を恐れぬ
「ハッ、死なねェから怖くもなんともねェよ。
風に乗り、身を翻す。風刃竜の巨体から練り上げられる猛威を前に、アルは人間と変わらぬ体躯で五分に渡り合う。
―――背中の羽で、空を飛んで。
『アル、貴方空を!?』
「昔はもっと自在に飛び回れたモンなんだがなァ」
風の刃を避け、ヴェリテの背に舞い戻る。どうやら長い時間は飛べないらしい。
「そも妖精ってのは種族の証として『妖精の薄羽』ってのがある。妖精に生まれたんなら全員飛べんだよ、普通はな」
だが、アルはその『普通』には含まれない。含まれない経緯を経てしまった。
よくよく見れば、その羽は完全ではなかった。衣服を突き破って背中に生やしたそれは、所々が皮膜の破れた黒色。蝙蝠を思わせる不気味な羽を見て、妖精だと認識する者はいないだろう。
どちらかといえば、それは悪魔の羽。
『反転』によってその身を半分魔性に墜とした際に変貌したもの。既に飛行能力は失われ、精々が滑空に使える程度の代物。
だが、今この条件下においては違う。
「こんだけあちこちに風が吹き荒れてりゃ、拾って浮き上がるくらいは造作もねェ。気流に乗るだけならな」
原理としてはグライダー、生物としてはムササビに近い擬似飛翔。対風刃竜にのみ実行可能な限定的なもの。
「……ま、問題はもっと別のとこにあんだけどな」
『…』
無言で豪風を避け続けるヴェリテは知っている。先程からアルが、お得意の能力を一度も使っていないことを。
数々の刀剣を生み出すアルの金属細工師・鍛冶師としての能力は確かに多様性と万能性に優れたものではあるが、あれはあくまで地中に眠る金属、五大属性の金行によって生成されるものだ。
つまり、地上からかけ離れたこの戦場ではアルは持ち前の刀剣創造を行えない。
『……アル。今度こそ私から離れないでください。
いくら風を拾い空を舞う術があったとしても、竜の装甲を貫く刃がなければやれることは陽動や囮くらいしかない。そして竜種を相手取って、その行為はほとんど自殺に近い行いだ。
「いいや」
それでもアルは退かない。ぎらつく瞳に狂喜を乗せて、決してこの戦を譲らない。
「手は、ある。出せる札は全部出さなくっちゃ勿体ねェ」
ヴェリテの制止も間に合わず、再度背を蹴って飛んだアルへとシュライティアの眼光が刺さる。
『三度目は無いぞ、蛮勇の妖魔よ』
「ほざけ。風遊びの駄竜が」
巨体をくねらせ、その表皮に生える無数の鱗がジャキリと先端を揃えて妖魔へ向ける。
『我が弾丸、食らえばその身貫かれるぞ』
死の宣告にも等しい宣言と同時、鋭利な鱗が射出される。
「ォぉアアああ!!」
突貫。素手で鱗の弾丸に対応する。
無論、真っ向から拳で打ち勝てるほど妖魔の肉体は頑強ではない。
風の後押しもある高速射出、当然受け流すだけでも手は擦過で肉を抉られる勢いだ。さらに鱗の数は個を討つだけにしてはあまりにも多く、肩や脇腹に被弾する。
致命傷だけは避け最低限の傷だけに留めるも、風刃竜の眼前に到達する頃にはアルの全身は血で染まっていた。
「届いた…!」
『それがどうしたと』
次も殴打かあるいは脚撃か。いずれにせよ何の脅威にもならない。
竜種特有の先入観、偏見。
それは前の一戦にて、青白の猫型竜も同様に抱いた固定概念。此度もそれを利用する。
たかが妖魔一匹風情に、この
「クハハッ」
―――馬鹿が。
『……ぐ、ォォおおっ!!?』
風刃竜の苦痛に満ちた唸り声が暴風の中で響く。
「届いた。っつっただろ」
久方ぶりの痛覚。明らかに刻まれた腹部の刃傷に悶え苦しむ竜の背で、僅かに息を荒げたアルが血塗れの様相で凶悪に笑む。
かの暗黒竜は、一度目の敗走でその身を削られ武器を創られた。
当然の理屈だ。竜種の躰は竜種の躰に抗し得る。
「ありがとよ。最高のプレゼントだ」
八重歯を剥いて笑うアルの右手には、厚い刃を持つ剣が握られていた。柄と剣身に薄っすらと翠色の這うそれは、どの神話にも伝説にも伝承にも伝奇にも載らない独特の色合いと細工が施されていた。
弾丸の対処をする際に、そのいくつかを持ち前の能力で作り変え、新たに得た竜殺しの武装。
「〝
距離ではない、弾幕ではない。
突破したのは攻略法。届いたのは命。
高高度の上空において、妖魔は竜の命を砕く刃を打つ。
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