幕間3・コロニーマスターへの土産


「たいしたザマだな、あれだけ大口叩いておきながら危うく夕陽が死ぬところだった」

「…………」


 派遣されてきた〝復元〟の少女が大破壊されたコロニーを元通りにしている最中、研究施設の外では正座した雷竜に延々と嫌味じみた小言をぶつけ続ける日和さんの姿があった。

「私は貴様に守れと言った。そして貴様はなんと答えた?挙句にこれは何だ?夕陽に牙を向け、私が貴様の尻を拭った。おまけに敵も倒せぬままに押し付けて、だ」

「……すみませんでした」

 尻尾もしゅんと地べたに垂れ、心なしか角もややへたれているように見える。耳じゃあるまいしありえない話だが。

「まあまあ…いいじゃないですか。終わりよければなんとやらで」

 正直自分でも呆れる物言いだとは思う。俺が日和さんの立場なら『お前が言うな』と一蹴しているところである。結局何も出来てないからな俺も。

 ただ少しでもヘイトをこっちに向けようという意味であえてそう言ったのだが、まったく見当違いに日和さんは怒りを収めてくれた。

「んむ…君がそう言うなら、これ以上はよそう」

 ちょろすぎィ!!

 俺がこの世界欲しいですって言ったらマジで征服して献上してくれそう。まったくいらないけど。

「ただし次は無い。いくら夕陽が頼み込もうが、次は必ず貴様を殺す。ゆめ、忘れないことだな」

「……肝に命じておきます」

 暴走したことをよほど気に病んでいるのか、日和さんの言葉には全て素直に返事していた。どうも普段の喧嘩腰からすると違和感しかない。

「…ふん」

 日和さんも同じように思ったのか、それからは口を噤んでもう一つの問題への対処に当たった。

「夕陽も、申し訳ありませんでした。随分とご迷惑をお掛けしたようで」

 説教が終わり、正座の向きをこちらに変えたヴェリテは眉尻を下げたまま頭を垂れた。

「いや本当に気にしなくていい。お前がいなけりゃそもそも最初からヤバかった」

 終始ヤバかったのも事実だが、ヴェリテに非を押し付ける気はさらさらない。俺自身が一番弱いのだから、誰を責めることだって出来ない。

 流石に幸も可哀想になってきたのか、正座するヴェリテの頭をそっと撫でていた。いい子だよほんと。

「今後はより一層引き締め、日向夕陽に尽力することをここに誓いますので…」

「いや銀竜の為に尽力して」

 反省のし過ぎで目的がすり替わっている。

「こっから先も力を貸してもらわなけりゃいけないんだ。だから頼りにさせてほしい。もちろん、俺も全力で事に当たるつもりだけど」

「はい。…目下最優先で、船に巣食う灰の怨念を退治するのだとか?」

 日和さんにボコボコにされて意識を失っていたヴェリテが回復して、すぐに状況は説明した。当面はそれを目的に行動する。

 と、その前に。


「さて。あとはこの小娘を五体バラバラにして海に捨てれば依頼も完遂か」

「え、ちょ。冗談ですよね?」


 縄でふん縛られた竜舞奏の頭上で高々と長剣を振り被る日和さんを慌てて止めに行く。何の為に生け捕りにしたの?




     -----

「これだから強い人は嫌いです。他人の気持ちが分からない強い人なんて…」

 ややいじけたように呟く竜舞を、さて本当にどうしたものかと思案に暮れる。

 ちなみに彼女、日和さんと互角の勝負を繰り広げていたところをいきなり電池が切れたようにぷっつりと意識を失って倒れたのだという。闘った日和さん曰く、力の引き出し方を誤って肉体が追い付かなくなった弊害だとか。

 ともあれこの世界に警察機関のようなものがあるとして、実際彼女がどういった行為に手を染めているのかも俺達は知らない。依頼書にもただ危険人物としか書かれていなかったし。

豚箱⑪コロニーにでも送り付けるか」

「それがよろしいのではないですか?施設も全壊させていますし」

 まるで施設の全壊に自分達はまるで関与していませんよとでも言いたげな二人に、竜舞でなくともジト目になってしまう。

 ああでもないこうでもないと話し合っていると、どこからともなく飛んできた紙飛行機が俺の頬に刺さった。

「おいまたか」

 もう本人が直接来いよ。

 紙飛行機をバラして開いてみれば、やはり相手は我儘姫フーダニット。こんなのをずっと相手にしてたとか、騎士様とやらは聖人か何かかな?それとも洗脳でもしてたのか。

 黙って内容を速読し、日和さんに渡す。二人が読んでいる間に俺は紙面に書かれていた内容をそのまま実行に移す。

「あー、竜舞奏さん」

「はい」

「あんた、コロニーマスターと手を組む気とか、ある?」

「…はい?」

 言われたことの意味がわからないという風に、竜舞がぽかんとする。

「フーダニットっていう、傲岸不遜な女がいるんだ。そいつが、自分に協力するなら命だけは勘弁してやってもいいってよ」

 本当はもっと滅茶苦茶なことが書かれていた。一生下僕として~とか、額が擦り剥けるほど深々とした土下座を見せれば云々~とか。あまりにも自分勝手な内容だったので俺が勝手に翻訳させてもらっている。

「…それは、私に組織の鞍替えをしろという意味と捉えてよいのでしょうか?」

「そういうことだと思う」

 本人が交戦の際に自らを『「四牙」の一角』と名乗っていたことからも、彼女が何らかの傘下にあることは察していた。その組織がどのようなものなのかまでは知らないけど。

「言っておきますが私、こんな世界の腐った社会を守る気は毛頭ありませんの」

 生殺与奪の権をこちらに握られておきながら、その確固たる台詞に迷いはなかった。

 でもそういうことなら心配いらない。

「その辺は平気だ。フーダニットもここには辟易してる側だし。反『カンパニー』なんだよアイツ」

「…………コロニーマスター、なんですよね」

 そうなるよなぁ…。

「まあ…。でも本当なんだよ、多分内部から崩す算段でも立ててるんだろ」

 俺とて前回フーダニット陣営の一人として戦った者だ。そこだけはあの小娘を信じている。

「もしそれが虚言なら?」

「俺の首をくれてやる」

 だから即答で命くらいは賭けてやれる。

 しばし縛られたままの竜舞が見上げる視線に無言で応じていると、最後には向こうが折れた。

「…はぁ。わかりました、そちらに与しましょう」

「悪いな、助かる」

 これが呑まれなかった場合、本当に処理しなければならなかった。

 決まったならば話は早い。

「おいどうせ見てんだろフーダニット!協力者だ、丁重に扱えよ!」

 空に向けて怒鳴ると、間を置いて竜舞の背後の空間が縦に裂けた。

「あら?」

 空間の先からにゅっと伸びた手に襟首を掴まれて、物のように竜舞が飲み込まれる。

「丁重にっつっただろ」

 愚痴るも応える声は無し。相変わらずのようで安心と呆れが半々となる。

 閉じた空間の先に同情を禁じ得ない。

 絶対喧嘩になるだろうなぁ。それとも竜舞が大人対応でお守りしてくれるか。

「まいいや、終わり終わり」

 依頼はこれで達成。次に向け頑張ろう。

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