VS 緑花竜フィオーレ(後編)
あえて竜の姿ではなく人型で挑む。対するフィオーレもまた、先程受けたブレスの影響で片翼が使えず、やむなく人の姿へと変わっていた。
共に地上戦。ともなれば遠距離の手札を多く持つフィオーレの側に優勢となるのは必然。
互いの最短直線ラインを阻むように土から植物が湧き起こる。
(……たった一撃)
(たった一撃だけでも届けば、勝てるっ!)
フィオーレは畏怖から、エヴレナは自身の立場から同じ結論に至る。
真銀竜のブレスはあらゆる攻撃に上回り竜種にとっての致命毒となる。破壊力にこそ劣るが、きちんと届けば竜には絶大なダメージを与える。
人型の状態ではさほど射程は伸ばせない。エヴレナは確勝を五メートル圏内と定めていた。
そこに入れれば。
「うっ!?」
手を伸ばし蔦を引き千切るも、即座に新たに飛び出た蔓に腹部を打ち付けられる。痛みに顔を顰めるが、進撃を止められるほどではない。
ただただ堪え、前へ進む。
「ではこれは?」
ぶんと片手を大きく上げると、呼応して彼女の五倍はあろうかという太さの根っこが地中から持ち上がる。凶悪にも全体に棘が散りばめられたそれを、無慈悲に振り落とす。
轟音。次いで破砕される大地。自身で森を破壊することに心は痛むが、植物達は母なる自身が責任を持って再生させることを誓い、今は目の前の少女を抑えることに全力を費やす。
噴煙に紛れる影。やはりまだ倒れてはいない。手応えも無かった。
妙に素早く移動する影へ向け、煙の中に種弾を見舞う。
(当たらない…。人型で出せる速度ではないですが)
疑問を胸に出せる全てを行使する。蔓も蔦も捉えられず、弾丸も掠りもしない。
何が起きているのかわからぬままに接近を許してしまう。
「やぁっ!」
凄まじい速度で飛び回り、地面を強く踏みつける。砕け散った地面が四周の植物を攻撃範囲外にまで押し退ける。
踏みつけと同時に土煙も晴れ、そこでようやくフィオーレは事態の全容を知る。
(部分的な竜化!)
少女の背中に生える同色の翼。巨体のままで的を大きくすることを避け、機動力を確保する為に必要な要素のみを竜化させた竜人形態。
気付くが遅い。既に直線上の距離にあった植物は吹き飛ばされている。
「くっ」
「はあっ!」
操作し新たな植物を生み出すフィオーレと、その前に翼を羽ばたかせ前に飛び出るエヴレナ。
―――、
「……」
「……」
ギシリ、と。
フィオーレの眼前まで迫ったエヴレナの手足、胴、翼。首にまで絡みつく数多の蔓草。
「…へへ」
完全に動きを封じられたエヴレナが、ゆっくりと笑う。
「ふ…ふふ」
それを見て、フィオーレもつられたように微笑んだ。
五体全てを雁字搦めに捕らわれて、それでも使えるものはある。エヴレナの口だけは植物の拘束から外れていた。
互いの距離は二メートル半。
身動きを止めることで精一杯だったフィオーレに、この瞬間放たれるブレスを回避する術はない。
「わたしの勝ち。でいいよね?フィオーレ」
「ええ。わたしの負け。ですよ、エヴレナちゃん」
ーーーーー
「さっきはごめんなさいね、エヴレナちゃん。とても酷いことを言ってしまいました」
双方に決着を認め、拘束を解いたフィオーレはまず初めに謝罪から始めた。
「例えあなたを侮辱する形になるとしても、それでもあなたには自身のこと、その使命のことを今一度自覚してほしかったのです」
この世界の命運というものにはとんと興味は湧かないが、それでも自分達の抑止力として機能している真銀の継承には、フィオーレも少なからず思うところはあった。
竜としてはまだ幼い少女に、その小さな双肩に乗せていい大事なのかどうか。
「ううん!こっちこそありがと!あなたと話せて、こうしてぶつかれて、わたしは
だがフィオーレの懸念を吹き飛ばすような快活な笑顔でエヴレナは答えた。
その使命に縛られ、苦しめられている哀れな少女。とてもそんな姿には見えない。
この子はこの子なりに、その在り方を誇りに思っている。その在り方を損なうべからずと真っ直ぐ前を見据えている。
なら、自身の懸念は無用なものだったのだろう。
もう一度。今度ははっきり安堵を湛えた微笑みを浮かべる。
「でもフィオーレ、怒ってたのはほんとだよね?」
「ええ、それはもちろん。わたしの子供達が焼き払われているのを見せられて正気を保つのも大変でしたとも」
「あれはでもね、ヴェリテっていう雷竜がほとんどやったことでね?」
「ふふ、知っていますよ。ヴェリテとは随分前に会ったことがありまして。雷竜にしてはおとなしい子かと思っていましたけど、あの頃からやはりその内に秘める闘争心は隠しきれていませんでしたね」
