連合もしくは連盟。あるいは同盟(後編)


「……っぐす。ひっく…」

「白埜さんよォ…いい加減泣き止んでくれよマジで。俺の方が泣いちまいそうだぞ」


 ベッドに腰掛けるアルの胸に顔を押し当て、白銀の頭髪ごと顔を嗚咽で震わせながら、白埜はひたすらに泣き続けていた。

 いくら共に死地を経験してきたとはいえ、それとこれとは別問題なのだろう。俺だって怪我することを覚悟した上で幸が本当に血を流すような場面になれば動揺するし感情を落ち着けることは出来ない。

「今更だろうが。死ななきゃ安い。手足の一本や二本、いつだってポンポン吹っ飛んでただろ?」

(んなわけあるか)

「……ひく、ひんっ。……そう、だけど…」

(そうなんかい)

 聞いてるだけで頭の痛くなる会話に堪えかねて、叩き損ねたドアを今度こそ二度ノックする。とはいえ、初めからドアは開け放たれていたが。

「アル。もう大丈夫っぽいな。安心したよ」

「おう夕陽。…ほら白埜、ちょっと俺は連中と話があっから。幸とかと一緒に遊んでこい。な?」

 ドアの前に立っていた俺のことには随分前から気付いていた様子で、抱きかかえていた白埜を床に降ろして頭を一撫で、肩を押してアルは白埜を部屋の外へと誘導する。アイコンタクトを受け頷き、こちらも無言で幸と視線を交わす。

「……」

「……、うん」

 黒髪の童女は察し、銀髪の少女の手を無言で引く。赤くなってしまった目元を最後に一度擦り、白埜はしっかりと首肯して二人手を繋いで廊下をとことこと歩いて行った。

 米津さんから特別に貸してもらった重傷者アルを寝かせておく為の部屋。そこで俺達は向かい合う。

「…で?状況はどうなった。どうせ手に余る兵共をここや空飛ぶ船にいくらか一任して、こっちはこっちで竜共をブチのめす算段立てて動こうとか、そんなとこだろうとは思うが」

「お前見てたか?」

 あまりにも精度の高い予想に驚きを通り越してやや引く。なんでずっと部屋にいたくせに見聞きしたかのように状況を予測できんだよ。

「あっ。腕くっついてるー!よかったよかった、やっぱりわたしってば最強無敵のデキる女ってことかしら☆ ねっユーもそう思うよね!」

「そうな。マジでこれだけはお前すげえわ。凄すぎて引く」

「なんでー!?」

 だって千切れた腕を縫合も無しに鱗粉だけで癒合させるとかありえないだろ。医学者達がショックで寝込むレベルの奇跡だぞもはや。ここに来る前は死者も蘇らせてたしな…。

 頭の上で俺の前髪を引っ掴みぎゃあぎゃあ騒ぐロマンティカを無視して話を続けようとしたが、意外にもこの件に触れてきたのはアルの方だった。

「お前か、俺を治してくれたって妖精は。サンキューな、おかげでまだまだ戦えそうだ…!!」

「…う、うん。回復オメデトウゴザイマス…」

「オイなんで夕陽の頭に隠れてんだコラ」

 お前がくっそ凶悪な笑顔を向けるからだ。絶対に子供達の前でやんなよその顔。俺でも怖い。

「まあいい。状況はおおよそ察した。問題はそれよりも」

 ギロリと。たった今ロマンティカへ向けていたものとはまったく質の違う笑みで俺の後方を睨みつけるアル。そこには僅かな敵意と殺意が含まれている。

は、一体どういうことだ?」

 部屋の入り口付近で、戦槌を持つヴェリテがいつでも対応できるように背後をぴたりと取られているのは、緑色で統一されたプレートアーマーの上から同系色のマントを装備し、腰に双剣を佩いた精悍な顔立ちの青年。


