天地竜王決戦 地 ノ 1
暗黒竜出現に伴い、各コロニーとそれを統べるマスター達は揺れていた。
竜種の強大さは誰しもがよく知っていたし、だからこそ『カンパニー』も竜をベースにした生物をいくつか実験段階で生み出したりもしていた。
抑止の神銀竜、武力に優れた黄金竜ですら原初の竜には恐れを抱く。この状況は最早依頼だのターゲットだのといった体裁に拘っていられるものではなく、だからこそコロニーマスターの一人、モナリザ・アライはモニターの先で静かに歯噛みしていた。
助力をしてやりたい気持ちは山々だったが、出来ない理由がある。各コロニーは今、絶妙なバランスで均衡を保っている。誰かが何か下手を打つだけで、他のマスターは見逃すことなく喰らいに来る。このアッシュワールドはそういった危うい情勢下でハリボテの平穏を続けてきた。
それに、助力という意味でなら既にアライは手を出している。マスターの意向でも無くば本人の希望でもなかったが、かつて彼女の陣営に属していた雷竜ヴェリテは暗黒竜の背を戦場として立ち回りを始めていた。
この状況は言い訳が出来なかった。ヴェリテが参戦した以上、雇い主だったアライにもこの件は他人事ではない。雷竜の独断行動だったという尻尾切りは他のマスターが認めない。
これ以上の介入は望めず、こうして安全地帯から指を咥えて見ていることしか出来ないのがもどかしかった。
ただし、それをただ笑みを湛えて眺めているだけのマスター達でもなかった。ことに、前回の社長戦争で五つ巴の争乱を繰り広げた者達の判断と行動は明確に事の重大さを受け止めたもので。
―――ええ。貸し一、としておきましょう。
―――研究の材料としてはまあ上物か。手を貸してやる。
―――傲慢なる黒龍よ。余の許し無く空を統べるか。
―――しっかたないわね。うちのメイドに片付けさせるわ。
第一、第三、第六、第八のコロニーマスターが、漆黒の盤上へ一石を投じる。
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退魔師は二度目の相手に苦戦はしない。
何故なら一度目で全て解析するから。退魔の家系は対峙する人外の詳細を瞬時に見抜く眼と知を両立させる一族。だから基本は初見でも敵は倒す。駄目なら次で仕留める。三度目などはまずありえない。
加えて今の日向日和は持てる限りの最高戦力を整えた状態。高月あやかだったモノに勝機などあるはずもなかった。
「く、かけKiきィ」
「……」
だが、これは知らなかった。対人外特化の彼女には、既知の外にある魔女の本質とやらを見極める為の材料が足りていなかった。
ズタズタのボロ雑巾のような有様にされた高月あやかの黒い体が、四つん這いの状態からさらにドス黒い泥を広げて広げて、広げていく。
魔女がその真価を露わにする。眼球は刮目し、三眼の球体が汚泥を吸い上げて五体を形成していった。黒い腕と泥の巨躯。
巨人が起き上がるまでの間に日和は自身へといくつかの防護の術を掛けた。暗黒竜の影響かそれとも高月あやかの能力か、先程から空は星を呑み込み淀んだ黒一色となっていた。降りしきる泥の雨から精神の汚染を防ぐ術が万全に機能していることを確認する。
泥とはいえ雨ならば、と考えもしたが、やはり水行の行使は不可能だった。高月あやかの操る泥とその干渉にあるものは全て森羅万象の理から外れたものとなっているらしい。
(やはり神刀でなければ効果は薄いか。ルーンで擬似的に神性を付与してはみたが…)
やはりどうやってもあの刀と比べてしまうと使い勝手に劣る長剣白兎を片手に、思考は二つの問題に直面していた。
一つは無論のこと高月あやか。何が起きたかは不明だが、自我の擦り切れた彼女の力は以前より遥かに増している。〝増幅〟の異能による再生能力が馬鹿にならないので、滅ぼし尽くすのなら相応の術式を練り上げなくてはならない。
