尊厳を食むは冒涜の歯牙


「―――ふうむ」


 エリア0・セントラル。行政区たる大役所の屋上。

 日差しに向き合うようにして、病人のように白い肌をした少女が車椅子に座ったまま空を仰ぐ。

「やはり見えないか。感知も…まるで引っ掛からないときた」

 財務委員にして『黒抗兵軍』参謀総長も兼務している才女、モンセー・ライプニッツはそうひとりごちて小さく頭を振るう。

 セントラル内において、彼女は数少ないを知る者だ。それは兵軍の上層部にしか伝えられていない情報であり、モンセーはこのエリア内部においてそれに関わる全ての情報を意図的に封殺していた。

 狙いとしては他の者達と同じく、この世界最大の人口を誇る大都市に要らぬ恐慌の種を蒔かぬ為だ。

 とはいえ、モンセーが念入りに手を打つまでもなく上空に滞空しているという脅威の存在は誰にも―――モンセー自身でさえ感じ取れずにいるのだからそこに懸念は必要無いのだろうが。

 目視はもちろん、持ち得る全ての術式で精査してみても、やはり真上の空には何の違和感も異常も掴めない。

 話の通りであればセントラル全域から陽の光を奪い尽くすほどの巨体が浮かび上がっているというのだが。

(祖竜テラストギアラ……破格のステルス性能。陽光すらも干渉から弾き、そこに存在することすら偽装して塗り潰す光学迷彩。気配や魔力の類は竜王が感知術式ごと破壊している、だったか)

 最上級の隠蔽能力。確かにこれでは並大抵の者では見つけることは困難を極める。

 だがいるとわかった以上は彼女も呑気に書類作業に戻るわけにはいかない。今まさに、あの空へ向けて突き進む彼らの不安の芽はこちらで摘み取る。

「総指揮官殿がいれば押し付け…任せることも出来たのだがな。まあいいさ。私もようやく時空竜戦からの疲れが癒えたところだ」

 今現在セントラルを離れている二丁拳銃使いの異世界転生者はアテにできない。かといって他に任せられるだけの信を置ける戦力はここにはいない。

 自身の実力だけが何よりの頼りだ。懐から水晶型通信端末を取り出し口元へ寄せる。

「空舞う者達へ告げる。地上の守りはこちらが請け負うのでの処理は気にしなくていい、好きなだけ暴れてくれたまえ」




     ーーーーー

「だとさ」

 騎乗し空を突き進みつつ、端末からの頼もしい言葉に皆が無言で頷く。

 眼下には指先ほどに小さく映る首都セントラルの街並みが見える。位置的にそろそろ目的の竜が見えてきてもおかしくはなさそうだった。が、やはりどれだけ目を凝らしても超巨大な祖竜の姿などはどこにもいない。

『―――ッ』

「うぉっ!?」

 その時、ディアンを乗せた式神の竜が唐突にその大口から火炎のブレスを吐いた。

 直線状に伸びる紅い咆哮が長く長く放出され、やがてその先端が空中で着弾する。

 何もない空中で、何かに衝突して爆ぜた火炎。日向日和の遠隔操作によるものなのか、何らかの術式を付与されたらしきブレスは未だ火の粉を残しつつも、爆ぜたその一点から空というテクスチャを焼き剥がすようにみるみると見えていなかったものを露見させていく。