『…………ぅ、ぐ』

を、どう処理するかのご相談も』

『……。そうだな』

 ――ヴェリテらが空からこのエリアに落ちてきた時、それの処遇は決めかねていた。


『ヴェリテ、あの話だがな。使、今は少しでも戦力が欲しい』

『承知しました。その旨、に伝えます』

 ―――そして、大広間での会議にてその必要性に迫られた。


 人の姿を模ってはいるが、放たれる気配からアルは断定したらしい。この男が、高高度の上空を戦場にして打破した風刃竜であることに。

「そいつも、その子妖精に治してもらったってわけか」

妖精ね、

「ああ、おかげでこの子には随分と過労を強いちまったけどな」

「このね。ユー、、ね!」

 頭の上がうるさいな……。

 ともあれロマンティカに大々的に活躍してもらったのは事実なので彼女の猛抗議は否定も肯定もせぬままに好きに言わせておくことにする。

「我が戦域、我が独壇場にてわたしを屠るその力量。痛く感じ入った次第である。妖魔アル殿」

 風刃竜シュライティアは俺の視線を受けて一歩前に進み出ると、片膝をついてベットに座ったままのアルに対し深く頭を垂れた。

「聞けば竜王エッツェルの悪夢のような世界統治を阻止するべく動いているとのこと。私を凌ぐ強者、そして黒き破滅を墜とさんとするその志。仕える理由としては充分に過ぎる。どうか私も、その大望大成の一助とさせて頂きたく」

「だとさ」

 正直かなり博打だとは考えていた。アル同様に瀕死状態だったシュライティアをロマンティカに治してもらってから目覚めるまでの間はヴェリテを筆頭とする高等戦力に見張ってもらっていたくらいである。

 だが竜の格か強靭性故か、アルより早く目覚めた彼は暴れるどころか極めて友好的に、俺達の話に耳を貸してくれた。真っ向勝負での敗北はこの竜にとって相当な意味を持つものらしい。

「ほお。で、現状で猫の手も借りたいくらい切羽詰まっている夕陽君はコイツを兵軍に加えようってか」

「いや、お前の一存に委ねたいと思ってここに来た。そもそもこの功績はお前とヴェリテのもんだ。ちなみにヴェリテは『使えるものならそれこそ猫すら駆り出しましょう』と言っていた」

 親指でシュライティアの背後から常に気を張っているヴェリテを指すと、彼女は意味深なにっこり笑顔を浮かべた。怖い。

 この雷竜はいつだって『ガンガンいこうぜ』の精神だからな…。

 俺とヴェリテを交互に見やって、嘆息と共にアルは立ち上がる。

「じゃあいいんじゃねェの。先に言っとくがコイツ、俺なんぞに負けるくらいには弱いぜ。加えて後悔しないなら好きにしろよ」

「逆だ馬鹿野郎。からこそ、示した力の有用性は大きすぎるくらいだぞ」

 実力という面ではこれ以上にないくらいの信用度合いである。この戦闘狂をこんなに叩きのめすだなんて尋常なわけがあるか。引くわ。

 俺の周囲はあらゆる意味で引くやつばっかだな。


「ではこれより我が爪牙、風の刃、大気を統べる嵐の武威。しかとご照覧めされよ、アル殿」

「あーあーいいからそういうの。誰かにへりくだられるの嫌いなんだよ俺は」

「ねぇねーしゅらいつぃ、えと、すらい、つぁ……シュー!あなたティカのおかげで動けるようになったんだから、わたしってばとっても大人な女だと思わないー?」

「おいやめとけロマンティカ。微塵切りにされっぞ。あとどういう理屈だそれは」

「はは。確かに貴殿は色香のある妖艶な妖精ですとも。我が命の救済者」

「聞いたユー!?ほら、ほらぁー!!」

「このクソ竜忖度を弁えてやがる。笑えんな」

「何がおかしいのアル!!」

 こうして新たに頼もしい仲間が増えると共に、騒がしさが三割増しになった。






   『メモ(Information)』


 ・『風刃竜シュライティア』、『黒抗兵軍』に加盟の意思を表明。


 ・『風刃竜シュライティア』、『エリア1 アクエリアス』にてその武勇を利用してこれまで下してきた竜種達へ向け傘下へ下る旨を含めた咆哮を発動。現在招集中。


 ・『風刃竜シュライティア』を筆頭とした対空竜群隊を編成予定。部隊名を仮称として『黒抗兵軍遊撃中隊「桔梗ききょう」』。


 ・『妖魔アル』、『レディ・ロマンティカ』の鱗粉治療により全快。


 ・『妖魔アル』、対風刃竜との戦闘により〝竜鱗加工〟の技能スキルを獲得。




   〝竜鱗加工〟

 アルが竜種との戦闘で得た能力。極めて異界の金属に酷似した竜の堅固な鱗を自前の力によって鍛え直し自身の武装として所有権ごと強奪する。

 この技能によって刀剣に鍛造された武装はそれ自体に元となった竜の属性や特性が付随する。またこの現象は竜の性質を鱗から取得したものであってアルが創造・付与したものではないためノーコストで発動可能。

 また、上記の状態からさらにアルの意思によって性能を上積み、ルーン術式の追加を行うことも出来る。


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