依頼その捌 『人の形をした破壊(前)』
「ぐぬぬ…まさかお姉さんの魅了が効かないなんてね」
(めちゃくそ効いてたわクソが…)
縄で縛り上げた様は同じ『四牙』の竜舞奏とまんま同じ。洗脳されていた野郎共はルーチェを倒したことで諸共倒れた。やはり無理矢理に動かされているだけだったらしい。
第⑧コロニーで起きた騒動をようやく鎮圧し、その元凶たるこの女の処遇をどうしたものかと考えていた最中。
(コイツも竜舞と同じように懐柔するか…?いやでもなあ)
「夕陽、ここは私に任せてください」
「いや駄目」
ビッチ絶対殺すウーマンと化している今のヴェリテには到底任せられない。手の平を突き出して却下する。
(あの我儘姫にあまり戦力を寄越し過ぎるのも、それはそれで不味い気がする。調子に乗りそうだし)
〝ゆーひさん、ゆーうーひーさーん〟
(なんだようるさいな)
内側から直接鼓膜に届かせるような感覚で、地縛霊の少女が俺を呼ぶ。
〝ここはわたしにおまかせを〟
(…聞くだけ聞こうか)
〝このひと、いっぱい男の人を操ってひどいこと、しましたよね?〟
(まあそうだな)
だからこそ無罪放免といくわけにもいかず困ってるわけだが。こちらも襲われた側だし。
〝そのへんで倒れてるひとたちも、みーんな、きっと恨んでますよ?〟
(まあ、そうだろうな)
女一人にいいようにされたんだ。数百人はいるであろうこの男衆も起きれば相当な怒りを露わにするはずだ。
〝だからですね〟
(うん)
〝みぐるみ、はがしましょう〟
(うん?)
身包みを剥ぐ?
〝それでさらしましょう〟
(うーん?)
〝なぐさみものに、してやりましょう〟
(却下だ大馬鹿…)
耳を傾けて損をした。この地縛霊、一体どこでそういった知識を仕入れていたのだろうか。
〝だめです?〟
(駄目です)
即座に少女の声をシャットアウトし、ずっとジト目でルーチェを睨んでいる幸にも一応、話を振ってみる。
「どうしようか、幸。何かいい考えあるか?」
「っ」
訊ねてみれば、間髪入れずに両手首を合わせて前に突き出すモーション。手錠を掛けられた犯人のように見える。
「やっぱそうなるよな」
獄中暮らしをしてもらう他あるまい。やっぱりこの中だと一番まともなのは幸だったか。
「仕方ない。んじゃ誰か呼んで⑪コロニーまで連行してもら」
言葉途中、背後を突き抜けた衝撃が、崩れた建物をさらに粉砕して完全に更地にした。
「夕陽!」
「わかってる!」
「わわっと?」
強引に道を拓いた先から歩き来る影に、すぐさまヴェリテと共に縛り上げたルーチェの襟首を掴んで下がる。
「チッ。んだよしけてんな。チートのクソガキ共も、もう狩り飽きたぜ」
粉塵の先から現れた女は、誰に言うでもなく独りごちてから、片手で持ち上げたそれを眼前にぶん投げる。
横倒しになったのはボロボロの制服を身に纏った少年。おそらくはこのコロニーで過ごしている、超常の力を宿した者の一人。
「もいいや、てめぇじゃ飽きは凌げねぇ」
血だらけで意識も失っていた少年を、女は勝手な言い分を吐き散らかしてから容赦なく振り落とした斧で潰した。
「この、女…!」
いきなりの出来事に対応し切れないが、わかったことはいくつかある。
コイツは強い。
コイツは惨い。
そしてコイツは、放置できない敵だ。
『———ヒッ!?ら、ライラック!!ガーデン・ライラックだ!』
『畜生また来やがったのかあの悪魔!!』
『早く逃げろ!目が合ったら玩具にされた挙句殺されるぞ!』
今の衝撃で起きた男達が蜘蛛の子を散らすように叫びながら逃げだす。どうやらヤツはこのコロニーで度々問題を起こしているらしい。
「お、なんだなんだ活きの良いのが固まってんじゃねぇか。そら逃げろ、狩りってのはこうじゃねぇと、なぁ!」
哄笑するライラックがべったりと血肉の付着した斧を担ぎ直して片手を頭上にかざすと、彼女の周囲から渦巻く漆黒が形を成して八方へ飛び散った。
「行けイル・アザンティア。喰い散らかすのはいいが、新鮮なのは残しとけよ?オレの娯楽だからな」