 そうして、ようやく広い空を一気に狭めるようにその巨躯が姿を現した。

「…コイツが」

「テラストギアラ…」

 頭部から尾部に掛けて楕円を描くようなずんぐりむっくりとした巨体は、竜というよりは空を泳ぐ鯨と形容した方が正しいかもしれない。

 その巨躯を片方だけでも一巻きできそうなほどの翼は背部に三対も生えており、それぞれが順繰りに羽搏いて揚力を得ていた。

 自らのステルスが破られたことをどう受け取ったのか、あるいはそれは内部に座す竜王からの指令だったのか。

 テラストギアラはギチギチと音を立てて横一線に引かれていた口を緩慢に開いていく。

 直後その内からいくつかの影が高速で飛び出て夕陽達へと向かって来た。

「ッヴェリテ!」

「シュライティアァ!」

 いきなりの事態にも動じず、夕陽とアルがそれぞれに飛翔する竜の背に乗ったまま抜刀。躊躇なく突撃してきた影に刃を振るう。

 それは翼持つモノ。牙生やすモノ。

 トカゲのようなカタチ、人型を模したカタチ、あるいは四足の獣のようであり、はたまた彫像のような光沢と深い彫りをしたものまで。

 翼と牙を持つ点のみを共通項とし、現れた十数体の敵影は全てが多様な姿形を有していた。

「ふっ!」

 ヴェリテの背で絶妙な体幹を維持したまま、敵の攻撃をいなしその胴へ一撃を叩き込む。

 刃は沈み体を裂くも、胴体を分断するには至らず途中で止まる。

 異様なまでに硬かった。まるでそれはこれまで幾度も戦ってきた竜種と同じような手応え。

「チッ…」

『夕陽、掴まってください!』

 ヴェリテの声に応じ、片手で角を掴んだまま急速に揺れ動く雷竜にしがみつく。

 体を半回転させて、勢いそのままに太い尾で翼持つ敵を叩き落とし、体勢が整うより早く雷のブレスで消し飛ばした。

『「歯兵竜牙」!祖竜テラストギアラの権能です!ヤツはこれまで喰らった生物の遺伝子構造を取り込み反映させ、意思持つ歯牙として使役します!』

「見た目が完全にバラッバラなのは竜種テメェの体を下地ベースにして食った生き物の形を植え付けてるからか。クソ趣味悪ィ化け物だな」

 アルの方も無事撃破したらしく、ヴェリテの隣にシュライティアが並ぶ。他の者達も接近して死角を極力潰すように動いていた。

『かつてはこの力で星の資源を喰いつくさんとした恐るべき祖だと伝えられています。一体一体が下位竜種と同等かそれ以上の硬度と戦闘力を持つモノです。油断しないように!』

 一応は出撃前に共有していた知識のはずではあったが、こうして直接交戦してみてその異常性と脅威のほどはよく理解できた。

 ドラゴンベースのキメラ。竜種のみならず他種の特性をも保有する牙。極めて人間に近しい形のモノまでが確認できることから、どうやらこの時代に厄竜としての蘇生を受けてから新たに取り込んだものもあるようだ。

 祖こそが唯一最大の生命であると誇示するように、まるで他の種族を食料としか見ていないように。

 どこまでも尊厳を踏みにじる異形の竜牙を生み出し続けるテラストギアラの口はまだ開き続けている。

 絶えず湧き出る『歯兵竜牙』は見渡す限りで既に数百を超えていた。

『これ全部が竜…なの…!?』

 エヴレナが愕然とした様子で呟く。その背に乗ってクレイモアを引き抜いたエレミアの表情も険しい。

「……それでも」

 唇を噛み締め、修道女は全身の武装に魔力を通わす。絶望的な状況などはもはや慣れたものだ。胸に秘めたる覚悟はこんなことで揺らいだりはしない。

 必ず助け出すと誓ったのだから。

「それでも私はあの子を取り戻す。願望機でも概念体でもない、ウィッシュちゃんを私は取り返す!!」

『わかっているとも、シスター』

「何をいまさら」

 自身を鼓舞する声に、シュライティアとディアンが当たり前のことのように返す。

 皆その為に集まった者達だ。その決意は同じものである。

「勝とうなどとは思わないことだ」

 遠隔起動で大魔女の周囲に集う無数の救世獣を従え、カルマータが布陣を構築する。

「目的は救出。ここはまだ最終決戦の場ではない。取り返すもん取り返して、とっととおさらばするに限るよ」

 命無き機兵を先陣に置き、突撃隊形を整える。背後で控える精鋭達と呼吸を合わせ、指を打ち鳴らした。

 途端、破城槌の如き勢いで押し固められた救世獣の一団が弾かれたように突進を開始。その後を追うように飛翔する竜達も飛び出した。





     ーーーーー


 ・『暴竜テラストギアラ』、セントラル直上高空にて偽装解除。〝歯兵竜牙〟展開、交戦開始。


 ・『モンセー・ライプニッツ』、魔術にて上空の戦闘を偽装開始。同時並行で落下する竜牙の処理開始。

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