天地竜王決戦 天 ノ 3
指を打ち鳴らす音が、一つ。
響いた空が拡がる。
それは超常の力。高次に達するチートの末席。その一端。
空を駆ける竜達にとってはこの上ない援護となる一手だった。
ただ、それはただの副次的な恩恵に過ぎなかった。
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ラストアッシュを宿した日向夕陽の性能はかつてない程の領域に差し掛かっている。
どこまでも上がる異能。本来ならば一息で全身が微塵に砕けるその反動を全て日和の名が負い無効化している。
「…ッッ!!」
二秒で数百もの斬撃を見舞い、全域を五行の猛攻が包囲する。
「いいじゃあ、ねェか。ニンゲン」
真なる人外化を果たした夕陽の動きを、まるで値踏みするかのようにライラックは追う。
追えている。
彼女は震えた。ようやく出せる。
英霊としての本気を。
「ひゃは」
暗黒竜の背が揺れた。女の狂気と狂喜が精神を侵す響きを奏でる。
〝なんのっ〟
だがこれを
〝っ!〟
そして
二人の高位霊格を持つ少女の障壁を前にヴァルハラの咆哮は宿主へ届かせない。
そもそもライラックにそんな小細工を弄する気は毛頭無かった。
「ヒャ、はハハ」
敵が弱いから、強くする為に身体が勝手に覚えた技能だ。使う気が無くとも発動する代物にはもう毛先ほどの興味もない。
笑みは止まらず、壊れた玩具のように戦士は斧を手に地を叩く。
「ヒャハハハハハハハハハハハハァアア!!!」
———はーいはい。これでご満足ですか?天才様に骨の王様?
———上出来だ。あとは貴様だが、この物量を本当にやれるのか?
———愚問。そこで観ておれ愚物共。これが統べる者の力だとな。
コロニーの天蓋が一瞬で数百倍もの大きさに膨れ上がったことに、空を舞う竜以外は気付いていなかった。
しかし流石にこれは気付かない方が、おかしい。
膨張したコロニーの上空を埋める、不気味な顔を持つ深緑の星々。
(んだと…!?)
夕陽だけが知っていた。それは社長戦争で居合いの達人と共に打ち破った掟破りの禁じ手。
リビングプラネット。その数は数十に及ぶ。
しかも改造が施されたのか、突如出現したそれらは墜落途中で既に帯電の兆しを見せていた。
こんな悪質な兵器を改悪させた研究者がいるという事実に血管が浮き上がる。
協力者は他にもいる。異世界の転移技術はここまでの巨大物体を範囲に収めることは出来なかったはず。
強引に、別の力で転移を敢行させている者。その実力は日和にも勝るとも劣らぬか。遠く離れた地で骸の覇者は満悦に笑む。
「くだらねぇ真似しやがる!」
斧を肩に当て、夕陽との打ち合いの最中で空を見上げたライラックの顔が激高に歪む。
次いでその表情は苦悶に変わった。
「…」
周囲一帯を流動する灰をカモフラージュに背後を取った竜舞奏の連撃心壊が敵を一度ならずに五度殺す。おまけとばかりに肘関節を破壊され斧を零れ落ちた。
「てっ…めぇ!」
共に白兵戦の達人。しかし生きた年歴が違う。
対徒手においても経験の差を見せ付けるライラックの動きに対応仕切れず跳ね飛ばされる奏へと蹴り上げた斧が回転しながら迫り来る。
ラストアッシュによる灰の防壁で奏の窮地を援護しつつ神刀で斬り掛かるも、馬鹿げた動体視力で全て刀の腹や峰を叩くことで捌き切ってみせた。
(この)
(化け物め)
前後左右から猛攻を続ける二人掛かりでも倒せない。傷は与える、致命傷とて刻み付けた。
だが倒れない、死なない。生身ではない英霊の強みはここにある。
だからこそ。
―――出番ですよ。急造の
だからこそ、第9コロニーマスターは最後の札を開けた。
残り二十七秒。夕陽を襲う凶刃が頬を裂いた。そこから先は顔面を真横に両断する即死の軌跡。
奏の両手足から繰り出される斬撃は間に合わず、それを知っていたからこそ夕陽は刹那の内に驚きと疑念を抱えた。
巨大な斧の一撃。生半可な力では抗えない最大級の武力が、直上から墜ちた滝のような水圧に抑え付けられる。
純粋な重力落下の水流ではこうはいかない。夕陽の水行でもない。奏はそもそもそんな技を使えない。
「ははっ」
では誰が?
残り二十五秒。答えはまたしても彼だけが知っていた。ただし、ここにいるわけがない。ここに来るわけがない。そういった理由から正体を断定してきれてはいなかった。
「あっはは。おいおいお仲間かぁ?まっさか、んなわけないけどさ!」
けれど笑うその声その姿、翻るワンピースに見間違うわけはなく。
「…次から次へと。お次は死人かよクソ気味悪ぃ」
英霊は異形に強い嫌悪を向ける。共に人ならぬ身故の近親憎悪に似た何か。
「ちげーよぶぁーか。死人じゃなくて屍神だい」
残り二十秒。アイコンタクトで夕陽と奏は二人の人外から距離を取る。
ここより先は不死の戦場。命ひとつきりの者では流星群の雨を生き抜けない。
二十秒の後、流星の空爆は竜の背で幾重もの轟音と炎熱を撒き散らしながら滞空する暗黒竜の高度を強引に落とした。
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