幕間4・日向日和のリベンジマッチ

 第②コロニー・テトロミノの地上。

 不愉快げに乱立する高層ビル群を見上げる日和の結論はこうだった。

(やはり外か)

 初めに各コロニーを見て回った時に確認していたが、船などというものはコロニー内部では珍しい。水場があるコロニーにも夕陽が言っていたほどの巨大な船は無かったはずだ。

 となればありえるのは外部。鉄道以外の移動手段。灰の海を往く陸上走行船。

 日和の〝千里眼〟を阻害して存在を眩ませている灰の怨霊はそこにいる。

 だが実際のところ、日和はそこまで夕陽が執心している敵の存在を重視してはいなかった。無論、彼の為とあらば苦にもならない行動ではあるが、今はそれよりも気掛かりなことがあったのだ。

(…近いな)

 これもどういうわけか〝千里眼〟が通じない相手。だからこそ足を使って探す必要があった。

 自らの直感が指し示すざっくりとした誘導のままに、日和は『感情』を探す。

(一塊になっていてくれれば助かったのだが、ばらけているな。全ての処分には時間が掛かりそうだ)

 おそらくは自身の複製、クローン体だと予想を立てていたその正体。前回の戦争でデータを提供する形になってしまったのは不味かった。

 夕陽ではないが、こうなってしまった以上『カンパニー』は潰さねばならないだろう。最低でも、収集されたデータやそこから作られたものは片っ端から復元不可能なほどに破壊する。

(私の他に私がいるとは笑えない悪夢だな。まず一匹、『楽』から殺すか)

 面倒なのはクローン体が『カンパニー』に回収されたか、あるいは違う組織ないし個人の庇護下にあること。

 なるだけクローンだけを目標に絞りたいが、余計な感情や思惑を働かせて邪魔してくるのならそれらの始末も充分考慮に入れてある。

 なんにせよ、まず近場にいるらしき気配から処分し、頃合いを見計らって夕陽達と合流。情報の共有を図る。

 思考を回しながら荒れた大地を歩いていると、急な突風に土埃が舞った。

 顔を上げれば、空を埋める高層ビル群の隙間から何か鋼鉄の物体が降りて来るのが見える。

(巨大ロボットか。私にはわからんが、男の子ならロマンを感じるのかな?)

 幼き時分の夕陽も、戦隊もののロボットの玩具を欲しがっていたのを思い出して口元に笑みが浮かぶ。

『日向日和…だな』

 自分には無関係と完全に無視を決め込んでいた日和だが、背後に降り立った黒色の鋼鉄に名指しで呼ばれてしまえば流石に振り向かざるを得なかった。

「気安く呼ぶなよ屑鉄風情が。ロボットなんぞの知り合いはいなかったはずだが」

『生きてさえいればある程度の損傷は問題としない、と命令にはある』

 日和の言葉には取り合わず、黒いロボットは背に収納していた槍を両手に携える。

『四肢を捥ぎ、サンプルを回収する』

「なるほど。スクラップになりたいらしい」

 ロボットの頭部が弾かれたように真横へ折れ曲がり隣のビルへ突っ込む。担いでいた長剣白兎による大振りの一撃だった。

 切れ味は上々の剣帝剣だが、刃は頭部を斬ることなく打撃止まりで吹き飛ばす結果となってしまったことに疑問を覚え、すぐに理解する。

「まーた古代の特殊装甲とかいうのか」

 深々した溜息を吐き出す。

『如何にも。十二鬼神が一機、鋭鬼』

「阿保か貴様。戯けた名乗りを上げるなよ」

 倒壊するビルからのそりと現れた鋭鬼の発言に、一瞬で空気が張り詰める。

「そう呼ばれるのならいい。そう扱われるのもまあよかろう。だが自己を神と名乗るのは本物か身の程知らずの愚か者だけだ。貴様は後者のようだがな」

 白兎を片手で構え、侮蔑と嫌悪を露わにする。

「しかもだ。こともあろうに鬼神だと?あんなものが十二もいたら世界がいくつあっても足らん」

 日和達の世界における鬼神とは文字通りの鬼の神であり、完全なる死を与えるには日和の全てを懸けても届くかどうかといったレベルだ。

 一体でも手に負えないというのに、この機械は容易くそれを名乗った。

 不愉快でしょうがない。

「守護神といい創造神といい、貴様等の世界はよほど多くの神様が大手を振ってその辺の通りを出歩いているようだな」

 あまりにも神格を易く扱い過ぎている。

 社長戦争で現れたあの二体と同様の世界に出自を持つ機械だということはもうわかった。コレに命令を下した連中は日向日和という存在を解剖でもして兵器への転用でも考えているのかもしれない。

 出来るはずがないが。

 しかし、日和は鋭鬼に対する悪感情とは別に、あることを考えてもいた。

「まあ、ちょうどいい」

『…何が』

 コン、と。

 言葉途中で二の腕部分の装甲を叩かれて首を回す。一切のセンサー感知に掛かることなく距離を詰めた日和がそこにいた。

「前は半端に終わってしまったことだ。リベンジといこう」

 槍の切っ先が届く前に剣撃が胴を打つ。


「今度こそ、その装甲を粉砕して破壊する」


 前回の未練を晴らす機会。だからちょうどよかった。

 

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