天地竜王決戦 天 ノ 1


 あまりにも一方的な暴虐だった。

 分かっていたことだ。日向夕陽本来の力だけではガーデン・ライラックには到底及ばない。勝てる見込みは初めから存在しなかった。

 そもそも数が多過ぎた。亡霊兵と騎兵に阻まれて、約三百に達する全てを倒す頃には満身創痍。それでもライラックはメインディッシュを前に涎を垂らす勢いで狂喜乱舞していたが、そこが限界だった。

 地面に転がり横倒しになった視界には、暗黒の空と広がる自身の血溜まりが半々に映る。呼び掛ける童女の声なき声も、虚ろな思考にはほとんど届いてくれない。

 やはりか、と憤る。それは予想通りの展開になってしまったこと、それでも予想を覆す結果を生めないかと足掻いたのに無意味に終わったこと、二つに対する憤り。

 どうすればいい。

 幸の力を限界まで使って、自身の肉体を滅ぶまで運用させてもまだ足りない。

 どうする。どうする?

 いつまでも堂々巡りを繰り返す頭では回答を導き出せない。

 まずは立たなければ。手元を離れた神刀を手繰り寄せ、逆手に握って杖替わりにする。

 視線の先ではライラックが何かを言っている。だがそっちに意識を割くだけの余裕は無かった。踏ん張って、力を入れた両足でやっとこさ立ち上がる。

 貧血か、頭がふらつく。幸が正面の敵を警戒している。分かっていた。刀を振るわなければ。

 でも。だけど。けれど。

 駄目だった。意志だけではどうしようもない、致命的な肉体の限界に到達していた。




「…チッ!こんな終わりかよ」

 ガーデン・ライラックは苛立ちに大きく斧を叩きつけた。その余波だけで日向夕陽は木の葉のように容易く吹き飛ぶ。

「はぁークソが。どうなってんだよてめぇ、前の方がよっぽど面白かったぜ。てめぇじゃ話にならねぇ、使えよ。憑かせろ。あの状態ならもっとやり合えたはずだろうがッ!!」

 吼えるライラックに皮肉の一つでも返せたら。そう思っても体は動かせない。真っ当な人間としての、当たり前の上限を超えた弊害だ。異能を宿し人外を憑かせた体とて限度はある。

「く、ぅぁ……ああ、はあ……!」

 異常なほど震える四肢を使って芋虫のように惨めな動きを繰り返す敵へ完全に興味を失くしたのか、先程までの激情をあっさりと引っ込めてライラックは両手で戦斧を握る。

「わぁったよ。終わりにしてやる。ま、ただの人間にしてはよくやった方だろ」

 ガーデン・ライラックは闘いに狂う女だが、戦の矜持までは棄てていない。自分に敵と認識させたその実力に最大限の敬意を払い、これ以上の辛苦は与えないつもりでいた。斧で首を落としてしまえば、もう苦しむこともない。

 必要も無いのに大きく斧を振り被る動作も、また相対した敵に対する称賛の表れ。英霊としての全力を手向けとして現世を去れという意思が、ギロチンが如く正確な位置と狙いで倒れる夕陽の首元へ吸い寄せられる。




 ―——。


「ふう。まさしく間一髪、といったところでしたね」

「…名乗れ、覚えてやる」


 どうやってこの高度のこの場所に。

 一体何を目的とするどこの所属か。

 そんなは訊くに値しなかった。

 判断材料はただ一つ。

 手向けと振るった全力の一撃を、髪の毛一本分の手前で受け止め防いで見せた。

 たったそれだけが敵を猛者と断定するに余りある要素だった。

「竜舞奏。……闘うことしか頭にないような貴女に覚えられるか分かりませんが、お見知りおきをば」

「ハッ!口の減らねぇ侍女だが悪かねぇ。ガキの代わりに踊ってみせろ!」

 ロングスカートのエプロンドレスを翻し、カチューシャを装備した彼女は第一コロニーマスターの手駒として、倒れる夕陽を抱えて大きく後退した。

「あの没落我儘お姫様の命令というのもありますが…それとは別に貴方には恩があります。返しますよ、この場で」

 聞こえているかはともかく、そっと地に横たえた少年の前に出て、奏は徒手を前面に構えた。




     -----


 やっぱり、一人では駄目だ。

 幸と力を合わせても、この異世界には手が届かない。

 いつだって俺は弱い。だから幸に支えてもらう。それで足りなければ他にも力を貸してもらう。いつもそうだった。

 だがコイツ相手に通じるのか?そもそも借りる力がどこにある?

 他人任せか?竜舞奏が決着をつけてくれるまでここで横になったまま待つか?

 どうせ竜舞が負けてもヴェリテや日和さんがいる。足手纏いの俺が出張る必要性が無い。

 …………やめだ。

 駄目なんだよ。どうやったって。自分自身を裏切ることなんて出来やしない。

 そんなものが成立するのなら、俺はとっくの昔に死んでいるはずなんだ。この信念が、覚悟があってようやく生き長らえてきた命だ。

 だから死ぬまで自分は裏切らない。

 薄く眼を開ける。竜舞とライラックが闘っている。薄暗い空から降るのは。

 ―――雪?

