幕間6・戦士に休む暇は無く


「仕損じたかい?」

「いいえ、託しました」


 開口一番に放たれた言葉に牽制を掛ける。

 三隻繋げた輸送船の中央には、周囲一帯から集った大量の灰が球を成して鎮座している。その内に眠る膨大な悪霊の気配は未だ健在だった。

 日和は夕陽が仕留められなかったのだと判断しかけた。だがその様子からも違うことは明らかで、だからこそ返された一言で日和は納得した。

「それがあの娘の選択だったんだね」

「……はい」

 少女は自らの骸に魂を寄り添わせたまま、無数の同胞を癒し続ける。全ての憎悪と無念が洗い流されるまでにどれだけの時間が必要となるのかは、本人すらもわからない。

 夕陽の左手には、擦れた小さな赤い布きれが握られていた。少女の体が着ていたセーラー服のスカーフ。形見という言い方は好まないが、夕陽自身が彼女を忘れない為に、また自戒の意味でも所持していようと考えたもの。

 こんな間違いは二度と犯さない。彼女が望んだ結末だったのだとしても、灰を被って苦痛を受け負ったあの少女へ選択を突きつけてしまった罪を夕陽は許さない。




『いやー無理むり。君ら暴れ過ぎ、特に日和の姐さん』

 そう言い残した都市伝説の中年は結界と共に消えた。隔絶結界にも時間制限はある。とかく内部で暴れ回ったとなれば尚更に制限は強まるのが道理。主な原因が日向日和にあることは誰しもが疑うこともなかったが。

「ってか。てかですよ日和さん」

「うん?」

 見上げる小さいくりっとした瞳が、妙に優し気に細められる。

「あなた日和さん?日向日和そっくりに造られた人造人間とかじゃなくて?」

「何を言ってるんだい君は」

 結界が解かれたせいで再び風景が灰の海と死の星に変わり果てた。酸素マスクを再装着しつつ、夕陽が半分以下の身長になった女児をまじまじと見る。

「ちっさ!ちっっっっさぁ!!なにそれ幸と属性被り過ぎじゃないですか?」

「っ……!?」

 ロリ和服黒髪童女でトリプル被りしてしまっている恩師のありえない姿に動揺を隠せないでいる夕陽とは対照的に、何故か日和は上機嫌に、

「はっはっ。なんなら夕兄ぃって呼んでもいいのだよ?君の趣味に合わせてみせようじゃないか」

「さりげなく人をアブノーマル性癖に仕立てないでくれます!?あー間違いないわこの言い方と話し方と態度は間違いなく日和さんですわ!」

「…!」

 幸共々に慣れ親しんだ空気に確信を得る。

「よくわかってくれてるじゃないか、嬉しいね」

「いや半分ほど褒めてないすけど」

 完全にシリアスな空気を破壊されてしまい、肩の力がぐたっと抜ける。それこそが彼女の狙いだったのだと、薄々ながらに気付いてはいたけれど。

「とにかくここを離れましょう。私や幸、日和はともかく、夕陽は早く酸素のある場所へ戻った方がいいでしょうし」

 人化してまだ無事な船の甲板へ降り立ったヴェリテが提案する。彼女は戦闘を上空から見ていたからか、幼女化した日和に対しては何も言わなかった。

「そうだな。この辺ももう限界っぽいし」

 ラストアッシュの制御下を離れたせいか、はたまたどこかの誰かが神雷で暴れたせいか、随分と規模の縮んだ船団は崩壊寸前だった。無傷の船を探す方が難しく、灰の連結を解かれたせいで刻一刻と分離を始めている。

「それじゃ悪いけどヴェリテ。また背に乗っけてくれ」

 首肯したヴェリテは、しかし竜化することなく顔を背後へ振り向けた。

「…、ヴェリテ?」

 疑問を声に出す夕陽の隣で、小さな和装童女が二人前に出る。長い黒髪の方は強く夕陽の手を握り、短い黒髪の方は身の丈に余る長剣を担いで戦意を再燃させている。

「……っ」

「下がってください夕陽」

「いいや手遅れだ。来るぞ」


 ッッドパァ!!!と。


 上空から飛来した何かは、派手な着地で灰を高く巻き上げながら笑い声を甲高く上げる。

「あははは!ははははははっ!!人だ、珍しいね!?なんでこんなとこにいるのかなー!?」

 太陽のように眩く輝く金色のフォルム。奇妙な形状をした巨人が灰の海に屹立していた。

 子供じみた高い声はそこから出ている。

「はははっ!まぁいいか?まぁいいや!!それよりあそぽう!僕は『リブート』のひとり『太陽』!僕と一緒にいて、どこまで生きていられるか試してみよう!?」

 巨大ロボットが駆動音を立てて船へ歩み寄る。

 ここにはあの娘がいる、引くわけにはいかない。

「手早く倒すしかないか!」

「!」

 幸を取り込み迎撃態勢。他の二人もそれは同様だったの、だが。

「私を相手に太陽を名乗るとはね。これは連中が差し向けた特大の皮肉と受け取ったよ」

(いやそんなつもりはなかったと思う)

「この黄金竜を前に似たようなカラーリングで来るとは、私に対する侮辱のつもりでしょうか」

(いやそんなつもりもなかったと思う)

 二人は二人ともおかしな方向に誤解していた。妙な熱を胸にコロニー外での連戦が開始される。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る