VSリブート 『太陽』
『リブート』。
入手した情報の中にもあった、倒さねばならない敵の総称。
ただしこの陣営はそんなものに自ら首を突っ込むつもりはなかった。会わないのであれば会わないに越したことはないと。
だが現れた。ラストアッシュ討伐の為にコロニー外へ飛び出したことが裏目となり、唯一外部での活動を率先していたこの敵と遭遇してしまった。
初手、やはり誰よりも速く日和が動く。
まず初めに行ったのは真名解放。ただしこれは『太陽』と対峙する為の最低限を整える意味での展開。
雷竜や妖怪はともかくとして、人間種である二人はどれだけ肉体を鍛え異形に立ち向かう異能を宿していても所詮は人間。病に臥せるし毒にも侵される。
こと、それが放射線となれば焦りも滲む。焦っていたのは夕陽だけだったが。
『日向日和』により被爆量を緩和、減衰―――無効。彼女の真名その最大解放はあるべきものを無に帰すまでに至る。
同時に仕込んでいた札も明かす。
簡易接続、擬似同調。
今、夕陽の左腕には日和の決戦礼装の一部が包帯代わりとして巻かれている。そして傷口の縫合には呪力に満ちた彼女の髪が使われていた。加えて日和は彼へ退魔の姓と、暮れの間際に輝く橙の煌めき―――『夕陽』を与えた。
すなわち、日向夕陽という存在の数割を日向日和が占めている状況。
一部例外を除き基本的に自己にのみ適用される真名の効力を意図的に騙し、夕陽にも恩恵を流し込む。
外側からの力に寛容的な〝憑依〟の器だからこそ押し通せた荒業でもあった。
『太陽』の脅威はこれでほぼ封殺、直接束ねた放射光線を浴びない限りは四方八方に振り撒くものには被爆しない。
リブート太陽による大仰な自己紹介から七秒間の出来事。言葉は要らず、夕陽は感覚で理解した。瞬時に抜刀と跳躍と行い巨体へ斬り掛かる。日和は梵字の書き連ねられた符を手に側面へ回った。
打ち鳴らしたヴェリテの指と、それを呼び水に上空からリブートの頭部を撃った落雷が開戦のゴングとなる。
流動するプルトニウムに怖気が走る。実際にこの目にするのは初めてだった。普通に考えてこれを肉眼で目の当たりにする状況など想定もしたくなかった。
人としての本能が怯えと恐怖をがなり立てる中、震える体を叱咤して刀を振るう。圧倒的優位を誇る神刀の切れ味で刻む外殻は浅い傷なら瞬時に再生させてしまった。
爪の反撃で弾かれ、あわや灰の海へ落下するところを竜化したヴェリテに拾われる。旋回する竜の背から金色の機体を見下ろせば、リブートは前面に伸ばした両手の内から放射線の光線を放出した。
自在に空を舞うヴェリテにしがみついて光線を回避。その隙、疎かになった足元で横薙ぎの一閃が機体の右足首を断つ。
プルトニウムでの再生は間に合わない。斬り捨てられた片足でバランスを崩した一瞬で新たな斬撃を四つもらう。光線を放射しようとしていた翼の片側も根元から両断され、残る片翼は雷の咆哮と、直後に竜の背から跳び下りた夕陽の一刀が粉砕した。
何事か叫んでいたリブートの操縦者は、口にする言葉以上に頭を回していた。視界不良の欠点がここにきて悪手を呼び招いている。三方からの攻撃に対応し切れていない。そもそもプルトニウムの放射線を加味した上での基本設計が、この敵達には根本的に噛み合っていない。
刀を持つ少年は大したことはない。無効されているとはいえ果敢に有害物質の塊に接近戦を挑んでくる胆力は認めるが、動きは実に単純だ。
だがその単純を的確に補佐する空の竜は厄介だ。雷撃とブレスで支援に徹しているかと思いきや、唐突に人化して巨大な槌で殴り込んでくる。トリッキーな援護を頼りにあえて単調な動きを敢行しているのだと気付いた頃には全て遅かった。
極め付けがありえない動きを繰り返している、大きな和服に着られた小さな童女。
灰の海に張った水の上をアメンボのように飛び跳ねて撹乱する女は一番攻撃回数が少ないにも係わらず、必中で致命を叩き込む。正直なところ、損耗の八割方はこの少女日和によるものだった。