漆黒は騎兵として逃げた人間を追い回して姿を消した。一瞬のことだったので正確な数は分からないが、百はいるかもしれない。
「ヴェリテ!あの散った騎兵共を皆殺しに出来るか!?」
「殲滅自体は出来ますが、貴方の要望には応えきれませんよ?」
「構わない、もう犠牲は出てる。ただこれ以上は広げたくない。…おい年増ァ!!」
「ルーチェ・メリル!次にババァ呼ばわりしたら腹上死させるわよ?」
青筋を浮かべているルーチェの縄を刀で斬って解放する。
「交換条件だ、ヴェリテと手分けしてあの騎兵をなんとかしろ!そのあとは好きにしていい!」
「普通解放してから言う?今なら君の言うこと聞かずに逃げられるんだけど」
数秒、俺の視線がルーチェと交わる。この問答は時間の無駄だ。逃げるなら逃げればいい。元からそこまで期待はしていなかった。
だが先に視線を逸らしたのはルーチェ。
「……はあ。わかったわよ。杖は壊されたけど、やれるだけやってみましょ」
わりと律儀な性格だったのか。とにかく助かった。
時間は無いがせめて一言礼だけでもと口を開きかけて、
「オイ、さっきから何コソコソやってんだてめぇ?」
頭を鷲掴みにされた。
「来い!」
「っ!!」
片手で幸を抱き寄せ〝憑依〟展開。急速に引き上げた〝倍加〟により走る剣閃は一筋の軌跡を描く。
「おっと」
斧を用いて受け止めたライラックは余裕の面持ちだ。気に入らない。
「テメェ、何が目的で殺しやがった」
「あ?
怒りが上限に達した。
上下左右にあらゆる面から突き入れ叩き込む斬打は悉く迎撃される。あの馬鹿デカい斧で何故こうも素早い対応が出来るのか。
怪力女が。
「は、ハハッ。いいじゃねぇか!そこらの雑魚より楽しめそうだ!」
「楽しむ暇など、与えませんが」
背後に回ったヴェリテが薙ぐ戦槌が斧とかち合う。刀は徒手で弾かれた上に蹴り転がされた。
共に金髪を振り乱し、巨大な武装を叩きつけ合う中、ヴェリテは怪訝に眉を寄せた。
「…、!まさかその斧、竜の」
「ほう、解るってこたぁーてめぇも竜種か?そうよ、こりゃ暗黒竜の牙を使った逸品さ。コレなら竜のクソ分厚い装甲だって斬り裂ける。銀竜で試したかったんだが中々見つからなくてよぉ!!」
動揺の隙を突いたか、押し負けたヴェリテが後方へ大きく飛ばされる。靴底を滑らせて停止したヴェリテが再び戦槌を構えた。
「そうですか。あの子を狙う輩というのならば、それは私の領分。お相手致しましょう」
「ヴェリテッ!!」
名を叫びながら、首を狙い放った一撃は躱される。体勢を戻すライラックとヴェリテの間に割り込むように位置を変えた。
「俺はお前に何を頼んだ!?目的を見違えるな!」
「ですが夕陽。彼女は…」
「いいから!…俺にやらせろ…!」
ヴェリテはこれが自分の領分だと言ったが、それは俺とて同じこと。
人に害成す人外、人ならざるを脅かす人。これら等しく俺の敵と同義。
それになにより、こんなに愉しそうに人を殺すヤツを久々に見て。
「トサカに来たぜ、テメェは一片の容赦なくぶち殺せる」
「強気じゃねぇかクソガキ。誰を敵にしているのかを、お前達は知るべきだな」
目線だけで行けと指示する。既にルーチェの姿はどこにもない。火蓋を切った瞬間から動き出していたようだ。
「…では手早く片付けて来ます。ご武運を」
雷を纏い高速で戦線を離脱したヴェリテを確認し、刀を握り直す。
(やるぞ、準備はいいか?)
〝……っ〟
〝わたしも、できるかぎり、やりますよ!〟
本当に地縛霊の補佐が効いているのか、普段より〝憑依〟の深度潜行が速い気がする。
これならば。
「ミザネクサに連なる三ッ星が一つといや、このオレ。ガーデン・ライラックのリヒテナウアー。覚えたか?なら行くぜ三下、ぶっ殺されてから泣くなよ」
「来いよ三流。遠吠えは負けてから鳴くもんだ」
猛獣の如き雄叫びを開戦の合図と相成って、好戦意欲の増大した思考が敵の撃滅に臨む。
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