西へ、東へ


「妙だな」


 部屋のベランダからしばし空を見上げていた人化状態のシュライティアが呟く。

「何がだよ」

 部屋の隅で筋トレに励んでいたアルがさして興味も無さそげに問う。ちなみに俺は同じくベランダに据えられた椅子からアクエリアスのリゾートを睥睨していた。特に意味はない。やることが無かったから眺めていただけだ。

「ああいえ、集まりが悪いものですから」

「…あー、さっきお前が呼んでた竜共か」

 一拍置いて思い出したアルの言葉に俺も先刻のことを想起する。


 急にシュライティアが音にならない音で吼えるものだから何事かと身構えた面々だったが、なんのことはない。

 話を聞けば力試しでこの世界に居残っていた竜達を倒し続けていたシュライティアには、その武力に惚れ込んで忠誠を誓った者達も少なからずいたらしい。元々竜は本能的に強きに下る傾向があるのは知っていたが、その者達も例に漏れず典型的な竜だったということだろう。

 そしてシュライティアは兵軍加盟に当たりその竜達を招集した。あの妙な咆哮は竜にだけ伝わる暗号のようなものだったらしい。

 エリア全土に響かせたらしき咆哮に際しもっとも懸念したのは竜王エッツェルの存在だったが、どうやらただ咆哮と括ってもその内訳には暗号符号と様々な意味に分けられているらしく、たとえエッツェルがこの咆哮を聞き取ったとしてもその詳細までは掴めないとのこと。ヴェリテが俺に渡した竜笛と原理は同じらしい。

 

「三百程度は集まるはずでしたが、まったくその数には到達しておりませぬ」

「人徳がねェんじゃねーの。あ、竜徳か」

 倒立の状態から腕立てを繰り返しているアルはその話に相槌を打つだけでほとんど聞いていない。個での戦闘を好むアルにとって戦争という軍(群)による戦はあまり気乗りしないのかもしれない。

「おそらくはそれも竜王の影響でしょうね」

「うぉっ」

 ベランダの上からひょこっと顔を出した金色の美貌に仰け反って驚く。人化のまま飛翔して様子を見ていたヴェリテだ。

「ただでさえ今この世界は乱れている状態。ハンターや冒険者に討たれた者、竜王配下の者に叛意の芽として摘み取られた者、そもそもが竜王こそが世界の覇を唱える者であると信じて寝返った者。含めれば決して少ない数ではないでしょう」

「…愚かな者共だ。あの黒竜に付いて、どのような暗黒世界ディストピアを迎えるかも解らんか」

 同胞達の凶行を想ってか、そう罵るシュライティアの表情には僅かな翳りが見えた。

「どうでもいいが、その集めた連中もここに留まらせる気か?リゾート地が阿鼻叫喚の地獄と化すぞ。あの熟年夫婦バケモノが黙って見過ごすとは思えねェが」

「確かに」

 アルをして『化け物』と評価を受けるかのお二人。米津夫妻が管轄するこのエリアで竜が徒党を組んで空から現れでもしたらいくらなんでも穏便には済ませてくれないだろう。

 それはそれとして、元帥はちゃんと人間の気配がするんだけど環さんに関しては何か違うような気がしてならない。俺の〝干渉〟を介した眼で視てもやはり何か違う存在として捉えているし……。

(……まあ、いいか)

 相手が人であろうがなかろうが、世話になった事実と善人であることは変わらない。俺だって周りにはいつも人外しかいないし。

「そこは問題ありませぬ。数を掌握次第、私はそれらを束ねここを離れるつもりですので」

「雑魚竜集めてどこ行こうってんだ、情報収集か?」

「如何にも」

 アルはやたら辛辣だが、正直空を飛べる竜達が多く力になってくれるのは心強い。最悪、竜王との決戦時には制空権は放棄するか、あの戦艦達の活躍に頼るか、こっちの竜二体でどうにかしてもらうかしかないと考えていたから。

 …完全にやる気満々の思考を巡らせていたが、まだ俺達が竜王にぶつかるのかどうかはわからない。一応の備えとしてアルとヴェリテが結成した『黒抗兵軍』を各地に散らばせてはいるが、それも完全に対竜王勢力かと言われれば如何ともし難い。


