『天啓4・振り回される戦闘狂』


「女神様の啓示と来たか」

「はい?」


 式神の撤退後、アル達はエレミアの手当てが終わるまでの間に周囲の警戒と宿営準備を済ませた。既に夕闇が空を蝕み始め、行動を起こすには危険が伴うと判断したが故の決断である。

 そうしてアル、白埜、シュライティア。そしてエレミアとウィッシュ。五名がマッドシティのとあるショッピングモール屋上で焚き火を囲んでいた。

 助けられた手前もあるのか、エレミアはアルに対しては親身に丁寧に応答した。シスターという職業柄、というのも大きかったのかもしれなかったが。

 そんな彼女に曰く、ここまで足を運んだ経緯、事の発端は女神からの天啓にあるのだという。

「その女神ってのは、誰のことだ?」

「……はい?」

 同じ言葉での問い返し。ただしその声色は先程に比べより低く冷たい。

 この世界に介入している神性の存在。そしてその神に促されこの世界に横槍を入れんとする『完全者』と呼ばれる者達の存在。

 いずれも日向日和から聞かされた情報(を夕陽から又聞きしたもの)である。

 もしこのシスターがその外なる神からの啓示により動いているのであれば、それは日向日和のけしかけた式神の行動理念とも通ずる。あの女の起こした襲撃の真意がそこにあるのなら。

 そう考えたアルの首筋に、クレイモアの刃がひたと当てられる。

「いきなり物騒だな」

「アル殿」

「いい。手出しすんな」

 コンクリートのブロックを椅子代わりに焚き火の前で座っているアルの後方。常に気を張り続けていたシュライティアが腰の双剣に手を掛けた瞬間に制止の声を掛ける。

 敵意の発現はあれど殺意にまでは至らない。アルは刃が止まることを知っていた。だから身じろぎのひとつもしない。

 隣の白埜が息を呑むのを気配から読み、この状況を長く続けるのは毒だと判断する。場合によっては殺すのも選択肢の内。

 アルとシュライティアが何らかのアクションを起こす前にエレミアは口を開いた。

「それはなんの冗談ですか?あるいは私の信仰を試しているのですか?」

「何の話だ、そりゃ」

「この世界に、女神リア様をおいて一体どんな神が存在するというのですか。我が身命、その生涯の全ては須らくかの大伸に捧げるものであり、それ以外の全てを些事とする神命は何を以てしても最優先すべきものであるのです。…私の忠心を、あなたは詰ったのです」

 ギギギと鼻の頭が触れ合うほどに顔を近づけ、呟くように囁くように己が信念と信心を確たるものとして語るその瞳には尋常ではない狂気の色が見えた。

(なるほど。コイツもイかれてんな)

 他ならぬ、戦に狂うことを自覚しているアルは殊更にその狂気を見抜く。

「落ち着け、誤解が多すぎだ。お前、こんなとこまで躊躇なくやって来たわりには何も知らんのか」

「…あなたは、知っているというのですか。こんなにあの方を想っている私ではなく、神はあなたの方を選んだというのですか……ッ!!」

「だから落ち着け俺は神なんぞに媚びへつらったりしねェよ無神論者だ」

「なんて罰当たりな人ですか!!やはりこの場で神に代わり裁きをくだすべきですか!!」

「うぜェなこのアマァ!どう答えても詰んでる問答ぶちかましてくんじゃねェよぶっ殺すぞクソが!!」

「……アル。アルも、おちついて」

「シラノ殿の言う通りかと。一から説明せねばこの者は納得せぬでしょう」

 地面から剣を抜き掛けたアルを両方から白埜とシュライティアが押さえ付け、それでようやくアルも平静を取り戻す。エレミアはと言えば、ウィッシュに修道服の裾を掴まれておとなしくなっていた。