「ね、ね!ヴェリテってば淑女っぽく振舞ってるけどつよーい敵が出るとすっごい楽しそうにするもん!あっ、あとねー」
しばし、互いのこと、世界のこと、竜のこと、様々な話を膨らませて二人は語らった。
あれだけ激しく戦った者同士だというのに、その時間はまるで姉妹のように、親子のように和やかに過ぎていく。
やがて、歓談を打ち切ったのはフィオーレ。
「…さて。お話もこれくらいにしないと、いつまでもヴェリテを待たせていては、めっ、ですね」
「そだね。そろそろ…うん。行かなきゃ」
駄々をこねることもなく、エヴレナも静かに頷く。踵を返し掛けて、ややの逡巡。再度向かい合った瞳は揺れていた。
「あ。あの、ね。ほんとに来ない?いっしょ、一緒に……」
「―――エヴレナちゃん」
答えは分かっている。考え直すことなどないと知っている。それでもエヴレナは、なけなしの希望に縋りたかった。
そんなエヴレナに目線を合わせてしゃがみ込み、フィオーレが片手を掲げる。
「ごめんなさい。わたしはここを離れられないんです。子供たちと共に生き、子供たちと共に死ぬ。わたしにとってはここが全てなんです」
しゅる、しゅると。その片手に集う草花がひとりでに編み上げられていく。瞬く間に出来上がった花冠に、自身の頭に咲いている大きな花を摘み取り、乗せる。
「でもあなたに会えて良かったというのも本当です。本当に良かった。あなたなら、わたしたちの未来を任せられます。だからどうか、これからも前を向いて」
両手で持ち直した花冠をそっとエヴレナの頭に被せ、それからゆっくりと梳くようにその頭を撫でる。
「…………フィオーレぇ…」
「…。もし、もしわたしがあなたと、また会うことがあるのなら。その時はどうかお願いします。一切の容赦をしないでください」
その真意を正しく読み取り、涙で滲む先の女性に抱き着く。
フィオーレは拒まない。優しく抱き寄せ、赤子をあやすようにその背をぽんぽんと叩く。
ここから先は許されなくとも、せめて今だけは涙を流すことを。他ならぬただひとりの竜にだけは。
「やぐっ、やくそく、するから!絶対に、ぜったいに、わたしがっ!!」
「―――ええ。土に帰っても、厄に呑まれても、必ず見ていますよ。どこかに生えている草木、花々の何処かで。真銀が照らす世界を」
ーーーーー
真銀竜がひとしきり泣き終え、濃緑地獄を去っていくらかの時間が経過した頃。
「……見上げる空は黒よりは銀。広がる未来は混沌ではなく秩序。誰しもが、それを望むのです。あなたは、違うのでしょうが」
「ああ。出来れば貴様にも、私の思想を理解してもらいたかったがな、森竜」
桃色の風穴から現れる軍服姿の男。その姿を視界に入れるだけで、フィオーレの全身に嫌な汗が滲む。
「『私と共に竜刻を生きろ、森竜フィオーレ』」
「…いいえ。お断りします」
答え、拒む。即座に噴き出す汗は倍になり、肉体の性能がごっそり失われる虚脱感に見舞われる。しかしそれでも、竜種が真っ向から竜王の言葉に逆らえたこと自体が奇跡に等しい所業である。
「…む。やはり妙だな。あの雷竜達といい、貴様といい。この時代の竜はそこまでの力を得ているというのか」
「わたしやヴェリテたちが特別なのではありません。ただあなたが知らないだけ」
腰掛けていた枝からそっと降り、震えて自由が利かなくなりかけている身体に喝を入れる。
「強大なる
「……」
てっきり戯言をと一蹴されるものと思っていたが、殊の外竜王はフィオーレの言葉に口を噤んだ。
「……わたしも、今はその気持ちがよくわかります。この森で、可愛い我が子らを愛する日々を送ることで。死んでも何かを守りたいと思えたことで、わたしはようやくあなたを前に立てるのです」
「…そうか。なれば、致し方ないだろう」
竜王の周囲が歪み、足元から崩れ始める。破壊の力を持つ最大最強の竜がその能力を解き放ち始めていた。
恐れはある。死を前にして後悔は山ほどある。
だがそれでも、大切な子供たちの前だ。見栄くらいは張らせてもらおう。
それになにより、この男には知らせねばならない。
「……知ってる? 母親ってね、怒るととーっても怖いのよ」
「ああ、間際まで見せてみろ。子を守る母とやらを」
『メモ(Information)』
・『緑花竜フィオーレ』、『黒竜王エッツェル』と接敵。
・『緑花竜フィオーレ』、五百二十八秒の交戦の後、死亡。
・『緑花竜フィオーレ』、『黒竜王エッツェル』の力により厄竜として蘇生。
・『真銀竜エヴレナ』、〝森竜の花冠〟を入手。性能に関しては当項目にて追記。
・エリア3の大森林、竜王との交戦により七割消失。
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