依頼その陸 『信じて送り出した蒼薔薇の戦士たちが…(後)』
「あの女は性根はどうあれ、実力自体は確かに高かった。だからこそ多少の無茶苦茶も許されていたし、重宝されていたの」
死をも厭わない神風精神で突撃してくる有象無象を蹴散らし吹き飛ばし、ヴェリテと背中合わせで押し寄せる男衆を撃退する。
どこぞの店の屋根に位置を移動させて文字通り高みの見物を決め込んでいるルーチェ・メリナが嘲笑混じりに語る。
「でもあの女は負けた。それだけに留まらず、組織を裏切り離反した。しかも現体制に反発を唱えるあの第①コロニーマスターの傘下に入る?論外よね」
野郎共一人一人の力は大したことはない。だが真剣に斬られても雷撃に撃たれても、まったく怯まない。この覚悟の出所は明らかにあの女だ。
俺にも向けてきた魅了の魔。生涯を幸に捧げている俺の誓約や契約すら無関係に貫通し、強引に視線を引き寄せられそうになるのを〝干渉〟の異能で
「あの脳筋女のせいで他の『四牙』まで駆り出されてるのよ?迷惑だと思わないかしらね。あと……『竜牙』を下した者達も逃がすなって言われてたり」
(俺らじゃないんだけどなぁ…)
言ったところで信じてはもらえまい。どの道日和さんのみならずその場で同盟を組んでいたヴェリテや俺もターゲットとして含まれているのだろうし。
「はあ、億劫ですね。薙ぎ払いますよ夕陽、伏せていてください」
片手で持ち上げた戦槌の付近がバチリと爆ぜる。
すぐさま脅威に気付いた俺はヴェリテの警告前に身を低く低く地面に這わせていた。直後に頭上近くから轟と唸りを上げて槌の一払いが商店街の建造物を巻き上げる。
「お前やりすぎ…後ろッ!」
起き上がり見渡した惨状にぞっとするのも束の間、刀を振り上げてヴェリテの後頭部へ伸びた三色の光線の軌道を逸らす。
「ふふん。いい反応だけど、予想通りよ」
杖の先を向けたルーチェがドヤ顔で指を鳴らす。
「あぁ…!?」
すると倒壊した建物の影から五対の黒い腕が伸びて俺の足へ絡まり締まった。なんらかの魔術、術式の効力か。
だとしたら神刀で式の破壊は可能だが、その前に飛び掛かって来る学生共を迎撃せねばならなかった。
「チッ…ヴェリテ!あの女を止めろ!」
襲い来る学生を一手に受け負い、影に足を縛られたままヴェリテが通る為の道を拓く。
「五秒!辛抱を!」
雷速で奔る竜の姿が直線の光となって消える。次には胴体を貫くボディーブローがルーチェに炸裂していた。
「……?これ、は」
「ふふふ、お馬鹿さん」
風穴の空いた人影は褐色肌よりなお黒く、まるで本当の影のよう。
影は胴に腕を突き入れたままのヴェリテへ纏わりつき、重石となって雷竜の速度を殺す。
しまった、囮…!
やはりこの女の能力は影を操るもの。
「ふ、うふふふ…さあ前戯は終わり。よぉーく見て?」
ずるりと足元の影から現れた痴女が、羽の生えた妖精の金彫刻を眼前に突き出す。ルーチェが振り回していた杖の先端。
視線が強制的に杖へ、さらにそこからルーチェ本人の肢体へ誘導される。
金縛りに遭ったように身動きの取れない俺の顎先へ、細い指が伸ばされた。その瞳、まさしく魅了の魔眼。
「ほら、淫蕩のままに身を沈めて…食べることも眠ることも要らない。肉欲にのみ己を成立させるの。私なら、あなたの望むこと全てを叶えてあげられる」
催眠に近い話術。言葉の一つ一つが脳に直流する麻薬の類。視界がブレて、意識が朧げになる。
「ぁ…か……」
蛇に睨まれた蛙のように、その毒牙に抗う術を見つけられない。
堕、ち―――
〝…そうすれば、いいんです?〟
〝……っ〟
〝りょーかいです、そんじゃいっぱつ、どでかいのをっ〟
〝!〟
「あだぁっ!!?」
「!?」
全てが目の前の女に染められていく中、脳天から全身へ渡る強烈な痛みに意識が急浮上した。
肉体的なダメージではない。むしろ内側から破裂したような錯覚。
こんなことが出来るのは限られている。
現在〝憑依〟によって俺の魂と同居している、二人の少女。
「夕陽!」
さらに身を裂くような落雷がルーチェ諸共に襲い、思考が完全に覚めた。
今度は明確に肉体的なダメージ。感謝はするが他に方法は無かったかヴェリテ。
だが、
「オーライ、手間掛けさせてすまん」
真下に地面に突き刺した刀によって影の術は解除され、慣れない雷に目を白黒させていたルーチェの首を片手で鷲掴みにする。
「ふざけてくれたな年増、くたばれ」
敵であるのに男女は関係ない。女尊男卑なんのその。
放たれる渾身の男女平等パンチ。
「くぅっ…!」
頬を殴り抜く軌道上に杖を割り込ませ直撃を避けたルーチェが、魔力だかなんだかを注ぎ込んで折れた杖の先端から再び三色の光線を撃つ。
至近距離からの光線を躱す為にはルーチェを手放す他なく、追撃の前に女の姿は影の中に逃げ込んでいた。
全周展開、〝干渉〟の感知。
崩れた建物の影から出現したのを見逃さず、踵を返し斜め後方へ走る。
「影を消せ!」
「はい!」
返事の方向から飛んできたいくつかの光球がルーチェの頭上辺りで破裂し、弾けた閃光が一帯の影を塗り潰す。
これで影移動は使えない。
杖は折った。魅了はもう通じない。
「……あーら、あら。お姉さんの方が先に、果てちゃったわね」
白い視界の先で、ルーチェは負け際にしてはやけに淫靡な表情で悟ってみせて。
最初にして最後の直撃で、ようやく俺はダークエルフの意識を刈り取ることに成功するのだった。
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