天覆う闇、地這う黒
「全てを真っ逆さまにいたしましょう」
黒き侍女は心地良い声音で破滅を謳う。
愛する者は言う。全て壊せ、総て滅ぼせ。
なれば応えよう。今はまだ微睡みに沈む彼の代行者として。
さあ。手始めに灰の星を献上しよう。
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四番コロニーから時計回りに移動を続けていた一行は、その地で足を止めざるを得ない事態に遭遇した。
「馬鹿な、この気配。竜王……暗黒竜…!?」
「なん…だよ。あの馬鹿デカいのは。生き物なのか…?」
「……厄介なのが出てきたね」
上空に浮かぶ巨大な黒き飛行物体を見上げそれぞれに反応を示す間に、動きは明確な敵意と共に起きた。
飛行物体の周辺から数十もの幾何学模様の円陣が投影され、その内からずるりと現れた燃ゆる巨岩。
隕石の雨、世界を滅ぼすアルマゲドン。
「〝
対するかの如く、片手を振るった日和の直近から現出する無数の光芒。集束する光が流れる星の一撃を撃ち上げる。
三大妖怪が一角その上位個体、大天狗が修める奥義。
本来上空より墜とす流星の砲撃は〝反転〟により性質を歪め、〝倍加〟によって砲口を増やし、〝鋭化〟によって精密に照準されて一ミリの誤差なく隕石を弾着前に迎撃した。
「貴様の領分だ、ヴェリテ。夕陽、君はどうする。先に十番コロニーへ向かってもいいけど」
察知能力が異常に高い二人に遅れる夕陽は未だに状況を理解し切れていなかったが、成すべきことはわかっているつもり。
「もちろん残りますよ。暗黒竜ってことはヴェリテの抱えてる案件に関わってるってことだ。俺はヴェリテに手を貸すって約束しましたから」
「そうか。なら気を付けたまえ。今少し〝視た〟が、君を叩きのめしたライラックとかいう女もいる。黒竜の背にいる給仕服の女がおそらく
最後だけヴェリテに向けて強く命じ、いつもなら口喧嘩の一つでも始める両名はただ視線を交差させるだけで事を済ませた。ヴェリテが稲光と共に竜化して大翼を広げる。
「幸、初っ端から深めで頼むぞ」
「っ!」
『夕陽!背に』
「おう!…えっ、日和さんは?」
「余裕があれば地上から援護するよ」
ひらひらと片手を振るう日和はヴェリテに乗らず、暗黒竜が支配する空にはもう一瞥もくれない。
「厄介なのが出てきた、と言ったでしょ?あれは何も、あの竜だけを指したわけじゃないんだ」
続きは訊くまでもなかった。
脳をガリガリと切り刻むような、吐き気を催す凄まじい邪気邪念の類。気が付けば第九コロニーの地面は余ることなく粘ついた泥のようなもので浸されていた。
「コロニー外での戦闘で気配を掴まれた。あれからずっと追跡されていた。私の失態は私の手で片をつける。終わり次第私も向かうから、それまで頑張って」
「―――っご武運を!」
「互いにね」
規格外の化物を前にしても尚にこりと笑ってみせて、日和は飛翔し暗黒竜へ向かう雷竜と夕陽を見送る。
「…ふん。なんて様だ貴様。落ちるところまで落ちたか」
顔を戻して罵倒を向ける瞳はどこか、憐れみを帯びていた。
第九コロニー全域に展開された泥から湧き上がる人の形をしたモノはこの段階で数千を超えている。
その中心地。不定の狂気が六つ、眼球の形をとってギョロギョロと高速で蠢き続けていた。
禍々しきはそれを背に負う一人の女。
濃度はかつての比ではない。
「来い。あの時滅ぼし損ねた詫びだ。縁を辿って来たのなら、望みを叶えてやろう」
「―――、ァ―――nE―――御ォ」
少女の感情に呼応して、泥が間欠泉のように数ヵ所から噴き上がる。耳元まで引き裂いた口が、三日月の笑みを形作る。
「啞ソぼー…………ぜっ―――!!!!」
空は、いつの間にか満天の星空へ変わっていた。
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「人が竜を愛することの何が悪いというのです」
イカれてやがんなァ―――そう吐き捨てた女に対して、メイドは表情を崩さずそう言い切った。
だから乗った。この戦は最高の刺激を与えてくれる。なら雇い主が化物だろうが連なる三ッ星の一人が狂人だろうが関係ない。
さあ。手始めに蹴散らしてみろ。
「イル・アザンティア!!!」
巨大な戦斧を担ぐ女、ガーデン・ライラックの足元から広がる黒煙から姿を見せる精鋭百騎の軍団。それだけでなく、戦場となる黒い表皮からも亡霊が各々の武器を手に構え始めた。
「アハハ、ハハハハハハァ!!楽しいな、愉しいなあ!こんなに心躍る殺し合いは久方ぶりだ!なぁそうだろ!?そうだよなああ!!」
「うるっせぇよ三下」
ダァン!!と音高く着地した夕陽が抜いた刀を敵へと向ける。
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敗走した因縁を勝利で断ち切る為。
紡がれた縁で引導を渡す為。
そして、同じ竜の同胞として、原初の過ちを正す為。
「何故人間が竜を…などとは、今更口には致しません」
「お気遣い、痛み入ります」
メイドと竜が向かい合う。共に手には錫杖と戦槌を。
初対面。何を言うでも聞くでもなく。
奇しくもこの時この瞬間、この戦争に関わる全てのものが同様にこう威勢を示した。
「決着をつける」
第九コロニーを全壊させたこの騒動を知る者達は、これを揶揄か茶化しか『天地竜王決戦』と呼んだという。
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