もう一つは上空の戦況。戦闘の最中に〝千里眼〟で視てみたが、いかんせん状況はあまりよろしくない。特に夕陽が気に掛かった。
(純粋な地力の違いか…流石に生身で英霊を相手にするのは荷が勝ち過ぎている。今の君ではまだ、勝てない)
けれどそれでは夕陽は納得しない。勝てないのなら勝てる要素を見つけ出すのがあの少年だ。そしてそうなれば、彼はアレを使うだろう。
初戦で唯一通じた突破口。最強の認識を自己に投影する最悪の禁じ手。
その前に気付けるだろうか。見つけられるだろうか。
彼が異世界で紡いだ縁を、その辿った先にある力を。
見つけられたのなら、手を貸してあげられるのに。
日向夕陽の本質は自力でも地力でもなく、絆による他力だという結論を認められれば、容易く彼は現状の限界を超えられるはずなのだ。
だから日和はその準備に徹しつつ、眼前の敵を討つ。
際限なく湧き上がるあやかの分身体を見もせずに斬り捨て吹き飛ばし、ようやっと形を作り終えたらしき巨人を見上げる。
(さて段取りを踏まないと一思いにはやれないか。まずは…)
魔性を討つべく最初の一手をと意識を向けた日和の足元が揺らぎ、地面が破裂した。
寸前で察知して回避した彼女の背後に素早く何かが回り込む。振り返るまでに斬撃と手刀を繰り出すが共に不発。目視で敵の姿を確認した日和の舌打ちだけが乱戦の中で響く。
頭上、側方、後方より同タイミングで指向性を付与された雷の砲撃。踏み込んだ地面から発する光芒と梵字の羅列が瞬時に半球状の結界となって磐石の護りを発揮する―――が、
「!」
小さな黒い腕が幾重にも絡まって作られた不気味な巨腕が結界ごと退魔師を圧潰した。
「…全く」
押し潰された地面の奥から巨腕の拳を両断して白刃の剣が躍り出る。主の手を離れ太い腕を二度三度と切り裂いてから、ブーメランのように使い手の内に戻った剣帝剣を地面に突き指して起き上がる日和の表情は曇り深い。
「これは……ああ、いよいよ厄介だな」
これまでの高月あやかの影ではない。
記憶と違うのは、色。
黒雷の咆哮。黒金の煌めき。黒機の守護神。
全てが日向日和の知る、あるいは闘い撃破したはずの存在。
それが、無数に。泥ある限り無際限に。湧き出てきているという悪夢。
黒き雷竜は人化が地上、竜化が空に数体ずつ。黒き人類進化の最終形態はカタカタとマネキンのような外見を震わせながら周囲から六体。黒き巨大な異世界機神は四方を囲うように四体が確認できた。ただし、続々と泥の内から新たな形が生成されていく中での数だが。
そしてそれらの中心に黒き巨人。
思わず肩を竦める。
本当に厄介だ。と嘆息せざるを得ない。
これでは、もう。
「コロニーの損害など考慮に入れてる余裕は無いな」
決戦礼装の着物をなびかせて、彼女の足元から烈風が吹き荒れる。切って短くなった黒髪を指で払い、袖の内に両手を突っ込む。出て来るのは紙札に紙人形、五寸釘に短刀に断髪を結って加工したワイヤー。その他およそ呪具と呼ばれるに相応しき道具の数々。
息を深く深く吐く。肺の空気を全て吐き出して、数秒止める。酸素と共に頭の中にあるスイッチを入れ替えるイメージ。
幸いここには夕陽は居ない。なら問題はない。
手勢が手勢だ、加減は効かない。
皆殺しだ。
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「おいオイ演出家かてめぇ?」
「…………」
地上での激戦は天空には届かず。
「いやもういいからよ、さっさと立てや」
「…………」
億劫げに敵を呼ぶ女は槌で地面でもある黒竜の背を叩き。
「こんなもんじゃねぇだろ?あの時みてぇにやる気出せよ」
「…………」
応じない少年へと尚も健気に声を掛け続け。
「…あ?おいまさか」
「…………」
最後には信じられないとばかりに。
「嘘だろもう死んだか?」
「…………。ぅ……」
そう呟いた。
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