依頼その捌 『人の形をした破壊(後)』


「おーおー。やっと見つけた。ったく何処まで吹っ飛んでんだよてめぇは」


 破壊突撃によって確実な死を与えるつもりが、予想外の超反応で直撃を逸らした夕陽が吹き飛んだ先を追って、ようやく見つけたガーデン・ライラックの狂戦士が苛立ったように吐き捨てる。

 本人は意識していたのか不明だが、あの刹那に夕陽は刀の先端でライラックの首筋に浅い裂傷を与えていた。もちろん、吹き飛ぶ際の挙動がたまたまそういう動きを引き起こしただけ、とも考えられた。

 けれどライラックはそれを偶然だの幸運だのといった戯言で片付ける気は毛頭無かった。

 狂戦士は正気を失うほど苛烈な戦を続け生き残ってきたからこそのもの。そこに油断と慢心、そして奇跡は混じらない。

 傷を付けたのなら、それは傷を付けた技量の持ち主。相応の使い手。

 だから狩りは終わり。最早これは死合。

 奴は獲物ではなく敵と成った。

 たとえ満身創痍の死に体だとしても。

「ハッ。しかしこんなんじゃ、もう話にならねぇな」

 砕けた骨片が肩を突き破り、吐血と合わせて冗談では済まないほどの出血量となっていた。当然肉体もガタガタ。よろめきながらも立ち上がったこと自体、異常事態としか呼べないほどの重傷。

 そして、

「……………………、」

「…。気味が悪ぃな、てめぇ」

 吐血に溺れるような、か弱い呼吸を静かに繰り返す。

 左手から持ち替えた抜き身の刀を右手に握り、漆黒の木鞘は口元へ。歯で咥えた鞘の先端までを粘ついた血液が伝い落ちる。


 『惨めでも、みっともなくても、勝てばいい。格好良さなぞ捨て去りなさい』

 彼女なら勝ち方に拘らない。そう教えられた。


「―――ァあ゛あ!!」

 砲弾のような突進。血色の瞳がギンと向かい合う。

「死に損ないが」

 人型の破壊に慈悲は無い。ただ一撃のもとに壊すのみ。

 直上から墜ちる斧。夕陽の速度を正確に把握した上でのタイミングジャストの振り下ろし。

 そこから〝倍加〟を引き上げる。

「ああ?」

 まだ速くなるとは。いや、調。ガーデン・ライラックは考えもしていなかった。

 不撓の信念だか、決死の覚悟だか。

 そんなくだらないもので常識を超える戦士は多くいた。この小僧もその一人だろうと高を括っていた。

 それどころじゃない。

 動けることが異常。さらに思考を費やしていることが奇怪。

 死んでおかしくない状態で、ありえないほど頭が澄んでいる。

 コレは違う。

「けハッ!」

 空振りした斧の懐まで迫り、神刀を深々と胸部へと刺し込む。的確な心臓への刺突もまた、異様な冷静さを裏付けていた。

「く、ククッ…なんだおい?」


 『私達は人だ。人は弱い。だから弱いなりに、一生懸命足掻く。必死にね』

 彼女なら容赦はしない。人は弱いから。手心なんて、死を招くだけだから。そう教えられた。


 心臓を一突きにした。その程度で殺したなんて思わない。

 血を舞い散らせながら頭を振るう。口に咥えた鞘がライラックの顎を打ち上げた。

 上向きになった顔は敵を定めず、しかしそれでも振るわれた斧は正確無比に夕陽の胴を分断せんと迫っていた。


 『怯えないこと。退かないこと。まだ君には難しいね。恐怖を乗り越えるのではなく、恐怖を覚えないことが大事なんだよ』

 彼女なら後退りはしない。怖じれば死期を早める。そう教えられた。


 斧に吹き飛ばされた夕陽は、何故か刃の餌食にはならなかった。振るわれた斧と同じ方向、同じ勢いで自ら跳び出したことで衝撃を殺したとライラックは理解する。

 哂う。

「おいてめぇ」

 嗤う。

 高く高く、狂戦士は吼え猛る。地面が蜘蛛の巣状に割れ、亀裂が走る。

 大気が震える。北欧神話の主神を想起させる悍ましき威容が、斧を高々と掲げるシルエットに映る。

 例え相手が神であろうとも、彼女であれば殺して見せる。

 そう、きっと彼女なら。

 彼女なら。


 ―――いや。

「……

 





