依頼その捌 『人の形をした破壊(中)』

 妙に体が軽い。思う以上に手足が動く。

「そらぁ!」

「はぁ!」

 超重武器の一撃も堪えられる。前へ前へ、これまでとは考えられないほど戦闘に前向きな思考が退くのではなく攻めることによって突破口を見出している。

 これが地縛霊の少女による二重憑依の恩恵だけではないのだとしたら、原因は打ち合いを続ける件の相手にある。

(俺の〝干渉〟を貫通して何か妙な細工が来てやがる。二人とも!意識がそっちに流されないように支えててくれ!)

 やけに好戦的な自己を自覚している。あの女の咆哮を受けてからだ。

 このままではやがて破滅…いや自滅する末路が見えた。即席の処置だが幸と地縛霊の娘に俺の魂を精神干渉から防いでもらう。

「ハハハ!くだらねぇ理性モンなんざ抱えてんな!棄てりゃもっと楽に戦えるってのに馬鹿かてめぇは!?」

「お前みたいなイカレと一緒にすんな…ッ!」

 狂気に近しい闘争心ごと振り払うように刀を払う。背後に跳んだライラックが、まだかろうじて原型を残していた建物を突き入れた片手で粉砕し、大きめの瓦礫を次々放ってくる。

 掻い潜り迎撃し、抜けた先で行方を見失う。視覚に頼った追尾の前に自前の異能に信頼を置いた。直感が一秒後の即死を予知する。

「ほー、避けるか!」

 頸椎が痛むほど速く深く下げた頭部を捥ぐ軌道で真横を通過した斧の先から声が降り、やはり顔より先に刃を向ける。

 パタリと頬に落ちる赤い雫。ほぼ無いに等しい手応えに歯噛みする俺とは対照的に、どうやら相手は僅かに驚いていたようだ。

「―――なるほど。いぃね、。そういうタチか、そのナマクラは!」

 身体を横転させて捻りながらギリギリの回避。ただし、避けても痛い。

(ただの斧じゃない!リルヤと同じっ…魂魄を削ぐ魔性の気配!!)

 さっきヴェリテは暗黒竜と口にしていた。竜種の素材はそのものに力を宿す。

 ならあの斧もきっとそう。直撃自体は普通に即死ものだが、威力を加味しなくとも接触自体が悪手。

 〝干渉〟による防護も限界がある。

(心を強く持て!精神を侵されるな!魂を奪わせるな!)

 俺だけではなく、俺以外にも呼び掛ける警告。幸はまだ大丈夫だろう、だが下手をすれば地縛霊の少女は耐えられない。

〝えっどうすれば!?き……きあいーっ!?〟

 こんな時でもすこぶるポジティブな少女の戸惑いはむしろ俺に平静を与えてくれる。キンキンと耳には響くが。

 一撃たりとも貰えない。破壊力は抜群だが速度ならまだ競り合える。腰を深く落とし、両手で柄を握る。

 まだまだ、まだまだ。

「まだ、まだァアあああ…………ッッ!!!」

 全身から白煙のような揺らめきが立ち昇る。肉体から漏れ出た霊力の類は普段のそれより幾分、いやかなり放出量が多い。

 ……本当に、地縛霊の助力が大きい…?

 ただの器を失った一人分の魂魄が、何故これだけの力を保有している?

 誰よりも〝憑依〟によってそのスペックを理解した俺自身が疑問を隠し切れない。

 これは、おかしい。

 明らかに人間一人分では、ない。

「ふっ、ううぅぅうううううう」

 そんな雑念は、ライラックの深い吐息にたちまち霧散した。

 肩に斧を押し当てて、前傾姿勢に構える様はまるで四足の獣。あるいはクラウチングスタートに控える陸上選手。

「よぉ。てめぇ」

 導き出される答えは唯一。

「墓の予約は済ませたか?」

 来る。

 確かに視界の中心に収めていた。なのに消えた。

 比喩でもなんでもなく、地を踏み砕いて跳び出したライラックの行方を見失う。

 !!!

「がぁっ!?」

 理屈も理論も、根拠も推測も何一つ無い。

 ただ、来ると思ったから備えた。

 五千倍の〝倍加〟など使ったことがなかったから、感覚に追い付けなかったのかもしれない。

 ともかく、防御には成功した。神刀の刀身伝いに逸らした、というのが正しいけれど。

 そうして真横の地面が爆裂し、ミサイルが着弾したようなクレーターを生んで。

 左肩が砕けた俺だけが爆風に押しやられる形で崩れかけの家屋を墜落によって全壊させていた。

「…ご、ぽっ」

 仰向けの状態から噴水のように鮮血が口から溢れて止まらない。慌ててうつ伏せに反転し窒息を防ぐ。

 肩だけじゃない、鎖骨までイった。左前腕部は筋肉が引き千切れ、人差し指と中指がありえない方向へ捻じ曲がっている。これでよく刀を手放さなかったものだ。

 呼吸が正常に行えない。五千倍の反動か。目が回る。跳ね回る鼓動の音すら遠い。舌は鉄錆の味すら忘れている。

 思考が、定まら、ない。

〝…!!〟

〝ゆーひさん!?しっかり、しっかりしてくださいって!〟

 五感に左右されない二つの意思だけが瀕死の俺へまともな情報を伝えてくれる。

(つ、な…げ。おれじゃ、なく。おまえ、らの。かん、かくで)

 もう日向夕陽の感覚機能は役に立たない。同じ器の中で、正しく世界を視ている二人の感覚に繋げて肉体を引っ張る。特に地縛霊の少女は元々俺と同じ人間だった点からして感覚接続は人外の幸より正確なはず。

〝え、えっえっと?つまりなにをどーすれば?〟

〝!!〟

 誰よりも俺の内外を熟知している幸の誘導で、少女が俺の代わりに感覚を代替する。

 最低限だ、最低限でいい。

 視覚、聴覚、触覚だけ戻せれば他はどうでもいい。

 それに、繋げ過ぎれば、最後に行き着くのは痛覚。

 何も知らない少女にこの苦痛は、おそらく発狂を促す拷問と化す。

 だから。


「―――おーおー。やっ◆見つk■。っ△く何処まde吹っ飛nでん○よてめぇは」


 視界八割、聴覚六割。触感は二割程度。

 左腕使用不可。出血過多。

 生き残るなら、戦闘はやれてあと、三分。


「…………すぅ、はぁ、っごはぁ!!」


 吐血で呼吸すらままならない。

 が、やる。

 ここからが、

 最速、最短、最良、最善、最適。

 イメージするのは最強、模倣するのは我が恩師。

 百八十秒、全霊懸けて。

 推して参る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る