シュヴァルトヴァルトの諸事情


「ようこそ。エルフ族長を務めるエインという者です」


 エルフ達に連れられて向かった先は同じような木々大木が連なる大森林の中でも、とりわけ巨大な樹の中。幹の内を繰り抜いて居住区としている彼らの聖域。

 何段上ったかもわからないほどの高層階の先にある大広間のような空間の最奥に族長を名乗るエルフの長はいた。

 色素の薄い肌や髪はエルフ特有のものとして、長命を特徴とする彼らエルフの外見はいくら歳を経ようともさして変わっているようには見えない。

 族長のエインは、他の若きエルフ達と同じ程度の外見をしていた。有体に言って、(いくつなのかは分からないが)歳の割に若く見え過ぎる。

「この度は我らが同胞があなた方に迷惑を掛けたとのこと。この非礼、いかにして償うべきか」

「いや、そういうのは別にいいです。今はそれどころじゃないので」

 族長として種族全体の責任を取ろうという気概は受け取れたが、正直こちらとしては興味がない。そういった態度をあえて隠しもせずに堂々と言い放つ。夕陽にはこういった場での駆け引きといったものの覚えはまるで無かったが、とりあえず弱気に出れば負けだということくらいは知っている。

 誰よりもその『エルフの同胞』に酷い目に遭わされた夕陽が肩に担いでいたダークエルフを部屋の壁際に放り投げる。『完全者』は多少手荒に扱われた程度ではびくともしないことは既に実証済みだ。まさか雷竜の一撃を受けて五体満足を保つとは思いもしなかった(ただし手足は折れている)が。

「俺達が知りたいのは、この男のこと。『完全者』と名乗っていたこの連中は女神リアとは違う神性による影響を強く受けている。それについて、何か知っていたら教えて欲しいんです」

 目下最優先に危惧すべきは竜の案件だとは分かっている。竜王もそうだが、手元のビー玉大の水晶玉から絶えず流れる情報網によれば悪竜王なる存在の活動も活発化してきているとのことだ。

 暗黒竜王エッツェル。悪竜王ハイネ。他神性案件。

 どんどんと問題が増えていく。その全てを同時並行的に処理していかねばならないというのだから、時間も無ければ数も足りない。

 『黒抗兵団』も各地で忙しなく動き回っている。少しでも情報を得られれば、すぐさまこの水晶を通して全軍にそれを共有させることが出来る。

 その意味でも時間は惜しかった。

 族長は僅かに顔を伏せると、身内の恥を嫌々ながらに吐露した。

「我らは外の世情には疎い身ながらも、今現在この世界が尋常ならざる事態に晒されていることは承知しております。その内のひとつに、この馬鹿者が関わっていることも」

 壁際に転がるダークエルフを蔑むような視線で一瞥し、

「ある時から我々エルフの生き方に異を唱え、大森林の何処かに構えた拠点で怪しげな研究や実験を繰り返すようになった危険思想の持ち主、ロドルフォ・エッセマン。『完全者』なるものを自称するようになった彼奴は、あろうことか同胞すらも手にかけ研究の為に解体していた」

「それが、神による干渉を受けたものだと?」

「当人から直接聞いたわけではありませんが。次第に『完全者』と呼ばれる者共は数を増し、それらは揃って並々ならぬ奇妙奇天烈な力を有していました。神と呼ばずして、このような埒外の力を与える者をどう呼べましょうや」

 一応の筋は通る。天啓を通してこのロドルフォなる男に智慧を与え、直接の介入なくしてこの世界に自らの神性を通す。目的は依然として不明だが、彼らが総じて神の加護と恩寵を得てその意志を代行する者達だとするならば、やはりその目的はこの世界にとって害あるものであることは間違いない。

「他の『完全者』についても教えてもらいたい。その口ぶりからして、知っているのでしょう?」

「『黒抗兵軍』でしたか」

 いきなり話の本筋を逸らされ、夕陽の瞳が細まる。

 エルフ族長はその変化を知ってか知らずか構わず続ける。

「貴方がたがこの世界の守護者たる役割を担っていることは存じております。他、『FFXX』なる戦艦群。他にも異世界からの来訪者はここ最近で急激に増え、しかもその質は段違いに高い。世界か、女神か、いずれにせよ星の危機に際し呼び出された英雄豪傑の類であるのは疑うべくもありませぬ」

