鉱剣と血刀


 破岩竜ラクエスの大味な攻撃に対し剣鬼ホノカは必要最小限の動きと縮地の併用によって完全回避を行いつつも距離を詰める。

 乱雑な大技を連発する竜の攻勢は剣術の鬼にはひとつも掠らない。余裕を感じさせる彼女はしかし、その絶え間ない攻撃の中に何かの予感を覚えていた。

(…あら。もしかしてバレてる?)

 動き続けるホノカは同じ場所に二秒以上立ち続けることが出来ない。立ち止まることが出来ない。

 を確保できない。

 一度でも足を止め踏み込みを得たのなら、彼女の足取りで十歩に相当する範囲内に無条件の剣閃を叩き込むことを可能とする必滅の斬撃。回避に専念する彼女にはそれが封じられていた。

 己の知名度はそれなりに自覚していた。もしや剣鬼対策を組み込んだ戦法なのかと勘繰るホノカであったが、実のところそれは杞憂に過ぎない。

 ラクエスは人間のことなど誰ひとりとして記憶していないし、戦う相手の情報などまったく意に介さない。

 この竜は初見であれ交戦済みであれ、常に戦闘勘のみでその場その場の戦い方を模索している。

(ッんだこの女……この人間ッッ!!、ヤベェッ!!?)

 対して破岩竜はといえば、根拠無くそれでいてこれまでの竜生を支えてきた己が直感が示す警鐘にただ従っていた。何が不味いのか、何がヤバいのか、そんなものは何一つ理解せぬままに、これまでの戦闘経験から『この人間は何かがおかしい』という不鮮明極まりない断片的な情報を鵜呑みにして行動を起こしている。

 実際の戦場を知っている者、あるいは本物の死闘を識っている者でなければ、これほどの愚考(あるいは愚行)を許すことはないだろう。

 それでもここは戦場で、これは紛れもない死闘だった。竜は無意識で正答を導き出す。

「ラァ!!」

 振った刀から飛来する赤い衝撃波を地中から精錬した鉱剣で相殺すると、散らばった岩の欠片をさらに細切れにして三つの斬撃がそれぞれ別方向から伸びてくる。これを地面から突き出た岩壁が防いだ。

(ッ…不味ぃ!)

 この連撃により二秒の空白を許す。視界の先には刀を構え静止した状態のホノカ。

 命に届く朱き刃に身震いすると同時、後退しかけた四肢に力を注ぎ直しラクエスが前に出る。

 同時に展開する重引力。構えたホノカの両脚が地面から浮いてラクエスへ引き寄せられる。

 十歩必殺の集中を強引に削がれ、それでもホノカは焦らない。むしろ愛刀の最大効力圏内へ招き入れてくれたことに微笑すら浮かぶ。剣の鬼はもとより名の如く刀身の尺に収まる近距離をこそ得手とするのだから。

 まともな剣の打ち合いでは到底勝ち目はない。純然たる剣術勝負となれば剣鬼の右に出るものは皆無。

 だから竜は竜なりの戦い方で攻める。

 生み出した鉱剣は二度の衝突で砕けた。ただし。

「…なるほど」

 ホノカが僅かに眉間に皺を作る。

 愛刀咲血は粉砕した鉱剣の破片を付着させ、刃に微かな重みが足される。

 次いで背後から現れる岩の怪物。覆い被さる前に両断するも、これも同様に斬り捨てられる寸前に崩壊する岩が刃へ噛み付くように残る。徐々に刀はその切れ味を岩と土塊によって落とされていた。

 剣士にとってもっとも嫌なこと。困ること。

 自らの獲物を封じられること。剣を振るい生きる強者は、魂の別け身とも呼べるその刃を奪われる行為に耐え難いものを覚える。

 並の剣士であればそうだ。―――否。

「ごはっ!?」

 射出した岩石弾が断ち斬られた瞬間、姿の消えたホノカが眼前に現れラクエスの鳩尾に柄尻の打突を叩き込んだ。斬撃にばかり意識を持っていかれていたが故に、急な打撃に思わず声を上げる。

 最上級の剣士であれ同じことだ。剣を潰されるということは剣士にとっての死に等しい。

「良い判断、良い選択よ。でもね地竜の若輩者」

 女の膂力とは思えぬほどの打突に身体がぶわりと浮き上がる。

 ありえないことだった。

 人間の女が竜が呼吸を止めるほどの一撃を見舞ったことではない。

 薄っすらと赤色を纏っていた刃は既に土色に染められている。鞘に納められたものと遜色ないまでに岩石の上書きを施された咲血を掴み腰を落とすホノカ。

 埋め尽くされた刀身。その内から怪しく光る朱が漏れ出ていた。


 彼女にしてみれば、は二流の言い訳だ。

 刃?切れ味?何を言っているのか。

 道に落ちている棒切れですら握り振るえば敵を圧倒するのが真に剣聖と呼ぶべき存在。

 剣の鬼は、当然ながら其処に在る。


「その程度で私の剣は濁らない」

 鮮血が咲き誇り、破岩竜の全身に無数の刀傷が刻まれた。


「―――ハッ…!ん、だよ。どいつもコイツも!!」


 ホノカが瞳を眇める。一刀のもとに地に伏さず、両膝を屈さず、立って持ち堪えた者を幾年かぶりに彼女は見る。

 それを成したのが竜であれなんであれ、賞賛すべき偉業。

 もちろんそんなもの口にはせず、ラクエスもまたどうとも思ってはいなかった。

 だが改めたはずの認識をさらに改める契機とはなった。

「うっし続きだ人間!わかってきたぜ、人間は強い!けど竜王様はもっと強い!!」

「…ふう」


 ボタボタと血を流しながらも口元を綻ばせゆらりと上体を倒すラクエスに次なる斬撃を加えんとするホノカ。その口からは呆れに似た吐息が漏れている。

 どうも、すぐ近場で戦っている戦闘狂の妖魔と似たような表情をするものだから。

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