『この世界において、今対峙しているのは竜王率いる竜種の勢力のみだと考えているようだが、その実は違う』

『それは神の勢力。神の恩寵を受け、神の加護を纏い、神の意思を代行する者達。…くれぐれも気を付けなさい。そのどちらも、予断を許していい相手ではない』


 日和さんの言葉もある。何か、この世界はただ単純な『竜王というラスボスを倒してハッピーエンド』という道筋で解決を図れる事情ではないような気がしてならない。

「んじゃ、ほれ」

 無言で彼らの話を傾聴していた時、倒立を解いたアルがポケットから小さな橙色のビー玉のようなものを取り出し、シュライティアへと投げ渡した。

「これは?」

「『黒抗兵軍』の中にいる異世界人が作った無線機代わりの品だそうだ。『魔具』とか呼ぶらしいが、詳しくは知らん。他の兵軍にも複数持たせてるんで、小隊や分隊規模で細かく分けても情報共有や指揮統制はそれでやれるんだと」

 適当な説明で、続けて俺にも同じものをひとつ放り投げる。

「俺にもか」

「いつまでもバカンス楽しんでられるほど肝っ玉据わってねェだろお前は。…動くんだろ?」

 お見通しか。

 アルの言う通りだった。いつまでもここで米津さんの世話になっているわけにはいかない。俺は俺のやることを、やれることをやらねばならない。たった一人で頑張っている日和さんの力になる為にも。

 配下の竜達が集う際に、いくつか気になるものを見つけたとシュライティアは報告を受けたそうだ。


 曰く、『桃色の風穴のようなものが地上で朽ちていた竜の死骸を持ち去った』。

 曰く、『エリア7にておかしな気配を放つ建造物を発見した』。

 曰く、『エリア3上空を移動中、高出力の狙撃を受け仲間の体が空中で蒸発した』。

 

 一つ目に関してはアルが解答を持っていた。アル・ヴェリテが交戦した竜の内にその手の能力を持っている者がいるとのことだ。俺もエヴレナ拉致未遂の際に一瞬だけ見たが、確かに桃色の風穴のようなもので空間移動を行っていた。

 二つ目、三つ目に関してはまったくの未知だ。

 どちらから向かうか。

「―――よし。俺はエリアな」

「七番には俺が向かう。お前は三番に行け」

 俺の決断を途中で遮り、アルが勝手に分担を決める。思わず前のめりに倒れた。

「おい!」

「やめとけ夕陽。エリア7にはお前は行くな」

「理由を言え理由をっ」

直感カンだ、クッハハ」

 いつもの如く適当にあしらわれた気がするが、この男の言う『直感(観)』はわりと馬鹿に出来ない。時折未来予知にも匹敵する感覚を発揮するのがアルという妖魔だ。

「…わかったよ、わかった。じゃあ俺はエリア3の狙撃を調査する」

「おうよ。俺はエリア7の面白おかしい建物ってのを見てくらァ」

 面白おかしいとは言っていないが。

「では私は夕陽に付きましょう」

「え、ヴェリテお前こっち来るの?」

 何気なく答えた返事に、ベランダにふわりと降り立ったヴェリテはこの世の終わりみたいな顔をした。

「……そ、んなに私と一緒は嫌ですか。夕陽」

「いやいや別に嫌とかじゃなくて!アルだって移動手段は必要だろ?ここに来るまでだってヴェリテの背に乗って来たらしいじゃんか!」

「それならば夕陽とて同じでしょう!」

「俺には…っうおっと」

 答えかけて、俺の体に大きな顔を擦り寄せる巨体がベランダから伸びる。

 日和さんが言っていた式神の一体とやら。右の角にカタカナの『タ』らしき字が刻まれていることから暫定的に『タっくん』と皆々からは呼ばれているが、俺は日和さんの分身体らしきこの竜をそこまで気安く呼ぶことが出来ず、『タっさん』と呼ぶことにしている。

