白紙に刻め、黄金の命運 (後編)


 雷竜との敗北を経て己の驕りを痛感したチェレンは、竜王の呪詛を生身で受けるという禁じ手を使ってまで今度こそ勝利に固執した。

 間違いなく過去最高速。名の如く閃光に等しい機動を一瞬たりとも落とすことなく連撃を叩き込み続ける。既にこの数分をして何万撃を打ち込んだか。

 手応えも確かなものを感じてはいた。骨を砕く感覚とて一度や二度ではきかない。

 立っていられるはずがないのだ。武器を握れるはずがない。

 。ありえざる行為を平然とやってのける妖魔に怖気が収まらない。

 この総身を震わせるものを知っている。雷竜との圧倒的な差を見せつけられたあの時と同じもの。

 だからこそ許せない。

 竜以外がそれを持っていてはならないのに。何故こんな劣等種族にその身震いを覚えさせられなければならないのか。

 断じて、決して。

 認めてはならない。

「お前なんかが……ッッ!!!」

「〝足跡に万感の祈りをライゾ・ケナズ轍に成就の展望をギュエフ・ウンジョー〟」

 訥々と何事かを呟く合間もアルの迎撃は光速に対し神速で対応する。唱える一語ごとに肉体を満たす万能感に打ち震える。全身を苛む激痛すらもが愛おしい。

「〝我が身に余る受難を与えハガル・ナウシズ・破滅の試練を幾重にも イ  サ ・ ジ ェ ラ〟」

 剣と身体に迸る原語が絶えず光を放ち連なる。一息で四十連にもなる光の脚撃を剣身で受け、砕けた拳でいなし、額でもって受け止める。

 流れ出る血は全て剣へ収束する。妖魔を襲う理不尽なまでの艱難を祝福するように、ただ一振りの剣は使い手の命を嚥下していく。

「〝戦場の賽は天運に因らずパース・エイワズ、……要は神なんぞに結果の如何は譲らねェエオルフ・ソウェイル〟あァくそまどろっこしィ」

 中途で正規の文言を自己流に変えたアルが荒々しく剣を振るう。

 ルーンの正式運用を外れたことで急速に罅割れ始めた魔剣にさらに力を継ぎ足して強引に強度を維持させる。形式ばった儀式や儀礼を毛嫌いするアルはこれまでもルーン術式を自分なりの解釈と運用で捻じ曲げた形で発動していた。多少手間が余分に掛かったとしても、これがアルにとっての最善最良なのだ。

「〝竜の威光を魔剣で潰すティール・ベルカナ光竜如きが何するものかよエオー・マンナズッ〟」

「吼えるな劣等種が!!お前らなんかに…竜種オレたちがぁ!!」

 魔剣としての性質に加えてルーンの光が合わさった剣がチェレンの五体とまともに打ち合う。既にルーン原語の配列は最終段階。ここにきて未だ断つに至らない竜の躯体の頑強さにアルも呆れを混ぜた笑みを見せる。こうでなくては、だ。

「〝一縷を繋いで明日へと至るラグズ・イング・旧い時代はここで終いだダエグ・オシラ!〟」

 光竜のブレスを全行程完了させた極限の光刃が切り払う。解き放たれた最後のルーンが自発的に定めた敵へとアルを誘う。もはや目で追えていなくとも関係ない。

 完成された二十五の原語は不可能とされる全てを悉く覆す。

 音すら置き去りに、光に追いついた刃が躍った。


「〝一欠片の可能性を手繰れウィルド・ブランク〟―――〝暁天拓く極光魔剣フラガラッハ・グリトニル〟」


 大きな爆発、轟音、地平を切り裂く大斬撃。

 そのようなものは何一つなく、翻った太刀筋が静かな一閃となって竜の表皮を容易く貫いた。

 断てるはずのない装甲、敵うはずのない強大。そのようなものに対しての不可能を可能にするための、『必要最低限の出力』を以て最大の魔剣は敵を討つ。

 かつて神々の定めた命運すらも破棄してみせた、これこそが黄金を超える白紙。あらゆる可能性を内包する無限の枝。

「……、ふ、ざ…けるな」

 足元に広がる血溜まり。致死に至るであろう出血量を体外に放出していながらも、完全無欠な一撃をもらった閃光竜はまだ意識を保っていた。

 眼前。少し伸ばせば届く距離に妖魔はいる。異常な発汗と過度な能力発揮による痙攣を隠せず、立っているのがやっとのような有様でそれでも見開いた眼で自身を捉えて離さない。

雷竜ヴェリテになら、まだしも…!なんでお前みたいなのにまで、この、オレが…っ」

「…んなもん、テメェが」

 共に満身創痍。竜王の呪詛でかろうじて動けているチェレンがなけなしの力を振り絞って生み出した光弾を前に倒れ込むようにして回避したアルが、起き上がる勢いそのままに拳を振り上げる。

「いつまでも、王者のつもりでいるからだろうが!」

 痛烈なアッパーカット。限界まで追い込まれた竜には妖魔の拳は嫌というほど響いた。ぐらつく視界の先でさらにアルが拳を引き絞る姿が映る。

「人が挑んで、竜が負けた。もうテメェらは頂点から見下ろすだけの力もねェ。負けたテメェらが、今度は挑戦する側だってことに、いつまでも気付かねェでいやがる」

 眉間を打ち抜くストレート。たたらを踏むだけの余力も無く、チェレンは受け身もままならず大の字で倒れ込んだ。

「いい加減認めろ。竜の君臨する世界は終わった。それでも納得いかねェってんなら、テメェが俺らに挑んで来い!!」

「―――…」

 竜が、挑む。

 聞き慣れない言葉に朧に霞む思考が戸惑いに染まる。竜とは、世界の最上位存在。挑まれることは数多あれど、挑むことなど同胞同士以外ではありえなかった。

 二度の打撃で今度こそ力を使い果たしたのか、地面から生み出した無銘の刀を杖に身体を支え、アルが動かなくなったチェレンに背を向ける。勝敗は決した。


「いつでも受けてたってやるぜ。俺も、人間達もな」


 吐き捨てるように最後、アルはそれだけ言って今度こそ仰臥する閃光竜には見向きもせずに歩き去った。

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