 いや、違う。

 冷たさはない、寒さも。

 むしろ熱すら感じるこれは、頬に当たるこの正体は。


〝ひつよう、ですか?〟


 含み笑いの声が聞こえる。仕方ないなと、呆れを混ぜた柔らかい少女の声。


〝こっちだって、まだいっぱいいっぱいなんですよ?〟


 降って来るものは徐々に密度を増していき、渦巻くように右上腕部へ集う。そこにあるのは、二の腕に巻き付けて結んでいた赤いスカーフ。


〝でもいいです。みんなも、あなたになら力をあげます、って言ってますから〟


 急速に肉体を循環するエネルギー。信じられないほどの莫大な力が、幸の管轄下のもとに正しく全身へ流入する。

 立てる、起き上がれる。刀を握れる。

 闘える。


〝だから応えてください、ゆーひさん。わたしの、わたしたちが、必要ですよね?〟

「あぁ…。頼む」


 声だけの対話だったのに、何故だかその瞬間だけは微笑む少女の姿が脳裏に映った。




     -----


「よしきた」


 地上。

 日向日和は感じ取る。正答を見つけ出した愛し子の復活を。

 だから自身が馬鹿げた敵兵達に囲まれた中にあっても助力は惜しまない。

 全て受け取れ。


「『陽向日和』の真名解放、簡易接続、全送出」





    -----


 三百秒のクールタイムを経て、二度目のアルマゲドンが襲い来る。ただし今度は地上ではなく暗黒竜の背面、ライラックごと敵勢力を殲滅する狭域指定。

 ライラックのデュラハンとしての性質を知っているからこその凶行。死なない味方なら躊躇う必要は毛頭ない。

「そらそらそらァ!!」

「くっ…!」

 戦斧の猛攻を受け流し続ける奏に冷や汗が滲む。この女を押さえつつ空からの隕石群を迎撃する術が見つからない。後方には動けない味方もいる。

(一旦彼を抱えて地上へ逃げるしかっ!)

 即座に最善手を見出し行動へ移そうとするが、眼前の狂戦士はそれを読んだ上で奏を縫い止める。

 最悪奏は闘いながらでも隕石を掻い潜ることは出来る。だがそうすれば何の為に彼を助けに来たのかわからない。雇い主にも相当の怒りを買うことになる。

 多少無茶をしてでも。そう切り替えた奏の頬を突風が叩いた。

「ぐぉ!?」

「っ…?」

 真横を通過した風がライラックの腹部に銃創のような貫通痕を残してダメージを通す。よくよく見れば、突風を生み出したのが圧縮された何かの塊だということが解る。

「…照準良し。いけるな?」

 奏の後方十数メートル先でゆらりと立ち上がった少年が燃え盛る隕石で埋め尽くされた空へ指先を向けて小さく呟く。

 直後に、少年の周囲で集束された塵芥の斬撃が数重数百と隕石へと殺到した。

 巨体に対してあまりにも小さな斬撃は、数を重ねることによって隕石の質量を削り落とし斬り砕き、一度目の発動と同じく本来の予定を外れて中空での破壊を押し通された。

「悪いな、世話になった」

 顔の血を袖で拭いながら歩み寄る夕陽が、奏の肩にぽんと片手を置く。傷が回復したわけではないにせよ、その顔にはこれまで無かった活力が満ちていた。

「さらに悪いんだけど、もう少し手を貸してくれるか。勝たなきゃいけないんだ」

「…それは、もちろん」

 元よりそのつもりだ。だが戸惑いは拭えない。

 この変化は一体何に由来するものか。

 彼を取り巻くこの灰は何なのか。

 コロニー外で起きた一件を知らない竜舞奏には判らなかった。




     -----


(幸。たぶん大丈夫だと思うけど、力の管理を頼む。下手すると俺の身体が内側から弾け飛ぶから…)

〝っ!〟

 日向夕陽という器には余りにも膨大な魂魄の霊力が廻っている。にも関わらず恐ろしく体が軽い、負担を感じない。きっとこれは、尋常ではない熱を放っているこの左腕…正確には左腕に巻かれた日和の決戦礼装の一部から全身へ回る真名の効力であることは間違いない。

(また、頼むぞ。一緒に戦ってくれ)

〝…はいっ!いっしょに!〟

 今はコロニーの外で死した肉体と共に、焼け死んだ同胞達の浄化に全存在を賭している少女。赤のスカーフを媒体として再度の契約を果たした上での二重憑依。

(〝真名接続最大開帳ネームドリンク・フルバースト———)

 それは灰の怨嗟に溺れながらも気高く希望を捨てない少女の力。誰よりも誇り高き意志の顕現。

憑依モード・『灰被ル姫シンデレラ』〟。…行くぞ)

 空中を舞う灰の流動を操り、かつてないほどの性能まで昇華した夕陽が二人の少女に後押しされて跳び出す。


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