『天啓』・未熟な女神の一石は世界に波紋を広げ得るか?
「…………ふう」
若き女神、リアの吐く息は深く重たい。
遣り甲斐のありそうな世界に再興の手を出してみたはいいものの、問題が多すぎた。その何割かは自身が強引に異世界間との縁を紡いだが故の不均衡がもたらした歪みであることには目を瞑って、再度溜息を吐く。
現状大きな問題は、ふたつ。
ひとつは竜の世界を再び栄えさせんとして動き始めた竜王エッツェルの存在。
危険すぎるのだ。アレは。ただでさえ竜種の頂点として君臨するに足る力量の持ち主だったものが、異世界の理を呑み砕きさらなる飛躍を遂げた。今やあの王は、この世を俯瞰的に見下ろす女神リアの存在すらを観測しうる力を持つ。
同様の脅威としてリアの力を借りずしてこの世界に降り立った退魔師の存在もあるが、あれは今のところは保留だ。現在は自身の世界に因る理の回収に従事しているようだし、何よりあの女はその対竜王の為の策を練っている。不躾に姿を表せば即座に消し飛ばされるだろうが、こちらが黙して見ている内は優先的に攻撃意思を向けることはないだろう。
そしてふたつめ。
女神リアとは別口の神性介入を感じ取った。
通常世界の管理は神一柱のみで行われるのが通例だ。神なる高次存在が三つも四つも同世界に居座っては統治できるものも出来ないから、というのが主だった理由である。
それに、今回感じた神性には僅かばかりの敵意も含まれている。明らかに、リアの世界運営に支障をきたすものだ。
「さて。どうしますか…」
考えあぐねる。並列兼任で事の収拾を図れるほど、その二つの問題は小さくない。かといってどちらかに注力していては疎かにした片方に世界を食い荒らされる。
それでもどちらを先に、となれば当たるべきは竜王案件であろう。こちらはいつ大戦争を引き起こされてもおかしくないほどにまで切羽詰まっているのに対し、神性介入の一件はまだそれほど大事にはなっていない。いや放置すれば確実に世界の維持に横槍を入れられるのは確実なのだが。
「とはいえやはり、完全に手放しにはできない、か…」
やれることは少なく小さい。ただでさえ女神リアは神としての格もまだ低く、神として行える権能も僅かばかり。だがそれでも、一度手掛けたこの世界を見捨てることなどは出来ないししたくない。
ほんの少しでもいい。抵抗をしなくては。
それは小石ですらないのかもしれない。砂粒ひとつを水面に投げ入れるが如き無意味な行為なのかもしれない。
でも、それがいつか水面に波紋を広げていくことを信じて、今は実行する。
「子よ、
ーーーーー
「…………、?」
セントラル大聖堂。
高く大きく鎮座する女神像に両膝を屈し、両手を組んで祈りを捧げていた黒い修道服の女性が、祈念の最中だというのにふと顔を上げる。
そこには何もない。ただいつもの通りに、普段のままに、大きな女神の石像が建っているだけだ。
それを見上げ、ややもして女性は立ち上がる。チャリ、と。首から下げたロザリオが小さく音を鳴らした。
赤い瞳をすうと細めて、女性は柔和に優しく微笑む。
「天啓、確かに拝受いたしました。全ては我が神、この世全てに勝る偉大なる
女神リアは個々の人間に肩入れはしない。願いを叶えることはあっても、誰か一人だけを特別扱いはしないのだ。
この天啓もそう。個に向けたものではない。ただ自身を篤く信仰する者にのみ届く言葉を降らせただけ。
天啓は確かに下った。この世界最大級の信心を持つ修道女へと。
その狂わんばかりの信仰心。身の内に秘めた女神への絶対的な隷属を、果たしてこの若き女神はどこまで範疇に入れていたか。
踵を返し大聖堂を後にする女性は傍から見ればどこまでも温厚で、誰よりも懇篤な者として映ったことだろう。
誰も知らない。
この娘の信心が、天上に座す神の呟きすらを違わず聞き拾うほどの狂信者であることなど。誰も知らない。
『メモ(Information)』
・『女神リア』、火急にて天啓発動。『世を蝕む干渉を弾け』。
・『シスター・エレミア』、天啓受諾。『エリア0 セントラル』にて出立準備を開始。
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