閑話休題3・厄と災禍と混沌と


「かっかっ!森竜如きに手傷を負わされるとはなぁエッツェル。舐めすぎだろ」


 薄暗い空間の中、等間隔に凹んだ壁の内で揺らめく火だけが光源として場を薄っすらと照らす。

 巨大な祭壇のようにも見える石造りの玉座に片足を組んで腰掛けるは竜種の頂点、最高峰の混沌と、今は〝絶望〟をも司る暗黒竜王エッツェル。

 その右手に走る一筋の裂傷。先の戦闘にて厄竜として取り込んだ森竜に負わされたものを見て、腹を抱えて大笑する巨漢。

「…………っ」

 竜王の斜め後方で控えている、寸胴の猫のようにも見える青と白の竜はあまりの恐ろしさに声も出せない。よもやあの竜王に対しここまでの不敬を平然と。いくらあの大戦期を生きた最強の炎竜であるとはいえ、限度というものがある。


「はっは!はーはっはっは!いや美しくない、それは美しくないぞう竜王様!あなたともあろうお方が何故!そのような醜態を晒さなくてはならないのかっ!否だ、断じて否である!美しきこの私が仕えるべきあなたこそはっ、ああ、誰よりも美しくあらねばならないというのに!」


 巨漢の炎竜に追随する形で、やけに芝居がかった話し方でポーズを決めながら叫ぶ黒髪の美男子に今度こそ青白の猫型竜は震え上がった。自殺願望でもあるのかあの男は。

 黒曜の瞳を爛々と輝かせ、燕尾服が妙に様になって着こなしているこの青年も同じく、大戦期を知る者。ただしこちらはが。


「エッツェル様、エッツェル様!あの、えと、ケーキ!作ったので!これ食べて元気出してくださいっ。…あっ、いえ違いますこれは毒じゃなくてちゃんと作ったやつですから大丈夫です!」

「…ああ、ありがとう。メティエール」

「~~っ、いいえ、いいえそんなこと!きゃーエッツェル様にありがとうって言われちゃったよ~♡」


 こちらはこちらで馴れ馴れしくも玉座の足元で竜王に菓子なぞを差し出している小娘。血色の悪い頬を両手で押さえてぶんぶんと首を振るうと、毒々しい紫髪のハーフツインがつられて揺れる。

 こんな小娘程度ならば、とは一瞬思うが、その内に秘めるポテンシャルはやはり猫型竜を上回る。今では気丈に振舞うエプロンドレスの少女だが、エッツェルに拾われた時には見ているこちらが辛くなるほどに憔悴し絶望していた。両親を殺され、その憎悪はこの世界の人間全てに向けられている。

 ……一応、その両親の死骸はエッツェルの命により回収してはあるが。


「…どうした、黒竜王よ。何もないにしては、翳りのある顔だ」


 壁面に背中を押し付けて腕組みをしていた青年が小さく言葉を投げかける。隣に立て掛けてある、あまりにも巨大につき長大な鉄塊のような剣が、使い手の発言に合わせて赤熱する剣身を微振動させた。


「ふ。祖竜を蘇らせた時点で翳りなどあるべくもない。その全てを焼き尽くすのが貴様らであろうに」

「然り。それこそが原初の火であるのでな」


 売り言葉に買い言葉で柔らかく笑うその青年もまた、この現世に生きるものに非ず。

 竜王と似た、ローテールで括られた髪は燃え尽きた灰のように白い。生前本来は赫赫とした紅色だった体色が蘇生の際に全盛期の姿に整えられた今も色を失ったままなのは、永き天寿を全うした際の名残か。

 笑った際に、祖竜と呼ばれた青年の頬に竜の鱗が浮かび上がる。咄嗟にそれを手で押さえ付けた。


「……むつかしい、ものだな。気を抜くと本来の姿が表出してしまう」

「かははっ!いやしかし大したもんだぜ大老殿もよ!人間を知らないクセに、ちょいと教えたらそこまであっさりと人化形態を覚えちまうんだからなぁ」


 呵々と笑って近づくは初めに竜王を煽った青年。

 その体躯は二メートルを超し、燃え上がるような朱い髪をオールバックでまとめている。真紅の瞳は常に燃えているように光を放っていた。

 大戦期、その代で最強であったとされる炎竜。戦半ばで人の陣営に討ち果たされるも、対抗勢力へ甚大な被害を与えた竜の名をヴァルハザード。

 竜王の蘇生にあたり、『暮亡くれない』の銘を受けた厄竜である。

 そんなヴァルハザードが気軽に話す相手こそは彼ら火竜、炎竜達の祖先であるともされる原初はじまりひかり

 焱竜ブレイズノア。『翡燈ひひ』の厄竜。

 大戦よりも遥か過去。人という生命が存在するより前を生きていた最古の竜種。その一角。

 過去を渡る術を持った猫型竜の力によって形を無くす前の遺骸を調達することが出来た数少ない存在だ。

 竜王の権限で蘇生されながらも自我と意識を確立させているこの二体はあまりにも異常だった。現に、広大な空間の片側にずらりと並んだ現代の厄竜達は(厄竜リヒテルを除き)ただ命ぜられるままに従順を示している。