 彼女が情報共有兼護衛の意味で置いて行ってくれたこの式神竜が居れば移動に関しては無理にヴェリテを連れ回す必要はなくなった。ヴェリテとて、毎度俺の世話に従事してもらって苦労を掛けているとは常々思っていたが故の意見だったのだが、どうにもうまく伝わっていないようだ。

「こんな竜モドキなぞに頼らなくとも!私がいれば事足りるではありませんか!」

「いやだからな。無理して俺のことに意識を割かなくともお前らには使命とか役割とかがあるだろうから」

「あ!!そうだったそうだった真銀わたし使命おしごと!まだぜんぜん果たせてなかった……ユウヒ、わたしも一緒に行くよ!」

「ティカだって行くー!ヴェリとサチとレナじゃたよりないもんねー!」

「……!?…っ!」

「ややこしくなるからお前ら静かにしてろ!?」

 急激に熱量が増した部屋。


「お待ちを。でしたらここは私がアル殿に同行致します。これで移動に関しての問題は解消されるでしょう。ヴェリテ、貴殿は夕陽殿と共にゆけ」

「恩に来ますよ風刃竜!貴方を殺さず良かったと今心から感じ入っています!」

「は?なに勝手に決めてんだクソ竜。俺一人で充分なんだが。てか竜共の指揮はどうすんだよ」

「どの道しばらくはエリア各地の散開させ情報収集に徹するのみですので、仰々しい指揮はまだ必要ありませぬ」

「……アル。ひとりじゃない。シロもいるよ」

「は??マジで言ってんのかお前。ここで匿ってもらってろって頼むわマジで!」

「……ダメです。アルは、ひとりだとむちゃするから」

「はっはっ。アル殿もシラノ殿の前では形無しですな。あの鬼気迫る形相はどこへやら」

「うるっせェやっぱぶっ殺してやろうかクソ竜がよォ!!」


 数が増えると賑やかさも増す。部屋の内であれやこれやと話し合っても、結局のところは当初の形で大方は収まってしまうのだった。

 かくして振り分けは決まり。

 東。狙撃の件が挙がったエリア3・シュヴァルトヴァルトへは俺と幸、それにヴェリテとエヴレナ、ロマンティカ。あとタっさんが。

 西。奇怪な気配を放つ謎の建築物があるエリア7・メガロポリスへはアルと白埜、シュライティアが。

 明らかに人数配分も戦力配分もおかしくなったが、何故かこの形がもっとも波風が立たずに済んだのでもうこれで決定することにした。


 半分くらい俺のお守り要員なのが情けなくて仕方ない。恥ずか死しそうだった。




シュ「ところでアル殿。我が竜兵団にも名を頂戴したく」

アル「だからなんで俺に聞くんだよ好きに決めろや!」

夕陽「結成したのお前とヴェリテだしヴェリテは全権お前に一任するとか言ってるし」

アル「あのアマぶん投げやがったな…!!もう桔梗にしとけ桔梗に!真ん中セントラルのとこは澤瀉おもだかな!どうも米津のジジイといい戦艦とこの連中といい日本の知識があるみてェだから七草で統一だオラァ!」






     『メモ(Information)』


 ・『風刃竜シュライティア』を筆頭とした対空竜群隊計125騎、『黒抗兵軍遊撃中隊「桔梗ききょう」』として編成完了。少数部隊として各隊散開し各エリアへの情報収集に展開。


 ・『エリア0 セントラル』にて編成完了した中央参謀情報管理本部。命名『澤瀉おもだか』にて行動開始。


 ・『日向夕陽』、『座敷童子・幸』、『妖魔アル』、『妖精レディ・ロマンティカ』、『風刃竜シュライティア』の五名に対し『真銀竜エヴレナ』の加護(神竜のカリスマ)を付与。

 ※『雷竜ヴェリテ』は既に加護を受けている。『陸式識勢・和御魂竜殻天将 《タ号》』は自前の術式で対竜王防護を施してある為不要。


 ・『黒抗兵軍』全軍に対して情報共有。『新・ドラえごん』の存在を周知徹底し、不確定ながらも竜の蘇生と竜王の影響下により使役されていると仮定。

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