暴食、満腹につき


 目には見えない、それでも明確な出力の低下を感じ取る。

 ここまで全ての攻撃を『喰らう』ことで無効化してきた巨竜テラストギアラの、その膨大にして莫大な食欲が急速に萎んでいく。

『『!!』』

 直後に吹き荒れる白雷と翠風が取り囲んでいた牙竜達を薙ぎ払う。

 この瞬間を待っていた。他の仲間達への助力すら出し惜しみして、暴食の祖竜を穿つ一瞬の為だけに温存してきた全てを解放させる。

 一秒と掛からず最高速に至った二頭の暴威が真下から突き上げる形でテラストギアラの腹部へ激突。空間を歪曲させるほどのエネルギーを一点収束させた最大威力が祖竜の外殻を荒々しく削り剥していく。

 しかし、それでも。

(ッまだ…足りませんか!!)

(おのれ、コイツ…まだ喰らうか!)

 巨大な矛として放出している祖竜返りの力が取り込まれている感覚。竜王の呪詛を突破し、既にかつての屍同然の出力へ衰えても、未だ。

 己が死すら理解せず、ただただその無尽蔵の食欲のみで朽ちた祖は咀嚼を続ける。

 風雷の突出した一撃は確かに効いている。ドリルのように徐々に削り奥へと威力を押し通していく一方、テラストギアラの不可視の咀嚼がとんでもない速度でその原初の力を喰らい呑んでいく。

 ダメージレースで負けている。命の取り合いにおいて今代の祖竜返り二体掛かりの決死行が追いつかない。


「わかった。〝第四装填フォース〟」


 だからこそ死に体の少年は残っていた。最期を遣うに、ここが相応しいと思っていたから。

 妖精の悲鳴にも似た制止の声が遠のく。五感を同期させた童女の覚悟は共に果てまで征く決意を伝えてきた。

 〝憑依〟全開。全身の血管が破裂しても刻印の励起は止めない。

 残る存在全てを捧げた最速の装填。それは世界最強の退魔師が有する万能の異能。

「〝模倣〟―――〝祖霆フィフス!〟〝祖凬シックス!〟」

 その模造能力を利用して、さらに己が経験したことのない祖竜の力までも再現し刻印と化して五体と刀へ乗せる。これだけ桁違いの力を込めても砕け散らないのは神刀が故。

 肉体は常時消滅を続けている。ロマンティカの治癒鱗粉が底をつく前に勝負をつけなければいけない。

「喰い切れるか?暴食の竜」

 トンとその背を蹴り、ふわりと浮いた夕陽が振り上げた雷霆と嵐絶の絡み合う一刀を直下へ叩き込んだ。

 遠方から巨竜を目視していた者達は、上空と地上から鏡合わせに挟み込む白と翠の爆裂に神話の再現を幻視したことだろう。

 限定的とはいえ瞬間的に祖竜四体分と化した最大火力の直当て。

 やはり凌ぎ合い、鬩ぎ合いは十数秒続いた。

 それでも太古の討伐経緯に準じ、かの暴食は許容を超えて身を砕かれる。

 腹部背部より示し合わせたように亀裂が繋がり意思なきはずの巨竜の断末魔が大乱戦の空全域に響き渡った。


「ここまでだな」

 散らばる鱗、牙、胃袋の破片。それらを掻き分け地表に落下していく夕陽はもう身じろぎのひとつも出来ない。ただ満足そうに口元に笑みを作る。


「よくやった方だろ。な、幸」


 客観的に自らを賛美する。もはや自己に対する興味すら失われた空っぽの身体。全身を這い回る刻印が表皮ごと罅割れ、崩壊していく。


「あとは頼む。ええと…みんな」


 名前も顔も焼失した。全てを熱量に換えて撃ち出した夕陽には最愛の座敷童子以外の何もかもが記憶から消え失せている。

 自分がこれまで信じて来ていたはずの皆を、全て忘れた自分が信じるなど滑稽以外のなにものでもないが。それでも信じずにはいられない。

 もう一度だけゆっくりと笑って、それっきり表情の動かなくなった死体は真っ逆さまに激闘続く戦場の大地へと降っていった。





     『メモ(information)』


 ・『【過食の咀竜】 暴竜テラストギアラ』、撃破。


 ・『日向夕陽』死亡。エリア9の地表へ落下中。

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