依頼その漆 『仇為す鋼達』
別段、脅威という脅威もなかった。
前回
やはり
『———』
「―――」
共に言葉は発しない。ただ武器を振るう度に荒れ狂う大気の流れだけが戦闘の詳細を語っている。
機械は呼吸を必要とせず、故に槍を振るう動きに呼気は伴わない。
日和はそもそも息遣いによる力みすら必要としていない。
無言の中には感情すらも伴わない。
ただ淡々と目的だけを念頭に長剣と鋭槍は交わる。
動きは実に単調だ。ただ槍を振り回すだけの接近戦主体型。時折穂先から伸びる光線も回避は簡単。それにおそらく直撃しても礼装の結界が防ぐだろう。
槍の耐久は古代の特殊金属装甲とやらと同じ素材なのかやたらと硬いが、それだけ。六本を曲芸師のように同時に扱い戦う様だけは中々に面白い。
(やはり鬼神を名乗るには程度が低すぎるな)
ほうと吐いた息をどう受け取ったか、鋭鬼の攻め手がより苛烈なものとなる。
長剣を弾いた槍を真上に投げ、背後から回転させた刃が日和の喉元を狙う。弾かれたならば逆の手にある槍の刺突。身を低く躱したところで手元に戻った槍での振り落とし。
ついに槍三本掛かりで日和の長剣・白兎が手元から跳ね上げられた。
『取ったぞ』
殺しはしない、まずは腕一本。
かざす槍の切っ先を横目に捉え、日和は無手で一歩前へ。
「〝踊れ〟」
一言に応じ、未だ中空に留まっていた白兎の白刃がひとりでに回転して鋭鬼の一手を妨げた。
『なに…?』
「余所見」
センサーで情報を捉えていた鋭鬼には顔を振り向ける露骨な動作は取らない。だというのに感知の隙間を縫って日和の蹴りが鋭鬼の顎を真上に打ち抜いた。
無論人間ではない機械には顎を狙われたからといって平衡感覚を失うようなことはないが、一瞬だけ浮いた体はどうしようもない。
魔剣として獲得していた踊る剣の性能を十全以上に発揮して、四周を飛び交う白兎は容赦なく機体の全身を叩く。
その刃はどういうわけか、硬質な装甲に薄く傷を付けていた。
(やはりか。もう攻略は済んだな)
かつての戦いからもういくらかの時間は経過している。既に世界を跨いだ先の情報は取得済みだ。
分かっていれば、対応は可能。
知っているならば真名は通じる。弱化の効力は的確に特殊金属の硬度を落としていた。
再び主の手に戻った長剣を握ると、刃に奔るいくつもの光。元々刻まれていた字体に極めて酷似した、それは北欧にて失われた文字。
「〝
一つ目の文字が輝き刃の光が強まる。一閃で機械の左腕が落ちた。
「〝
二つ目の起動。槍が二本破壊される。
「〝
三つ目が脈動し、右の拳が破砕される。
「〝
計四つの文様を刻む刃が全体を包み、長剣は光輝によって槍を成す。
「これがこちらの世に云う槍だ。〝
光が膨張し、三つに別たれた巨大な槍と化して鋭鬼の腹部を貫き分断する。
『………なん、だ、それは』
「北欧、ルーン、海神の槍。…貴様の知ったことではないか」
機能停止に追い込まれた鋭鬼へ追い打ちを掛けるわけでも、捕獲を命じた何者かを問い質すでもなく、日和は戦闘の終了に背を向ける。
最初から興味は無い。立ち塞がるから倒しただけ。
けれど少しだけ溜飲は下がったかもしれない。
日向日和。最後の退魔師として、討てぬ敵など存在しないという、矜持とも呼べぬなけなしの意地は徹せたらしいから。
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