依頼その陸 『信じて送り出した蒼薔薇の戦士たちが…(前)』

 エルダー・ドラゴン・ハイランダーにはもう用は無い。

 灰の怨霊から分離した手先共はコロニー各地でいくつか出現し、そこかしこで残存する霊達を喰らい力の増大を計っているようだ。

 数十数百万単位の総体と成っている灰に今更一人二人分の魂が追加されたところでどうという変化はないのだろうが、あまり長く時間も掛けてはいられない。

 罪なき人々の死後まで縛る灰の怨霊は一刻も早く祓わねば。

 難波船を探し、コロニーを一つ隣へ移動して第8スクールデイズの内部を散策する。

 ここは随分俺の知っている世界に近い。現代日本風というか、色々な意味で落ち着く雰囲気がある。

 人通りの多い商店街の大通りを三人で歩きながら、ふと考えたことを口にする。

「船、っていうと普通は海の上にあるのを想像するけどさあ…」

 ここは俺達の常識が通用しない異世界アッシュワールド。

 聞いたところによれば、隣接するコロニーを繋ぐ鉄道以外にもコロニー外を運行する灰の海を走る船もあるのだとか。

「コロニー内部を探すのは無駄足かもしれない、ということですか」

 発言の意図を汲み取ってすぐさま反応を返すヴェリテに、重々しく頷いてみせる。

「ああ。なんかレンタル出来る船か人材でも探して外を見て回った方がいいかもしれな…おっとと」

 向かいから歩いて来る人の波に押され、よろめいた肩が華奢な女性にぶつかってしまい諸共に倒れそうになったところを踏ん張って堪える。

「すみませんっ、大丈夫でしたか?」

 女性の背中に手を回して転倒を回避したが、結構な勢いで衝突してしまったのは事実。素早く女性を腕の力で起こして無事を問う。

「ええ、平気です。ふふっ、お優しい…殿方なのね?」

 腕の中でくすりと蠱惑的に笑う女性に、一瞬で視線が釘付けにされた。

 なんだ?

 なんだ……これは。

「やだ、貴方って結構いい面立ちをしているのね。ほら、腕だって凄い逞しい…」

 背に回したままの俺の腕をつつと指先でくすぐるように二の腕まで伝い、濡れた瞳で俺を見つめる女性から目を逸らせない。

 不味い。何かに侵されている。

 〝干渉〟―――二百倍。

「ねえ?もしよろしければこのあとお時間あります?お姉さん、貴方のこと気に入っちゃったかも…☆」

 おい嘘だろ。

 二百倍まで引き上げた〝干渉〟ですら振り払えない。強烈な精神干渉。

 この、女……!?

 知らず腕に力が込もり、女を抱き寄せる恰好に陥る。

 他ならぬ俺自身の意思がそうしている。

 何故だ、俺はこんなこと望んでいないのに。

「退きなさいな女郎、潰しますよ?」

 明瞭な思考に反して女を抱く手の力が強まり、あわや近付ける女の唇が俺の口元へ引き寄せられた時。

 直上から振り落とされた巨大な戦槌が俺と女との間に割り込まれた。

「っ」

 すんでのところで俺も女も怪我はなく、いやむしろ直撃の瞬間手前に女の方が反応し回避したようにすら見えた。

〝なんです?なんですかあの人?すんごくいやぁーな感じ、しますよ〟

「女豹、いや女狐ですか…なんにせよ腹立たしいことです。よりにもよって彼を狙うとは」

「…………!!」

 女性陣が一斉に敵意を露わにして俺の周囲に立っていた。俺はといえば、どういうわけか体に力が入らず片膝を着いている始末。な、なっさけねぇ…。

「ふふ。『竜牙』を折った一派と聞いてどんなものかと思えば、案外容易いのねぇ。この程度であれば私でも絡め取れるわよ?」

 妖艶に舌なめずりをして、網タイツに挟んでいた棒状のものを伸ばして杖として片手の内で振り回す女。

 奴は今、『竜牙』と言った。

 まさかコイツは。

「テメェ、竜舞奏と同じ…」

「あら、やっぱりそうなの?でもあの脳筋女に勝てたとは思えないほどか弱いわね君。お姉さんが上になって鍛え直してあげましょうか?なーんて」

 伸びた杖状のものを高々と掲げると、四周から無数の人影が俺達を囲う。

 そういえば不自然だった。

 ヴェリテがあれだけ大きな破壊音と共に開戦の狼煙を上げたというのに、商店街の大通りを歩いている誰もが騒ぐことなく道を開けるだけだった。

 初めからこうなることを知っていたかのような立ち回り方。

「クソ、そういうことか」

 ここは端っからヤツの陣地、ヤツのテリトリー。

「嵌められた。このコロニー自体が罠か…!」

「嵌められた……ですって?なんならもう一度、ハメてあげてもいいのよ♪」

 下品な返事で精神に作用する笑みを向け、女は完全なる包囲によって勝利を信じて疑わないのか声高らかに素性を告げる。

「四なる牙よりその一人、『蛇牙』とは他ならぬこの私ルーチェ・メリナ。さあ、色欲に溺れ我が下僕と成り下がるか、あるいは尊厳を保ってここで生を終えるか。どちらか選ぶ権利をあげるわ」

 言葉の終わりと同時に、待っていたかのように一斉に、学生らしき男衆の大軍が押し寄せてくる。


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