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白紙に刻め、黄金の命運 (前編)


 光の竜が移動する速度は常人では捉えられるものではない。同じ竜種の身体性能でようやくその残滓を掴み、上位竜種でやっと軌跡を見て取れる程度。

 異界の妖精、その魔性堕ち風情が追いつける領域ではなかった。

 だからこれは異常な展開ことである。

「く、そォっ!!」

「―――!!」

 交わる度に妖魔の衣服や皮膚が裂け、同時にチェレンの表皮にも薄っすらと裂傷が与えられる。

 明らかなる一方的な攻勢でありながら、攻めあぐねているのはチェレンの側であった。

 どう考えても追えていない。眼球の動きからしてもチェレンの高速機動を後手後手で捉えている。

 だというのに動きが間に合う。チェレンの攻撃に合わせて毎度カウンターとして剣の応酬を必ず一度は交えてくる。

 普段は一刃につきひとつの特性や伝承のみを模倣させて鍛造させているアルの手にある一振りは真銀竜の加護により強化・拡大解釈を得て極めて限定的局所的な複合魔剣として成立していた。

 下地ベースには鞘から放たれた瞬間から敵対勢力を撃滅したという〝応追魔剣フラガラッハ〟の特性を。普段であればこれは投擲武器として使用するものをあえて己が手の内で操ることにより半自動の迎撃能力を得ている。その解釈には神話にて記載されるあらゆる戦況への対応を示す『万能の回答者アンサラー』を上書きしてある。

 さらにはフラガラッハの正統所持者であるケルト神話最高神、太陽を司る光の神ルーの保有していた技能 『武芸百般サウィルダーナハ』まで模倣し適用させることで、文字通り今のアルは神懸かり的な最適動作で戦闘を行っている。

 もはやアルの全身を血文字のように這う紅いルーン文字も過去最高数を叩き出している。ここまでせねば神域技能の反動に肉体が追いつかないからだ。

 過度な神性と竜種特効を乗せた剣で光弾と化したチェレンに競り合う。平時の闘い方とは異なり一振りの武装にのみ注力を続けた状況とはいえ、当然ながら長くは保たない。

 これだけやっても五分には及ばない。いずれ体力が尽きるのはアルの方が先だ。だからこそ最後の手を打つ用意は進めている。

 過去数回。アルはアル自身の力だけでは敵わない相手との交戦をした経験がある。

 無尽蔵の体力。圧倒的な膂力。桁外れの能力。それらを前に一度として退いたことはないが、そうした時には必ず彼の矜持は捻じ曲げられた。

 己が力のみで。己が技量、剣術、性能のみで敵を撃滅することこそが妖魔の理念にして勝利への絶対条件。それを曲げた時点でアルはその戦闘を生き抜いたとて勝利を掴んだとは考えない。

 今回もその例には漏れない。いいだろう。正真正銘真っ向勝負の勝利はこの際諦める。

 ただし代わりに使わせてもらう。

 仄赤く、血文字が光りを放ち始める。全身に連ねた北欧の原語が互いを引き合うように仄光を五体へ迸らせていく。

 ルーンは二十四からなる古代の神秘。然してそこには存在しない二十五番目のルーンがある。

 存在しないもの、意味を成さないもの。ルーンには原語本来の意味を示す正位置と対を為す逆位置の意も使われる。

 転じてそれは必要なもの、必ず在るもの。あるはずのない可能性。不可能を打開する光明。

 『黄金』と呼ばれた古代神々の時代においてはその空白は運命を刻むものであるともされていた。

 ノルンの三女神が司る運命の糸を、この空白は強引に束ねて引き寄せる。

「…〝全原語一斉配列、黄金を穿つ未明の一矢アンサズ・フェオ・ソーン・ウル〟」

 全ての原語の同時解放。不可能の文字を掻き消し未来を指し示す大神秘。

 完全なる二十五番目ウィルド・ブランクが紡がれる。

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