天地竜王決戦 地 ノ 2


「やあ。オリジナル」

「最期の言葉がそれでいいのか?」


 突如現れた少年が、鎌から大剣へ変形した武器を器用に振り回して影の一体を斬り伏せた。

 日和は相手の正体よりも先に今際の台詞の是非を問う。

 自分を『オリジナル』と呼んだのなら、この男はクローンを知る者だ。

 殺す理由としては釣りが来る。

「待って!待って待った!僕は敵じゃないよ」

「関係無い。貴様が私の複製体に絡む者ならな」

 周囲の影を片手一本で抉り磨り潰しながら、剣を持つ手で術式を練る。相手は内に無数の魂魄を抱えている。魔女同様、殺し尽くすには手間を要するだろうが惜しまない。

「よく考えてよ。ここで僕や魔女に時間を取ったらそれだけ日向夕陽の死亡率が高まる。まあ今の彼ならそうそう負けることもないとは思うけど」

「…ああ、貴様確か社長戦争で夕陽と闘った相手か」

 日和が参戦するより前に〝千里眼〟で観戦していた際に見た顔だと思い出す。死神、墓守リルヤ。ベル破壊ルールという条件付きでかろうじて倒した敵。

「そう。今は雇われで色々やってるんだけどね。とりあえず空のドラゴンをなんとかしに、神竜と共に来た身だよ」

 空に銀色の竜が飛んできていたのは知っていた。同時に転移で現れたのは何故かメイド服姿の竜舞奏。独力で転移を可能とすることが極めて難しいという点からして、また奏が最後に一体誰のもとへ引き取られたのかを思い返せば何者の差し金かは察しが付く。

「目的も敵も一致している。手を組もうよ。僕としても君にはさっさとあのへんてこな女を倒して暗黒竜討伐に向かってくれた方が助かる」

 束成った黒雷を変形させた盾でリルヤが防ぎ、直後の隙に日和の長剣が影雷竜の首を刎ねる。

 確かに利害の一致はある。リルヤにとってはより少ない労力で敵を打倒することが出来る。そして日和も。

 ラストアッシュ総体の力を身に憑かせた夕陽の負担は軽くない。どころか重過ぎる。気を抜けば内側から木っ端微塵に吹き飛ぶほどの力を一人間の器で運用することは不可能だ。それを強引に押し通しているのが日和の真名。リソースの大半は今、夕陽の側へ流し込んでいる。

 手を抜いて勝てる相手ではない上に全力を出せない状況。渡りに船の援軍ではあった。

 なにより、簡単には死なないという点が実に都合が良い。

「承知した。巻き込まれながらでいいのなら好きに援護しろ」

「……話には聞いてたけど、ほんとに身内以外には冷たいんだねぇ。これで本当にちゃんとした喜怒哀楽があるっての?クローンの方がまだ人間味があ」

 言い終える前にリルヤの上半身が蒸発した。すぐさま肉片が集まり再生を施すが、修復された頭部を引っ掴んで敵方へ投げ飛ばされる。

「おわっと」

 身体を反転させつつ現れる影の勢力の攻撃を躱し、最適な動作と武装で投げられた勢いそのままに道を切り開く。

「次は全身を粉々に吹き飛ばす。軽口を叩く暇があるなら敵を減らせ死神」

(クローンの話題はタブーか。二度目は無さそうだな…)

 取り込んだ魂魄で再生する能力上、半不死性を持っているリルヤでも再生限度はある。一度だけしか殺されていないかに見えて、あの瞬間に内包していた魂をきっちり百消滅させられていた。

 その気になれば数万でも数百万でも殺し尽くせるという、言外の脅しへ冗談混じりに肩を竦めてみせる。

 以降会話は打ち切られ、リルヤは日和のフォローへ回る。

 基本は日向日和の一騎当千で影は薙ぎ払われる。リルヤは白兵戦に特化した能力者であり、こういった乱闘では真価は発揮し切れなかった。

 というより迎撃より回避に専念したかったというのが本音にある。全方位に飛び交う無数の武具、一周するだけで鞭や蛇腹剣のように切断を振り撒くワイヤー。そこかしこで爆発と輝煌が火柱やクレーターといった形で破壊を落とす様はまるで戦争の最前線を連想させる。

 そして最も首を傾げる事態。

「数増えてるけど、それなに?」

「識神だ」

「名が使えんのでな」

「雑魚の私でもいないよりマシだ」

「それより貴様は」

「黙って働け」

(うわクローンの四つ子より悪夢じゃん)

 絶句するリルヤには取り合わず、消滅と出現を延々と繰り返す何人もの日和が戦場を掻き乱す。

 本来は陰陽師の使役する呪詛・呪術を具現化し形としたものだが、日和のアレンジによって式の紙は斉天大聖の仙術に下地を置いた精神の別け身を可能とした。早い話が分身の術である。

