依頼その伍 『住み付いた幽霊』
エルダー・ドラゴン・ハイランダー
ここへ来たのはわけがある。
「例の灰の気配が、ここにも?」
「たぶんな」
ヴェリテ、幸と共にやってきたのは古ぼけた大きな建物。
日和さんは一旦別行動を取っている。理由としては単純な手分けだ。
灰の怨霊と闘った際に記憶を視ることが出来たが、あの船が今どこを漂っているのかまでは分からない。そこで申し訳なくも彼女の異能に頼ってはみたが、おかしなことに船の行方は掴めなかった。
世界を跨いですら一個人を特定できる万能無敵の〝千里眼〟をもってしても。
本人も言っていたがこれは異常だ。
そういうわけでそれぞれ足を使って、輸送船『コロペンドラ号』の今現在を追うことになった。
本来なら三手に分かれるのが効率的なのだが、ヴェリテは引き続き俺のお守りを続けるらしい。それに対し何も言わなかった日和さんも、なんだかんだで信用しているのかもしれない。
ってか俺が一番情けない。
「はあ…」
「どうしましたか?溜息なんて」
俺の心中を知るのは幸のみ。きょとんとするヴェリテには視線だけで返事して、意識を切り替える。
灰の怨霊の憎悪、無念の残滓を手繰って手掛かりを探してみようと考えた俺が感じ取った先がここだ。大なり小なり、何かしらはあるはず。
「鬼が出るか蛇が出るか」
右手に握る神刀を掴み直し、無人らしき建造物の扉を押し開ける。やはり錠は無かった。
誰も住んでいない上に管理も行き渡っていないらしく、扉を開けたことによる空気の流入で内部の埃が天井まで舞った。それぞれ袖や手で鼻と口を覆う。
「酷いですね、これは」
「ああ。それにこの感じ」
いる。極めて弱いが、確かにいる。
「アレと同じレベルを覚悟してたが、これなら平気そうだ。ヴェリテは幸を守っててくれ」
灰の怨霊は一部とはいえ数百人規模の思念を宿した大物だった。それに比べればこっちは可愛いもの。
俺の世界でも馴染みのある。一般的な幽霊と同じ気配濃度。
「俺の言葉はわかるな?お前はどこの誰だ」
展開された〝干渉〟によって、俺の五感は不可視の存在を捉え、俺の言葉は相手にも届くようになる。
〝―――だれかな?だれだろう〟
扉から廊下を進むにつれて、周囲の家具や壁がカタカタと音を立てて軋みを上げる。ポルターガイストか。
「お前はなんでここにいる?何が無念でここに残る?」
〝なんで?……なんでだろう〟
耳に届くは少女の声。いくらか薄ぼんやりとしたエコーを響かせ、少女の声は廊下の奥から。
幽霊は発生した当初から記憶が欠如しているケースがある。それ故に死んだ理由、魂を現世に残している無念の居所を理解していないまま流浪する霊も多い。
ただ俺には、なんとなくわかる。
「お前は……」
廊下を抜け、広い居間の中央に彼女はいた。
白いワンピースに死人特有の真白の肌が、長い黒髪を映えさせている。
歳の頃は俺と同じ程度に見えた。
〝あなたはだぁれ?また私を追い出しにきたの…?〟
「出来るならそうしたい。お前はこの地に縛られた霊だ」
足はあるが揺らめく陽炎のように意味を成していない。身体は爪先から僅かに浮遊している。
地縛霊は別段珍しくない。この地で日本人、という点には違和感を覚えなくもないが。
〝じょうぶつ?〟
「無念が晴れれば、そうなるな」
こてんと首を傾げて、少女は人差し指をこめかみに押し当て、
〝でも無念とかわかんない。どうしたらいいの?〟
「俺に心当たりがある。お前の力を借りられれば、俺がお前を成仏させてやれる」
手を伸ばす。
「一緒に来てくれ。俺ならお前を連れ出せる」
自分のことを何も知らない俺だが、どうやら日和さん曰く俺の身体は特別性らしい。
原則一人に一つしか収まらない魂の器が、一際大きいそうだ。
幸との〝完全憑依〟を平気で行使できるのもそのおかげらしい。
つまり他の魂を一時的な住処として俺の器に招くことができる。
〝あなたと一緒にいくの?でも私、ここから…〟
「いや大丈夫だ。今確信した。お前が縛られてるのはここじゃない」
〝干渉〟で見抜いた。少女は確かに地縛霊だが、それはここが建築物という分かり易い居場所として条件が整っていたから。
この場が更地でも彼女はここにいたはずなんだ。
〝私が必要?〟
「そうだ」
きっぱり告げると、しばし逡巡の後、儚げな笑みで俺の手を取った。
〝じゃあ、うん。いいよ〟
「…助かる」
触れた途端に、彼女のただでさえ透けていた体が完全に消え去り、粒子が触れた手の指先から伝い体内に入り込む。
短い間だが、彼女にはガイドをお願いすることになる。
「よし、行こう幸、ヴェリテ」
「…っ」
「用件はこれで終わりですか?」
頷いて開けた扉を出る。
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灰に呑まれた魂は既に毒され侵され、まともな思考を棄てている。おそらくはあの万に至る魂を束ねる悪辣な人格を宿した魂魄が存在している。その核を滅ぼさない限り彼らの心は報われない。
灰の怨霊に道案内は頼めなかった。
だから善良な魂が必要だった。
少女は万の魂達と同じ死因を持っていた。
焦土の中で苦しみ続けた、この世界のかつて居た民の一人。
彼女は地縛霊だ。
文字通り、彼女の魂はこの地に縛られている。
多くを語り聞かせる必要はない。死の記憶を欠落させた少女の忘却はむしろ幸運だったと言える。
灰の怨霊は焼き殺された無念の霊を掻き集め、その力を増大させ続けている。
アッシュワールドに居残る焼死体の魂を引き寄せている。
第①コロニーで対峙した分離体は、おそらくそれを狩り取り本体へ届ける為の尖兵。
この子は、贄だ。
少女の魂を内包していれば、いずれ灰の怨霊は自らの糧とする為に本体へと招き寄せるだろう。それこそが望むところだ。
俺ごと、幸ごと少女の魂を喰らい一部にしようと手を伸ばすはずだ。
させるかよ。
囮にこそ使わせてもらうが、怨霊に差し出すつもりは毛頭ない。
少女は守る。
灰の怨霊を倒し、少女の無念を晴らせて成仏させてみせる。
それまでの間、利用している立場で心苦しいがしばらくは行動を共にしてもらおう。
「……」
「幸?なんでそんな虚ろな瞳でこっちを見る?」
「泥棒猫が自分の特等席に居座っていたら、誰でもそんな表情になると思いますがね……」
〝??〟
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