幕間7・罠と特定


「おっと?おっとっとぉ!?これはどういうことだい俺に見合うレディになるにしては速過ぎるんじゃないかなーってかその剣なにどうする気だい!?」

「待って!待って日和さん!お願いだから落ち着いて!」


 第四コロニー、大木の一つに縄で括りつけられた半裸の男に高々と剣帝剣を掲げる日和を羽交い絞めにして押さえ込んでいる夕陽の悲痛な叫びがジャングルに木霊していた。

「落ち着いているさ。まず殺す。それから元凶を探し出して殺す。関連者も殺す。これで万事解決だよ」

「結局皆殺しじゃないですか!ていうかこの男を殺したら関係する連中の情報も得られませんよ!」

「大丈夫。死体からでも情報を抜き取る術はあるから」

「怖ぁ!」

 戦慄する夕陽の両手をゆっくりと体から解いて、日和はふうと吐息を漏らした。

「まあ、半分は冗談さ。ここへはあえて乗ってやったに過ぎない」

 半分本気だったんだ、とは言えない。むしろ本気が半分だけで良かった。

 それよりも気になることが夕陽にはあった。

「乗ってやった?」

「あのくだらんゴシップを作った連中の思惑さ。私をここに誘い出す為の」

「罠、ということですか?」

 雷光と共に戦槌を取り出したヴェリテが周囲に気を払うが、あるのは獣の気配だけだ。

「その可能性も少なからずと考えてはいた。だが違うね。となれば時間稼ぎの方か」

 初めから二択で予想を立てていたらしい日和が確信めいた口調で言い切るが、夕陽にはいまひとつピンときていない。

 長剣の先を樹に縛り付けられている男の眉間に突きつけながら日和は夕陽の為に丁寧な説明を始める。

「ゴシップには私そっくりの偽物がいたよね。あれは私の複製体だ」

「…クローンって、ことですか」

 ここにきて夕陽は初めて日和が『カンパニー』に狙われていた真意を知った。彼女という強大な戦力の確保、そしてその量産が目的。

「そう。クローンは確認した限りで四体。私はそれを処分するべくして情報を集めていた。そのタイミングでこれだ。私の怒りを買い、この地へ誘導する意図は二つしかありえない」

 ゴシップで釣り、罠を張り巡らせた場所でこれを討つ。よほどの実力者と力を削ぎ落す罠でなければ成立しない危険な賭けとなるが、異世界の技術であれば嵌まるのは日向日和であっても危ない。

 そして狙いはそれではなかった。ならばわざわざクローン体を記事に載せてまで日和を誘い出したのは。

「クローンを欲しがる他勢力からの介入。…日和さんを遠ざける為の、策?」

「正解。本命は第十コロニーが濃厚だね」

 遠ざけるならば狙いの地から真逆の位置に誘導するのが基本。四番コロニーから最も離れた第十コロニーにクローン体とそれを手中にと目論む輩はいる。

「おい貴様」

「なんだい麗しきレディ?記事の内容をガセでなく真実としたいのなら微力ながら協りょぶふぅ!?」

 言葉途中で顔面を底の厚い編み上げブーツで右側に蹴り飛ばされ、さらに剣の腹で左側に殴られる。両腕ごと大樹に縛られているせいでガードも行えないイケメンの顔は二撃で無残な有様と化した。

「私の大事な愛し子は生涯ただ一人だ。次に無意味な口を叩いたらその度に手足の指を一つ落とす。二十を超えたら腕と脚だ」

「日和さんっ!」

「ヴェリテ、夕陽と幸を連れて少し離れていろ。十分で全て吐かせる」

 背を向けて言い放つ日和の肩に、そっと槌の先端が乗せられた。

「頷きかねます。黄金の雷は貴女ではなくこの人の為に槌を握るものですので」

「神銀竜エヴレナ」

 ぴくりと、止めた戦槌が反応を返す。

「位置を特定した、近くにいる」

 拷問に拒絶を示す夕陽に同調したヴェリテに対する態度は酷く淡白だった。この時、ヴェリテは彼女を日向日和ではなくだと強く認識することになる。

「銀竜はクローンを利用せんとする連中と共にいたようだ。早く保護せねば身の保障はしかねる。私は、。…たとえ相手が屍だろうと、神だろうと、天使だろうと、より高次の存在だろうとだ」

「―――五分で済ませてください」

「いいとも」

 槌を引き、夕陽の手を取り茂る密林の奥へと連れて行くヴェリテの力はあまりにも強く、抗えない。

「お、おいヴェリテ!」

「申し訳ありません。堪えてください」

 引き摺られるように連れられながら反抗の意思を示すが歩速はちっとも緩まらない。夕陽の手を逆方向に引っ張る幸の抵抗も微々たるもので、夕陽ごと草履を擦らせ引かれている。

「よりにもよってあの子を回収したのは、クローン体を狙う一派と同じ側の者だったようです。急がねばならない。日和は、自身を利用する全てを許さないと言った。そこには、保護され結託したと思われる銀竜も含まれている」

「…!日和さんは銀竜も殺す気かっ」

「いいえ、そのつもりは無いでしょう。しかし脅しには使った。彼女が本気を出せば本当に神も竜も討ち滅ぼしてしまう。それだけは避けねばなりません」

 夕陽の手首を掴んでずんずんと進むヴェリテは振り返らない。だけどその顔が葛藤に満ちたものであるのは声の震えからも窺えた。

 夕陽の為に闘うと言いながら、それに反する行動を取ったことによる戸惑いがある。

「…………」

 けれど夕陽はそれを責めない。彼自身がヴェリテに言ったのだから。

「……そうだな。お前は銀竜を第一に考えなきゃ駄目だ。その為にあの男の情報が必要なのなら、俺は日和さんのすることにも、目を瞑るよ」

「…、ありがとうございます」

「いや俺の方こそ、すまん。勝手を言った」

 日向夕陽は綺麗事の塊だ。エゴばかり吐き散らかす偽善者だ。

 無抵抗の人間を痛めつけ情報を引き出すこと、無関係の者を本命と繋がっていたからといって殺すこと。

 それをやめろと言う、やってはいけないと声高に叫ぶ。代替案も出せないくせに、くだらない善性に任せて口ばかりが先に動く。

 自分だって殺して来たのに。

 ヴェリテは、どちらかといえばきっと日和寄りだ。だからあの短いやり取りで理解し、退いた。

 自分ばかりがいつまでも子供。歳相応の意見と意思しか示せない。

 だから弱い。

 もしかしたら、と思う。

 日向夕陽が尊敬し目指していた彼女の姿。それは表裏一体の裏側、『日向』ならぬ『陽向』の方なのかもしれない。

 視界を遮る濃い深緑の先、特に太い樹のある方向から聞こえる男の悲鳴。

 耳を塞ぐことはしなかった。

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