再動の銅鉄
定命と化した大魔女が見せた一瞬の隙。それは天から地へ向けて落ちていく少年を視界内に捉えたからであった。
「夕陽!」
受け身どころかその身に迫る牙竜の残党への対処さえ行う様子のない仲間の自由落下に何か嫌な予感を覚えつつも、オートで動いていた救世獣の数体をカルマータの統制下で掌握し落ちていく夕陽への援護に回す。
あまりにも軽率な行動であったことを、わかっていながら誰が責められようか。
背後で毒竜が溜め込んだブレスを放出する。威力そのものよりも、触れることすら命を削る猛毒の息吹自体が脅威。
高空で吹き荒れる強風などものともせず振り返った魔女の視界全体を染める紺紫の毒霧が眼前まで迫っていた。命令系統の最優先に打ち込んだ夕陽の救出によって自身を防護する術が間に合わない。
『―――オイ』
怒りとも呆れとも取れる落ち着いた声は強く響きながらも敵である疫毒竜のものとは程遠く、青年のようで老翁のような、酷く渋みすら感じさせる声色。
直後に視界を遮る鉄色。変形した機械の絡繰りが前面に展開した大盾からいくつもの噴出孔を造り出しブレスの勢いと毒の霧を一緒くたに押し返した。
『…フン。風竜ノ真似事デハアッタガ、凌ゲハシタカ』
機構を元の鳥型形態に戻しながら嘆息の挙動を取るのは紛れもなくカルマータが乗っている特製の救世獣。
魔女の意志、命令なくして自立行動を行わないはずの機械がカルマータを守る行動を起こし、あろうことか言葉すら発したことに他ならぬカルマータ自身が絶句する。
「あ、んた…」
その救世獣だけは特別性だった。数ある救世獣の指揮系統を統一する為に『大元』である存在の骸から取り出した心臓部を基に設計し直した、ある意味では最新機とすら呼べる一機。
だがこんな機能は積んでいない。こんな事態は永きを生きた大魔女ですら予期せぬものであった。
それでも魔女は、『ありえない』ことも『何故』と感じることも後回しに、それが疑いようもない事実であることだけを理解して言葉が漏れる。
「……
『…来ルゾ
ーーーーー
次にその異変を感じ取ったのは地上で戦う者達。
共に(ホノカは正真正銘の人間でありながら)人の持つ感覚を凌駕した存在。すぐに落下してくるその身体が、既に物言わぬ骸と化していることを察した。
それでもと、それぞれ相対していた敵への迎撃すら怠って地表に墜落寸前の少年の肉体を四散寸前で庇い掬い上げる。
「クソが!何やってんだテメェ!!」
(死んで…いる!紛れもなく命の枯れた体躯、…これでは、もう)
神すら殺せる武装を生み出せる妖精崩れの悪魔にも、人の到達点を超えた剣の化身にも、失われた生命を取り戻す術はない。悪態を吐き状況を冷静に分析しても、発生した結果は変えられない。
残酷、無情、冷酷。どう言われても怯むことはない。両名は判断と同時に次に成すべきことを定める。ほんの一時だけでも照準を外した敵の撃破。誰が何を口にしようとも、これこそが己がやるべき最優先。
仲間の屍を地に横たえたまま、妖魔と剣鬼は再び死合い最中であった敵へと矛先を定める。
「だいじょうぶ」
その素早過ぎる行動が故、二人がこの声を聞き拾ったかどうかは怪しい。
それでも確かに、声は続けた。
「なんとかする。絶対に、死なせないから」
それは人の可能性を見た人ならざるもの。かつての黄金の雷竜に同じく、脆弱矮躯なる人の身に輝かしき未来を視たもの。
だからまだ終わらない。終わり果てた命に、再び生の息吹を吹き込むものがいる。
それはこの世界で誰よりも彼に寄り添ったもの。座敷童子の運命共同体すらもが嫉妬を覚えるほどの神秘と癒しを備えたもの。
自分以外の全てに生かされてきた少年の生涯は、まだここでは終わらない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます