竜穴入らずんば流星を得ず


「…………か」


 竜王の呟きは誰の耳にも届かない。もとより誰かに聞かせるつもりで口にしたものでもなかった。

「エッツェル様!!わたしっ、わたしが行きます!」

「エッツェル殿。私にも出陣の許可を」

 なにやらひどく既視感のある台詞と共に声を張る二名。地下竜都での雪辱を果たさんとする疫毒竜メティエールと火刑竜ティマリアが外で交戦している外敵の排除に名乗り出た。

「そう急くこともあるまいに。どうあれ彼奴等の狙いはこの〝成就〟。何もせずとも誘蛾灯のようにここへ集って来るのだから」

 小さく嘆息し、ブレイズノアは壁に寄り掛かって座り込んだまま動こうともしない。

「……っ」

 そうなる前に、玉座の間へと至る前に仕留めんとするのが真なる臣下の思考とする二名に対し、竜王に忠誠を誓っているわけではないブレイズノアの考え方は根っこからして相反する。そして祖竜それに真っ向から反論できるほど、ティマリアは恐れ知らずではなかった。

「おじーちゃんは黙ってて!」

 ただし若く幼い竜であるメティエールはその限りではなかった。次の瞬間には消し炭にされるのではないかと肝を冷やすティマリアだったが、存外この炎祖は度量が大きかった。大笑し、それから口を噤む。

「テラストギアラの防御機構は大幅に落としてある。あの程度の防衛網ならば容易く突破して来るだろう。……挑むのならば招き入れてからにせよ」

 より優位な状況で敵を滅ぼす。全力で暴竜の手綱を掌握すればそれこそ小鳥一匹とて侵入を拒めるが、エッツェルはあえて敵を内部へと招き入れる魂胆だった。

「わかりました!ではっ」

「出ます」

 一瞬で姿を消して玉座の間を去った二名を見送り、ブレイズノアは老翁じみた微笑を溢す。

首級しるし、挙げられればいいがな」

「容易くはいかぬだろう。何せ出遅れている」

 外での戦闘が始まってから先、『閃光』も『命泉』も独自に動き出している。メティエールとティマリアは側近として竜王の傍仕えでいたが故に、既にこの一戦においては出陣は周回遅れだ。

 それに何より、竜王の命を待つこともなくはもう接敵間近だ。




     ーーーーー


「最小限の負担で最大限の戦果。となればァ」


 ガリガリ、ゴリゴリと。

 数多もの救世獣を巨大なドリルのように束ねて竜牙を穿ちつつ、巨竜の大口へと向かう一団。

 そんな中、機械兵の穿孔が限界に達する寸前で妖魔が前に出た。

「―――俺だろ!」

 負荷に耐え兼ね崩れ壊れていく救世獣の残骸を再度束ねて鍛え直し、真銀竜の加護を得て一時的な能力の遠隔操作を可能としたアルが指先の動きで数十にも上る刀剣のうねりを巻き起こす。

「オッラ!」

 いくつもの刃が意思を持つように動き回り、口腔までに障害となる竜牙兵を蹴散らしていった。そのルートを通り夕陽達は無事にテラストギアラの剣山のような口部から内への侵入を果たす。

 ただ、そこにアルの姿は無かった。

『アル殿!?』

 妖魔を乗せていたはずのシュライティアが異変に気付きその名を呼ぶも、トップスピードで口から内部へ飛び込んだ彼らにはもう外界の様子を知る術は無い。

「あいつもただの馬鹿じゃない!なんか考えがあって残ったんだろ!俺らはこのまま先に進む!」

 怖気づいたわけでもなければ意味もなく外の竜牙達と戦い続けることを選んだわけでもないはずだ。あの戦馬鹿はあれで案外勘が効く。何かしらの考えがあっての判断なのは間違いない。

 夕陽は戻ろうとするシュライティアをそう言って押し留め、現状の速度を維持したまま広大な竜の体内をひたすら奥へと目指していく。




     ーーーーー


(簡単過ぎんだよな)

 テラストギアラの牙を蹴り、その外殻をよじ登りながらさらに上へ進むアルは思う。

(牙の兵も出が悪い。一度に数千体は出せるはずだがそれもしない。敵が入ろうとしてるってのにアホみてェに口も開けたまま素通り。…誘き寄せられてるよな、どう見ても)

 護りの手が緩すぎた。これではどうぞ来てくださいと言っているようなもの。この異変に気付いているのは他にもいるだろうが、それで別の手を考えたのはアルだけだったようだ。

(馬鹿正直に真正面から入るのも面白いが、全員がそれで詰みになるのは色々と不味い。こっちは別口から侵入路を探ってみるか)

 これだけの巨躯であれば体内への道は鼻口だけではないだろう。どうにか竜王の虚を突く形で急襲できれば御の字。そうでなくとも別働で動けば戦力を一網打尽にされることは無くなる。

 そうして考えている間にテラストギアラの背部に到達。広大な背のあちこちに配置されている砲座や機銃を破壊しつつどこか入れそうな所は、と視線を彷徨わせる。

 と、


「おぉりゃあ!!」


 気合いと共に落ちてきた踵落としを身を捻って躱し、即座に距離を取る。

「ついに来たなこの野郎!竜王様の敵!!」

「チッ、なんで外にもいるんだよどういうことだコイツは」

 ズビシッと人差し指でこちらを指す男。外見は人だがやはり角と尻尾が竜種であることを示している。

 竜王の思惑に反し優位性の皆無な巨竜背部に何故かいる敵にアルが怪訝な表情になるが、実際のところこの事態は竜王自身すらも予想してはいなかった。

 つまり誰よりも最初に動き出した竜王勢力の一番槍は、主たる竜王の命を何一つ受けず独断専行によってこの場にいる。

 しかも。

「…あれっ。ひとりだけ?他のヤツはどうしたどこ行ったコラァ!!」

「あ?もう中入ったっつの」

「えーッッ!!?」

 このやり取りでアルは相手が相当な阿呆だと確信する。どこから出てきたか知らないが、完全に入れ違いになっている。

「まァいいや」

 再度遠隔から機械の残骸を引き寄せ刀の形に製錬させながら、アルは都合よく現れた竜の敵に感謝する。


「オイ、お前?」

「くっそやられた!すんません竜王様、コイツぶっ潰したらすぐに残りも片付けますッ!!」


 互いに互いを無視したまま構え、静かに揺れ動く巨竜の背を戦場に最初の戦闘が始まった。





     『メモ(information)』


 ・『暴竜テラストギアラ』内部に侵入成功。


 ・『妖魔アル』、『破岩竜ラクエス』と交戦開始。

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