 そして、最古を生きた祖なる竜はもう一体、現世に蘇っている。


「しかしだ、黒竜王。コレまで呼び起こしたのは如何なるものか。かつてコレを滅したのは他ならぬ我らだというに」

「気に入らんか?なに、ただの象徴代わりだ。世界を一新するにあたり、この程度の〝絶望〟は受け入れさせねばな」


 ブレイズノアが『コレ』と呼ぶのは足先で小突く地面。エッツェルもそれに対し疑問は浮かべない。

 それは異端の祖竜。同胞達によってその生を強制的に終えさせられた太古の災禍。

 星を喰らった暴食の怪物。その全容は竜化形態のエッツェルすら超える。

 今彼らが集まっているこの場所すらも、その竜の体内であった。

 『昏淨こんじょう』の厄竜・暴竜テラストギアラは現在その巨体を浮かべどこかのエリア上空にて停滞している。




 戦力は整いつつある。たとえこの状態から開戦前に数体の厄竜が討滅されようと誤差の範疇だ。

 確実な勝利を。圧倒的な快勝を。

 そうでなければこの腐敗した世界をあの栄華ある竜達の世界へと戻すことは出来ない。

 歯向かうものを殺し、抗う全てを壊し、エッツェルは黒竜としての使命を果たす。

 そう在ることを、おそらく侍女にんげんも望んでいるのだろうから。


 『弱くても何かを愛せる人間の方が、潜在的な力は遥かに高かったからです』。


 ふと脳裏に蘇る声。最強を前にしても一切揺らぐことのなかった森竜。その最期の足掻きは竜王の腕に一筋の傷を作ることに成功していた。

 守る力が、ほんの一瞬だけ壊す力を上回った。

(私も、そうだったのか?この力で、お前を…守る為に使ったのなら)

 あの一大決戦を、勝利で締めることが出来たのだろうか?

 くだらない『IFもしも』、ありえないの話。

 そんなものに縛られて思考を曇らせる竜王ではない。


「―――メティエール。地上に降りて平原でこれまで通り動け。何かあれば、また呼ぶ」

「はぁい、エッツェル様!」

「父母のことは、本当にいいのだな」

「……パパも、ママも。きっと悔しいと思うから。だからきっと、エッツェル様の力になれるならなりたいって思うだろうから。だいじょうぶ!です!!」


「―――パルティス。好きに生きろ。私は雑種きさまであろうと否定はしない。その在り方を損なうな。誇りをもって竜として、生きろ」

「…ふふ、はーはっはっはっは!!言われずとも!この美しき竜の世界の為に!そしてこの美しき私が私らしく生きる為に!好きに生きて好きに死ぬともさっ!もし私が死んだらば、その時は是非ともその言葉で再び私を起き上がらせてくれたまえ!」


「―――ヴァルハザード。時が来たらば今一度、望む死合いをくれてやろう。存分にこの世界を嬲り尽くせ」

「つうて、しばらくは『待ち』なんだろエッツェル。いつまでもいい子で待てるかは保障できんぜ。ヒマだしアレ潰していいか?悪竜王とかいうとこ。テメェ差し置いて『竜王』名乗っちゃってるが」

「捨て置け。世界を混沌に落とすのであれば同士であろう。いざ歯向かったところで、支障も無い」

「ま、そうなるわな。了解りょーかい。あーあー昼寝でもすっか」


「―――ブレイズノア。人を侮るな。かつては私とて討たれている」

「ああ。人間というものがどこまで我らに迫れるか。あるいは我らを凌駕するか。とてもとても、興味深いな」


 それぞれが開戦の時まで思い思いに動き始めたのを確認して、竜王は最後に虚空を見上げる。

 そこへ人差し指を向け、


「盗み見ばかりだな、退魔師。精々余念なく備えよ。決戦の時は近いぞ」

 視界は、ここで暗転する。




     ーーーーー


「まだ上がるか、その力」

 遥か遥か遠いエリアから、ようやく見つけたと思った矢先。

 発動した〝千里眼〟の監視網を容易く破壊した竜王に舌打ちする。

 右目からの流血を掌で押さえ、日向日和は顔を上げる。

 当初よりも竜王の能力が上がってきている。それが〝絶望〟の概念体が馴染んできた影響なのか、それとも他に何か要因があるのかまではわからないが。

「私も、なりふり構っていられないな」

 渋っていた手札を明かすことも視野に入れねばならない。たとえ自身の忌み嫌う手段でも、なけなしの矜持に触れる禁忌だったとしても。






     『メモ(Information)』


 ・『【喰伐怒】 ヴァルハザード』、竜王傘下に追加。


 ・『【業焔の祖竜】 焱竜ブレイズノア』、竜王傘下に追加。


 ・『【過食の咀竜】 暴竜テラストギアラ』、竜王傘下に追加。


 ・『【過食の咀竜】 暴竜テラストギアラ』、『エリア???』上空を回遊中。

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