「……」

「我らとてこの大森林より外に出ることはまずないとて、それでもこの世界そのものが砕けてしまえばそうも言ってはおられませなんだ。そうなれば貴方がたへの助力も、惜しむ道理は皆無というもの」

「何が言いたいんですか」

 話術に付き合うつもりはない。これ以上長ったらしく続けるのなら出ていく、それを言外に示す為に立ち上がる。頭の上で身じろぎするロマンティカが髪をくしゃりと乱す。

「戦力として数えて頂いても構わない、という話です。我らエルフは魔術と弓術に秀でた一族。流石に老人子供を戦乱に加えるわけにはいかないので総員というわけにもいきませぬが、それでも良ければ、と」

 夕陽は答えない。族長は何かを企んでいる。その瞳は夕陽が何かを口にしようとすれば即座に割り込むつもりでいる。黙っていれば、そのまま彼は勝手に続きを語り出す。

「…ただ、その間この森をただ留守にしているわけにはいかないのです。黒き大森林シュヴァルトヴァルトにはこのロドルフォ以外にも二人の魔女が自らの工房と陣地を作成して我が物面で居座っています。これらをどうにかせぬことには、我らはここより動くこと叶いませぬ」

「力を貸す代わりに魔女を討てと、そういうことですか。…別に、あなた達の力を借りずとも、俺達は戦えますが」

 嘘だった。今はほんの少しでも戦力は欲しい。それこそ喉から手が出るほどに。

 だが不確定要素が多すぎる。エルフにとって邪険にしている魔女が本当に討つだけの悪事を働いたのかもわからない。

 だが族長はさらに続ける。

「他の『完全者』の情報とやらも、求めているものなのではありませんかな?」

(……やられた)

 先にこちらが知っている程度の情報を明かしておいて、さらにその先にある情報をちらつかせた。夕陽が食い付いたことで、族長はこれが『多少の無理を通してでも手に入れたい情報もの』であると確信したのだろう。うまく釣り上げる為のエサを見極めさせられたのだと気付く。


「リエーリヴァを殺せ!あの女には仲間が何人もやられてるんだ!」

「いや先にアーデルハイトだ!アイツの種でどれだけの犠牲が出たと思ってる!?」

「それだけの力があるのなら森の深部まで行けるんだろ?緑花竜さまのところまで行って力を貸してもらった方がいい!」

「魔獣の被害も酷い。なあアンタたちなら簡単に駆除できるだろ、頼むよ!」

「弟の娘が毒虫にやられて高熱でうなされてる!抗原を得るために森の東部にも行ってきてくれー!」


 夕陽が黙り込んだのをいいことに、族長の背後に控えていたエルフの古参らしき者達が一斉に口を開いて頼み込んだ。

 彼らの必死さたるや、ようやく現れた力あるものにここぞとばかりに猛剣幕で押し寄せる勢いだ。隣の幸も怯えた様子で夕陽の腰にしがみついている。

「……痛っ」

 どう第一声を切ったものかと考えあぐねていた夕陽が不意の痛覚に顔を顰める。髪の毛が数本、引き抜かれたようだった。

 何してんだ。そう軽く怒ってみせようと思って目線を上にあげた夕陽の眼前で、レディ・ロマンティカは小さな蝶々羽根を揺らして降りてきた。

「……る、…さい」

「え…?」

 目と鼻の先に浮くロマンティカは夕陽に背を向けて、つまりエルフ達に面と向かって大きく息を吸う。


「うるさい、うるさい!うーるーさーいー、のぉおおおおーーー!!!」


「…んな…」

「んだと…?」

「この妖精、今なんと…」


 その小さな体のどこから出たのか、超音波のように高い悲鳴のような絶叫が幹に内側で響き渡る。

「……ティカ。お前…」

 小さな小さな妖精は、レディ・ロマンティカは。


「なんなのっ!自分たちでなにもしないくせに、外からきたなんにもかんけーないユーにばっかりそんなことおしつけて!ひきょーもの!エルフはみんなひきょーものだーー!!」


 傷だらけになりながらも戦い続けてここまで来たことを知っている彼女は、必死に頑張ってきたことを知っているその娘は。

 人間の為にボロボロと涙を流して泣いていた。

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