リブートは笑う。これは駄目だ。勝てない。
動けなくなる前に覚悟を決める。勝てないのなら、殺されるのなら、道連れだ。
機体の表面が高熱に熔解し不気味な光を放ち始める。
冷や汗と共に動きを止めた夕陽を掴んで真上へ放り投げる日和。すぐさま意図を察したヴェリテが竜化した口で夕陽を軽く咥えて急上昇。
自壊でも自滅でもないそれが自爆だと気付いた夕陽は上空から日和の名を叫ぶ。守る為に自己を犠牲にした。
否。
日向日和はそんな生温い女ではない。
撹乱のついでに陣は敷いていた。灰の海に沈む符が核爆弾と化したリブートの四方から光柱を立てる。
人外の中でも特別な力、特殊な条件を成立させた者だけが発動を可能とする異界を生み出す降誕術式〝具現界域〟。
陽向の一族はこれに着目し、それを人間にも可能な域にまで落とし込んだ妙技を成立させた。対神格や強大な敵との決戦時、現世が復興不可能なレベルの破壊を刻み込まれる事態を避けるべくして専用の地を用意することがその主目的。
本来であれば負担を分散させて十数人の術者を必要とする大術式を単体で成し遂げ、事も無げに日和は二本指をリブートの機体へ向けて一言。
〝具現界域・
たったそれだけで臨界寸前の爆弾は灰の海から姿を消した。
「隔絶結界と原理は同じだよ。そっくりそのまま同じ形の別世界を生み出して、そこで勝手に自爆させた。で、戻すと面倒だから別世界ごと握り潰して消し去った」
「ちょっと何言ってんのかわかりませんね…」
再び第⑧コロニー内部へと戻って来た俺達は、そこで比較的安全な区域の喫茶店で一服いれながら四人で丸テーブルを囲っていた。
「今回は向こうから仕掛けてきたから仕方無く返り討ちにしたが、出来る限りはもう戦闘は避けたいね」
「え?手に負えないからですか?」
「金にならんからだよ、あれは。戦闘経験としても異質過ぎて参考にならないでしょう?君にとってもあれは無益だ」
「ああ…そういう」
あくまでも損得勘定でものを見ている、そういえばそういう人だったこの方は。
そんな日和さんの姿はいつも通りに戻っている。自身に干渉を及ぼした悪霊の力を、これ幸いとばかりに真名であえて解除を遅らせていたらしいが、それも限界が来たらしい。全盛期モードが解けた時は少しだけ残念そうだった。
「で、次はどうします?俺としては目的は果たしたんでなんでもいいんですけど」
依頼をこなして養育費やら生活費やらを稼いで返すという目的はほぼ達成した。もう額は十分なほど。それにラストアッシュの一件も…万事解決とはいかなかったが、ひとまずの決着とみた。
あとはヴェリテの銀竜案件と、日和さんの都合か。
「んむ……」
小さく唸る日和さんは、紅茶片手にもう片手で新聞紙を広げていた。紙面を流し読んでいた彼女は、俺達の会話を聞いているのかいないのか。気になってその表情を窺ってみると、どうもその視線は紙面の一ヶ所に固定されているらしかった。
「日和さん?」
「四番コロニーだ」
たった一言。それだけ言って日和さんは新聞紙をぐしゃりと潰してテーブルへ放り投げた。ゆっくりと立ち上がり喫茶店の出入り口へ向かう。しっかり勘定を置いて行く辺り日和さんだが、それよりも気になったのは。
(怒ってた…?)
喜怒哀楽をあまり表層に出さない彼女だが、長い付き合いの俺には分かる。あの無表情は、怒ってる時の無表情だ。
「どうしたんですか?日和は」
「さあ……なんか気になる記事でもあったんかなぁ」
ヴェリテと日和さんの背中を目で追いながら、くしゃくしゃになった新聞紙を広げ直して件の記事を幸と探し当てる。
原因はすぐに分かった。
覗き込んだヴェリテも含め、三者三様に顔を蒼くする。
――――熱愛! あの『
「止めろ!いますぐ止めろ!!」
「……っ、っ!!」
「どこいきました!?足早っ!」
不味い。このままだと四番コロニーが滅ぶ。
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