天地竜王決戦 天 ノ 2

 三度振るわれる錫杖、放たれる斬撃は約二百。

 縦横無尽に奔るそれらを紙一重で避け、あるいは槌で防ぐ。足場でもある黒竜の背は油断すると影の腕が伸びて来る。人化状態のヴェリテは雷電を帯びながら飛翔し二百の斬撃を掻い潜った先で大きく吼える。

 圧縮された雷撃の咆哮は破壊の瘴気ごと貫いて侍女へ熱波を浴びせるが、そこまで。錫杖を掲げて防御したガーデン・ローズには服に焦げ目を付けることしか出来ていない。

「知っていますよ、雷竜ヴェリテ。貴女の目的は銀竜エヴレナ嬢の保護。ええどうぞご自由に。私達に牙を剥かねば、命を無意味に散らすこともないでしょう」

「貴女こそ、破壊の意志を代行する意味を計りかねますね」

 斬撃は距離さえ詰めれば封じられる。一度にいくつもの斬撃を発生させる威力は凄まじいが、数を調整できないのが裏目に出ている。槌の届く範囲でそんなものを発動させれば自分も六十四の内どれかには刻まれる。

 下方から掬い上げるように振るい上げる戦槌がメイドを撥ね上げる。衝撃で浮かせることは叶っても、やはりダメージは通らない。

「竜が人を愛することもある。だから人が竜を愛することも否定は致しません。なればこそ、何故にとは思います。ここまでの大事にして、最早この決戦はどちらかが死に絶えるまで終わることはありません」

「はい。それこそが我が愛しき者の大願。歯向かう者共を、世界を、全てを破壊することこそ、彼に付き添う私の悲願。私が創るのです。竜王かれ世紀じだいを」

 滞空するローズへ追撃するブレスは黒い闇の霧に阻まれ、さらに薙いだ錫杖から凝縮された霧の砲弾が射出される。

 弾速は遅く、だからこそ迎撃という悪手を誘われた。槌が砲弾を叩いた瞬間に破裂したそれは渦を巻くように槌を呑み込んで連鎖的にいくつもの爆発を引き起こした。

「……それが、貴女の大儀ですか」

「いいえ?私の純愛です」

「あは、反吐が出ますね」

 晴れた黒煙の先で雷竜が冷淡な笑みを浮かべる。口の端から流れる血を指先で拭う。

 やはり、同じ竜種の攻撃はよく効く。こちらの攻撃も直撃すればそこそこに通じるはずではあるのだが。

 戦槌を両手で強く握り、腰を落とす。

 吶喊と同時に落雷の雨を降らせる。

「相手がただ願うから、それを叶えようとする。それのどこに純愛があると?貴女は竜の威に傅く木偶人形に過ぎません」

「…黙って頂けますか」

 

 相手を殺すことに逸ったローズの最適に遠い挙動を逃さない。ぶん投げた戦槌で視界を遮り、伸ばされた錫杖の矛先を拳裏で叩き落とす。

相思相愛あいしあうということは、そうではない」

 片腕一本で繰り出す渾身の掌底。衝撃は芯から徹し、竜の鱗に近い耐久を持つ表皮の内へと威力を伝える。

「うぐ…っ」

「共に寄り添い、共に想い、共に在る。……彼らを見ていると、それが本当の純粋なる愛だということが、よくわかりますよ」

 思い浮かぶのは〝憑依〟の使い手とその憑き霊。あるいは…曲りなりにも、あの退魔師もそうなのかもしれない。

「……それでも、いいのですよ」

 腹部を片手で押さえたまま、錫杖をぎゅうと強く握り締めるガーデン・ローズは長い黒髪の隙間から鋭い眼光を飛ばす。

「私と彼は違う生物。なら価値観だって違います。たとえ竜種あなたたちが感情を度外視した実益のみで番いを選ぶのだとしても、私は選ばれたことに意義を見出したのです。選んでくれたことを愛するのです」

 その燃える瞳に虚偽は無い。

 ガーデン・ローズは正真正銘、暗黒竜への愛に全てを捧げる女。

 それが妄執と謗られようが、偏愛と詰られようが。彼女はその在り方を変えはしないだろう。

 雷竜は、少しだけそれを羨ましく思う。

(…私も彼に、人間の可能性を強く魅せられ想いを寄せた身。ですが貴女ほどに燃ゆる情熱があるかと問われれば、どうとも言い切れるものではありませんね…)

 認めざるを得ない。愛の形は一つ所に由らないのであれば、それもまた一つの道。

 これより先、この問答は全てが愚問となろう。

 あとは互いの信念による闘い。

 だが。

「…間に合いましたか」

「…今、何と?」

 ヴェリテの呟きを聞き逃さなかったガーデン・ローズの返しにヴェリテは応じない。

「来るかどうかも博打でしたが、結果良ければ重畳」

「何を言っているのですか、貴女は。何の話をしているのですか」

 雷竜は深く笑う。それは外に向ける人畜無害を意識したものではなく、竜本来の力と益に満ちた赫赫たる力強い確勝の笑み。

「とんだ笑い種です。保護に参じた身にして、この最終局面で頼るのも結局、彼女以外にいないのですから」

 憤りに任せた再三の問い掛けを放とうとしたガーデン・ローズの機先を制し、雷竜は人差し指を真上に向ける。

「来ますよ」

 気配を察してか、未だ眠りについているはずの暗黒竜の巨大な口腔から低い地響きのような唸り声が轟く。

「我々、竜種全てにとっての抑止力ジョーカーが」

 はっ、とローズは空を仰ぐ。

 暗澹の天空を煌めく白銀が横切った。

 まるで自己の存在を第9コロニー全体に知らしめるように、暗黒竜や雷竜と比べていくらか幼さを感じる咆哮は中途で発見した存在により途切れる。

『うおぉー、ぐおおおお~!!———あれっヴェリテ?なんでここにいるのー?』

「さて、なんででしょうね」

 抑止。武勇。破滅。

 三種の竜が一同に集い、絶望に近い竜王の決戦は一気に劣勢を覆す。


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