     -----


 〝憑依〟。

 それは人ならざるもの、その魂、その精神性、その御業を自身の器に降ろすことで超常を発現させる特異能力。

 妖怪を宿せる。幽霊を宿せる。契約した鬼の力を宿せる。神霊も亡霊も怨霊も悪霊も生霊も、化物だって怪物だってやろうと思えば宿せる。

 極めて広義に括るなら、〝憑依〟においておよそ限界は存在しない。

 だから、これも、可能。


「クッ、ハハハハ!そうか!てめぇそうか!アハハはハハハハはハハッハ!!!」

「―――……」


 一振りごとに骨肉は耐久限度を超えて壊れる。

 には、それが不思議で仕方がなかった。

 ここまで脆かったか?私は。

「やりやがったな!てめぇは!自分以外の何かに上書きしやがったッ!」

 死に体の少年は狂戦士に追い縋る。明らかに劣勢だったはずの戦況が覆る。

 それはそうだろう。最強の退魔師なら、このくらいは出来て当たり前だ。

 日向夕陽は理解可能な域の全てを自分に乗せた。

 ガーデン・ライラックに勝てる唯一の突破口は、自分ではなく師にこそあると考えたから。

 夕陽は、夕陽が知り得る限りの『日向日和』を自分に〝憑依〟させた。

 一種の自己暗示に近い。ただし〝憑依〟という異能を利用した以上、それは最早暗示などといった生易しいレベルを大きく凌駕している。

 豹変。変化。

 生まれ変わったかのように、夕陽の動きは格段に精緻なものとなっていた。

 ライラックの咆哮がヴァルハラへ届かせるものであるのなら、これは戦乙女に見込まれ選別された勇者の魂とでも対応させるべきか。

 〝降ろす至高の戦魂エインヘリヤル・ベゼッセンハイト 〟。

 その心身は既に英霊と大差ない。

「ハッハア!いいぞ、もっとだ!!」

 真紅の瞳と相対するように、毛細血管の破裂した深紅の眼で猛攻を見切る夕陽の動作は極限まで無駄を省いた英雄の挙動。一刀は必ず当たり、鎧を砕き肉を裂き骨を断つ。

「おォラァ!!」

「ふっ」

 競り合う戦斧と神刀。どこまで〝倍加〟を引き上げればこうなるのか。怪力の狂戦士と拮抗した力比べは衝突の余波で四周の全てを薙ぎ払う。

「おいおいおいおい!てめぇ本当に人間か!?」

「その台詞は、聞き飽きた」

 先手として鍔迫り合いを外した夕陽が、体勢の崩れたライラックの腕を足と片手で極め、瞬時に関節を破壊。再生の前に追撃で腕を斬り落とす。

 次に首、四肢を分断し心臓を三等分した。

「終わりか?」

「ナ、メんなァ!!」

 ゴギュルと気色悪い音を立てて手足を繋げたライラックの乱撃が暴虐の限りを尽くす。

 常人どころか異能を駆使する猛者ですら軌道も追えない攻撃を最小限で躱し、距離を埋め、そして斬る。

 神刀は真に迫った使い手の人格に動揺するように揺らめく神気を漏らしていた。真名布都御魂は戦斧ブレッケツァーンの魔性を防ぎつつ、召喚霊サーヴァントたるライラックの肉体を外見以上に削ぎ落としていく。

「やっぱこうだよな、ハハハッ。殺し合いは!戦士の闘いは!命の取り合いってのは!こうじゃなけりゃ面白くねぇ!」

「面白いのは貴様だけだ。私はちっとも…ん」

 蒼白の上から鮮血に塗れる夕陽が、言葉途中で膝を折る。意思に反した肉体の最終警告。

 死線を超え切った先に待つ、それは三途の彼岸。

「ち、やはり脆いな」

 軽々しい口調と反して上半身からも力が抜ける。狂喜の笑みで決着を求めるライラックが飛び込んでくる。

 残りの余力を全て右腕に注ぎ、喉を突き殺す算段を立てる。あとは、どうにかするしかない。

「足掻けよ!ニンゲン!」

 若干無念の残ったような表情を浮かべたライラックが、眼前で消し炭と化す。

「―――ケッ。うぜぇ横槍が入った」

 立て続けに二度、三度と雷撃の咆哮が再生途中のライラックを焼き焦がし消し飛ばし、次いで雷槍が爛れた五体を地に縫い止め、さらに爆雷が光柱となって大規模な殺害を繰り返した。

「フン、今回はここまでか」

 骨と肉を幾度も露出させては生と死を行き来するライラックが、雷の中で塵となりながらも倒れ伏す夕陽へ指を向ける。

「覚えたぜてめぇのツラ。次だ。またやるぞ」

 薄れゆく意識の中で最後に見たガーデン・ライラックの顔は、これまでのどの瞬間よりも歳相応の美人に映った。




「夕陽!!」

「うっわなにこれエグ…お姉さんこれはちょっと流石にドン引きなんですけど…」

「ならさっさと消えなさい邪魔です痴女!早くしないと、これはあまりに怪我が酷すぎる。私の時以上に…!」



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