降り立つ混沌


「真銀。貴様」


 体外で起きた壮絶なる挟撃によってテラストギアラの破壊を知った竜王エッツェル。崩壊していく玉座の間を、それぞれの仇敵を別つように大きな亀裂が真横一線に奔った。

 交戦途中だったエヴレナが崩れていく足場に導かれるまま無防備に落下していく。まるで決着をつけるつもりなど初めから無かったとでも言わんばかりに。


「地下で神竜の剣を手にした時、先代さまに会ったよ。伝言を頼まれたんだ」


 ゆっくりと落下していく最中、エヴレナが満足気に口を開く。

 その内容はセントラル地下層に眠る神器を巡る争奪戦最終盤のこと。竜都の最奥でようやく触れた己が系譜の骨牙より生み出された最高峰の刃に込められた残留思念とエヴレナは邂逅した。

 ほんの僅か、短い時間ではあったが。

 先代神竜は自身が生前仕損じた決着に悔いを残していた。

 その後ろ姿しか見せなかった思念の身体。悔いと言っておきながら苦笑すら含んだ声色で放った言葉の一言一句をエヴレナは覚えている。


「『おいバカ竜王。あの時知らなかったものを、今のお前は知ったんだろう。ならきっとお前はあの時よりも強い。だがな』」


 落ちていくエヴレナが滑らかに言葉を放ち伝える。あの先代とは似ても似つかぬ未熟な小娘が、今だけは流れる銀髪も相まってかつて死闘を交えた真銀の姿に酷似して見えた。


「『だからこそお前は負ける。あの時は知らなかったから、そして今は知ったからこそ。お前はその認めがたきものに負けるんだ』…だって」


 最後にぺろりと舌を出しエヴレナが生意気な少女らしい笑みを浮かべる。離脱を許すまいと迫り来る破壊の黒破は全て銀の波動に迎撃されていた。


「わたしもたくさんの人や竜と会って、たくさんの想いを知った。知ったからこそ、知れたからこそ。…わたしはこの綺麗な世界を守りたい、そう思えた」


 神竜の系譜、真銀の一族は歴代全てがそれ単独での秩序と使命の完遂を担っていた。それは今代のエヴレナも誇りに感じているし、否定するつもりはない。

 ただし、それはあくまでこれまでの話。今、当代を任されているのは他ならぬ自分だ。

 ならば自分なりの秩序の形をどう描こうが自分の勝手だろう。

 今代の神竜、真銀竜エヴレナは全てを己が双肩に背負って万事を成すつもりはない。

 多くの力を借りて、多くのものに助けられて、今の自分があるのだから。


「暗黒の竜、混沌の守り手。殺戮と暴虐の輪廻に囚われた竜王。あなたを倒すのはわたしだけじゃない。竜王の世紀を打ち倒すのは今を生きるこの世界の全て」


 ここには多くが集っている。それら例外なく世界の安寧を求め集った英傑達。秩序を司る真銀の代行者はこの空と大地に無数に集結し戦い続けている。

 真銀竜と暗黒竜。対極の属性を有する二体の頂上対決は、ついにこの代においてその様相を変えた。


「覚悟してね。『秩序の守護者わたしたち』は、強いよ?」


 特大の一撃を竜化した状態で受け流し、エヴレナは崩れ去るテラストギアラの破片から飛び出して脱出した。あとに残された竜王は、追うことも竜化することもなく、翼だけを具現させた状態で空へと舞い上がる。

 話すべき相手が離脱したことで閉口したエッツェルの視線が眼下を眺める。

 様々な種族が、共に志を同じくして残る牙竜や配下の竜種達と激戦を繰り広げている。戦況の優劣は、ここからでは判断しかねた。

 短く息を吸い、浅く吐く。

 竜王の呪詛は緩んだ。この隙を狙い巨竜は墜とされた。もう片方の祖竜にもなんらかの影響は出ているだろう。他、この呪詛を受けた配下達にもおそらくは。

 などと、自分以外に想いを馳せたことにすら違和感を覚える。

 『竜王』はそんな雑事雑念をいちいち思案するものだったか。


「……ふぅ」


 今度は明確な溜息。意識を切り替える。

 勝つ。殺す。壊す。

 それだけだ。竜王の成すべきことは、ただそれだけ。

 それだけで竜の世界は永劫に廻り巡る。

 竜王エッツェルの周囲に黒色のエネルギー球が生成されていく。十、二十、百から千。次々と数を増やす破壊の力が力場を歪め空を埋めていく。

 ついに混沌の権化が戦場にその威容を現した。





     『メモ(information)』


 ・『竜王エッツェル』、エリア9の戦闘に介入開始。


 ※ここより先、打ち合わせた通り続く竜王戦は東美桜様にお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る