 ただし一つ一つが髪の毛一本分の戦力。すなわち数千数万分の一程度の力しか保有していない、実質ただの囮としか使い道のない術。

 それでも不意打ち気味ならば影一体と相殺できるのがリルヤには謎でしかなかったが、口を挟むとまた殺されかねないので黙ることにする。

 日和の思惑には気が付いていた。

 目くらましの分身の撹乱と立ち回りによって随分と距離を稼がせてもらった。彼女はリルヤの持つ変形自在の武具・グットホープの性質を見抜いている。これならば容易に魔女の脅威を封殺できると。

「お膳立ては整った、ってね!」

 泥の巨人へ接近し、手始めに鎌で足を切り裂く。暗黒竜の一部から創られた武装は魔女へ痛撃を通した。これならば。

 意味無き叫びを上げながら腕を叩きつけるも、これを鎌から変化した大太刀によって軽々と受け流す。流派の使い手だった男の剣術はその世界では五本の指に数えられるほどの技量。

 瞬時に槍へ変え繰り出す刺突は槍術の極致。この一槍神域へ届くと後世に伝えられた者の奥義。

(畳み掛ける…ッ)

 余裕も油断も不要。コレは一切の情けも無く叩き潰す。

 敵の意識が長物に向いたのなら鈍器で足元を崩しに掛かり、直線的な動きに適応し始めたのなら即座に鎖鎌で不規則な軌道攻撃に転ずる。

 繰り返し、魂を削ぎ、喰らう。高月あやかはその存在濃度をみるみる内に稀薄なものとし、逆にリルヤは魂の総量を増大させ全てのパラメータを上昇させていく。

 十八番の〝増幅リロード〟は万全に機能せず。再生力を増幅させたところで、そもそもの根源たる無数の魂魄を喰われるという異常事態に能力の衰退が著しい。

 勝ち筋は見出した。

 だというのに。

(なんだこれは、何故死なない?)

 手応えからして既に下限は切った。分かりやすく特効武器でHPをゼロまで減らしたはずなのに勝利のファンファーレは鳴らない。

 意地でも負けを認めない。バグでもなんでも利用する。死ななきゃ負けない。負けなきゃ終わらない。終わらなければいずれ勝てる。

 そんな、無茶苦茶な自分ルールが泥のフィールド全域を占めている。

 リルヤの戸惑いが動きに枷を嵌め、数十倍にも増幅された全力パンチが彼の綺麗な顔を四散させた。

「ひ…な、た。日和!」

「どいつもこいつも、気安く人の名を呼ぶな」

 荒れ狂う泥と眼球の魔女とインファイトで接戦し続けるリルヤの声に、彼らを等間隔に包囲する五人の退魔師が応じた。

 本体一人、分身四人が五芒星の頂点に立つ。一斉に立てた指を起動のトリガーとして、何を唱えることも無く簡潔な動作で神封じの大結界が現出する。

 〝五行結界改々終かいしあらためのしめ反転かえし〟。

 閉じた内を封ずる結界の〝反転〟。それは展開した結界の外側からの干渉を断絶する。

 泥ごと跳ね除けられ、影のあやかも黒化された記憶の敵も全てが蚊帳の外に押しやられた。

 リルヤを使い高月あやかの能力はほぼ殺した。邪魔な取り巻きも弾いた。

 ここまでで膳立て。条件は揃う。

「貴様は知らんだろうがな。その女、かなり面倒臭いぞ」

 結界の発動者たる日和だけは平然とその内へ入り、未だに暴れ回る巨人に攻撃を叩き込んでいるリルヤへ言って聞かせる。

「我儘で、考えなしで、見境がない。自分自身が納得しなければ、いつまで経ってもそうして駄々を捏ね続ける」

「正真正銘の不死ってことかい?そりゃ…いくらなんでも反則だ」

「いいや」

 不用意に巨人の長い腕の射程圏内に踏み込み、ゆるりと長剣を担ぐ。

 容赦なく伸びる腕が空気を裂いて身に迫るも、これを一振りで両断。弱りに弱ったこの状態なら造作も無いこと。

「ふん。まったく、この小娘は」

 駄々っ子を黙らせる為に必要なのは、認めること。受け入れてやること。好き放題暴れて、気が済んで。そしたら最後に話を聞いてやる。

「そんなんじゃ、神に到達するのは夢のまた夢だな」

 逆の腕でのハンマーパンチを横に一歩ずれて避け、その巨腕を足場に胸部正面まで到達する。

 魔女に意識を呑まれた少女は、ついに魔女そのものへと反転した。

 ならまた返せばいい。

 触れた掌から放つ〝反転〟の異能が、束の間の正気を少女に与えた。

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