「すみません、つい熱くなってしまいました。私にとって女神リア様は全てで全てなので…」

「いやいい。もう大体わかった」

 地雷を悟ったアルもそれ以上この話題に触れることは避けたいと感じた。さっさと本題に移らないと朝を迎えてしまいかねない。

 互いに元の位置、焚き火を挟んだ対面に座り直す。


「で、シスター。お前が受けた啓示は何だよ」

「はっきりとは。ただ、『世を蝕む干渉を弾け』といった旨の天啓と、その対象となるものを知覚できるようにはなりました」

「それがこのエリアにいたってか」

「はい。厳密にはまだいます」

「そこら中でこっち見てる連中か」

「ご明察です」

「シュライティア」

「御意」


 人型の風刃竜が即座に風を纏いその場を飛んで夜闇に消えたのを見届け、チリチリとした気配を放っていたエレミアを手振りで落ち着かせる。

「あの竜が仕留めに行った。数はそれなりだが充分倒せるレベルだろ。これでもうお前の目的は完遂か?」

「いいえ、まだです。本命はもっと大きく、手強いです。私の中のプチ女神がそう警鐘を鳴らしています。こう、ゴーンゴーンと。…可愛いですね!」

「いや知らんが」

 話すたびにヤバさが増していく修道女との会話に限界を感じつつあるアルも、なんとか普段使わない忍耐力をフル発揮して我慢していた。

「お前が敵対者として認識しているのは女神リアとは」

「リア様」

「……この世界を管轄してる女神リアとは別口の」

「リア様」

「…………リア、さま。とは、別口の神による干渉を受けた連中のことだろ、たぶんな」

 アルが根負けする場面を目の当たりにして信じられない光景を見たように白埜が目を見開いていた。

「アル殿。我らを監視していた者共の駆逐、完了致しました」

「早ぇな。なら夜が明け次第、このイカレシスターが言う本命とやらを覗きに行ってみっか。ちょうど、俺らが向かうとこと一致してるみたいだしな」

「いかれ…?一体なんの話ですか?私はただ女神リア様に従う敬虔な信徒としての」

「あーあー!わかったから頼むからマジでこれ以上しゃべんな頭がおかしくなりそうだ」

 そもそも我慢や堪え性というものに縁遠いアルがここまで耐えているのは日向日和の代行や真銀勢力としての身の上、白埜の安全面や今後の展開を諸々加味した末の結論だ。ただし彼のキャパが限界に到達した時点でその全てがご破算になる可能性も極めて高い。

 戻って来た風刃竜の報告を受け、四周にあった気配が無くなったことを確認したアルは持参した寝袋を広げた。

「おい寝るぞ白埜、明日も大変そうだからな!」

「……アル。おこってる」

「お前以外の全ての要素に対してな!」

「アル殿。私はもう一度周囲の様子を見てから朝方まで火の番を…む?」

 言いかけて、シュライティアは顔を横へと向ける。それにつられ、他の面々も視線の先を追う。

「…おい。なんだあれ」

「…火柱、でしょうね。見た通りなら」

「……キャンプファイヤー?」

「きゃんぷふぁいあー!聞いたことあるよ!みんなでこう、おててつないでね。やるんだよ!まいむまいむー、って!」

 真っ当な意見を返すエレミアに、素っ頓狂な天然ぶりを見せる白埜。そしてわけのわからない偏った知識を披露したウィッシュにアルはシュライティア共々深い吐息を漏らした。

「馬鹿言えあんなクソでかいキャンプファイアーがあるわけねェだろ。どんだけ常識知らずなんだよ。なんか放置された燃料かなんかにたまたま火種が落ちて引火したかなんかだろ。このエリアは基本無人のはずだしな」

「そうでしょうな。さすがにアレをキャンプファイアーとするのは些か無理がありましょう」

「ってかテメェがキャンプファイアーを知ってることの方が遥かに驚きなんだが。竜の世界にもあんのかよ」

 暗い夜を煌々と照らす巨大な火柱に背を向けて、各々は明朝の行動に向けて就寝する態勢を取り、夜間はアルとシュライティアが交代制で火の番を務めた。

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