去りて一難また来たる
「…もう、大丈夫なのですか?エヴレナ」
「うん。だいじょぶ。待っててくれてありがとね、ヴェリテ」
これは森竜との交戦と対話を終え、その後に竜王と対峙するまでの間の話。
ひとしきり泣き明かしたエヴレナが赤い目元を落ち着かせ濃緑地獄を出た時、そこには突破する勢いも無くただ雷竜が仁王立ちで待っていた。
彼女の性分からしてすぐにブレスなり戦槌なりで障害を薙ぎ払いながら駆けつけてくるやもと思っていたが。そうでなかったのなら、それはきっと。
「大丈夫。だいじょうぶなんだよ、ヴェリテ。ちゃんとお話し、したから」
「そうですか。では行きましょう」
即答しくるりと反転したヴェリテの様子からは心配という様子は一切見られなかった。
だがエヴレナは知っている。そういった様子を強く前面に押し出している時ほど、彼女は思い詰めていることを。
事実。ヴェリテの前に現れた森竜フィオーレ(の分身体)との対話に彼女は満足していかなかった。
『…こちらにも与せず、竜王にも降らず。ただ死して屍を利用されるだけの道を選ぶというのですか、貴女は!!』
『いやだわぁ、まだわからないでしょう?案外、わたしが勝って、それでこの問題はおしまいになっちゃうかもですし?』
悪ふざけのようにぺろりと舌を出して笑う森竜の影は、まるで緊迫した様子を見せなかった。
今にして思えば、あれは覚悟を完了した者特有の余裕だったのかもしれない。
『わかり…ませんよ。森の為に命を賭すだなどと』
『そうですか?あなたとて竜の世の為に、真銀の使命の代行者として。その身命を賭けているではありませんか。日向夕陽も、日向日和も、アルも白埜も、異国の軍人も異界の絡繰使いも魔法使いも、セールスマンだって。皆がそうでした』
まるで間近で見てきたかのように、親し気に話すその真意は如何なるものか。実際草木を通し、胞子に乗って、
『エヴレナちゃんには伝えるつもりですが、あなたのほうがいいかもしれませんね。あの子はまだ幼く、優し過ぎる』
本体がエヴレナと交戦を開始したのか、リソースを割けなくなってきた分身体の輪郭が草葉となって散り始める。
『ヴェリテ。もしこの先でわたしとまた会うことがあれば、その時は』
『責任を持って処理しますとも、あなた風に言えば「滅っ」ですか』
言葉を遮り、ヴェリテは戦槌を消えゆくフィオーレの影に向ける。
『真銀の使命、竜種としての始末、ではなく。…共に銀天の
『―――…、ふふ。お願いします』
それを最後に、散らばった草葉のシルエットは完全に形を失った。
「ね。ヴェリテ」
「なんですか」
「必ず。止めようね。絶対。倒そうね」
「…無論ですよ」
両名共に、その表情にあるのは悲哀ではなく、決意に澄まされ怒りに固められた意志。
どれほど高潔な目的があろうが、決死の願いがあろうが。知ったことではない。
確実に相容れない暗黒と白銀。和解が不可能である以上、戦争は再び起きる。
勝つ。
竜王の悲願を踏み躙り、その目的に賛同を示す同胞を踏み潰してでも。
打倒竜王の意志を再燃させた二人が隣に並んで歩き始めた瞬間、地面を揺らす轟音が鳴り渡った。
爆音。方角はそれこそ、今から向かおうとしていた先。エルフの聖域。
「「っ!」」
示し合わせるまでもなく同時に竜化し、上空からの最短距離で巨大な樹の根本へと飛ぶ。
ーーーーー
「ごっほ、げほっ!…くそ、あの野郎!やりやがった」
ビルほどの大きさもある大樹の幹を加工して居住区としているのか、その内の大穴が空いている一部から黒煙と共に知った少年の声を聞き取り、同時に急降下と共に人化を済ませ幹の内部に着地する。
「夕陽!?」
「どしたのこれ!え、爆発!?」
もしやエルフ達の罠として誘い込まれたのかと、戦槌と爪をそれぞれに構えて夕陽のもとへと駆け寄るが、どうも違うらしい。徐々に晴れていく黒煙の先には仰向けに倒れ伏していたり、軽傷ながらに血を流してへたり込んでいるエルフが多い。
さらに繰り抜かれた幹の広い内部空間には、何故か口から件の煙を吐く日和―――の式神の姿もあった。
「これは、どういう状況で…?」
「げっほげほ!こほっ…戻ったか。早々で悪いが出るぞ!追っかける!」
夕陽が二人の姿を確認すると、咽ながらも真剣な形相で空いた幹の大穴へ向けて駆け出す。
「どこへ!」
「誰を!?」
何がなんだかわからないままに侵入してきた大穴へ引き返しながら飛び降りる寸前の夕陽を追い越して先んじて空中で竜化。夕陽の跳躍先が背に届くように調整する。
「森の奥へ!魔女を討つぞ!追っかけるのは」
阿吽の呼吸で雷竜の背に降り立った夕陽が声高に叫ぶ。
「―――ティカだ!!」
『メモ(Information)』
・『雷竜ヴェリテ』、『真銀竜エヴレナ』。共に『日向夕陽』に合流。
・『妖精レディ・ロマンティカ』。一団を離脱。
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