約定を果たす再会


 アルを除く全員がテラストギアラの内部に到達した時、まず初めにその異界じみた広さと異様さに目を疑った。

「な、んだ。ここは」

 唖然としながら口にした夕陽が固い地面に着地する。

 そう、まず地面があった。それも大理石のような光沢と硬度を持ち真っ平に整地された地面が。

 夜と見紛う黒天はさすがに上限があるのだろうが、少なくともあの巨竜内部にある空間のひとつとするにはあまりにも広すぎた。

 これも竜王と〝絶望〟の権能を利用したものなのか、はたまた生前の祖竜テラストギアラの内部構築が元々からして異次元過ぎたのかまではわからない。

 内部を支えているものなのか、等間隔に並ぶ太い石柱は黒い天蓋にまで伸びているが、進行に支障をきたすほど密集してはいない。ひとまずは様子を見るべく、竜種は人化し降り立った皆は警戒を維持したままゆっくりと進んでいた。

「胃袋…なのか?これは」

「おそらく。テラストギアラは暴食の化身。喰らうだけの生物。通常の生物と同じ内臓器官ではないとは思っていましたが…」

 双剣を抜いて側面に注意を払うシュライティアに槌を取り出したヴェリテが答える。

 より正しくは竜王エッツェルが蘇生の際に多少改造を施した為の異次元空間ではあるのだが、それはこの場の誰も知る由もない。

「このような空間がいくつも連なっているのでしょう。その最奥に、竜王はいるかと」

「面倒だ…けど、捉え方によってはわかりやすくもあるか」

 話に聞いたセントラル地下の大迷宮に比べれば単調な経路ではあろう。果たしてこの『胃袋』なる異次元空間が縦横どれだけの数あるのかにもよるだろうが。

 兎にも角にもここが文字通り敵陣の只中であることは変わりなく。いつどこから襲撃されても対応できるよう、各々が最大限に意識を研ぎ澄ませる。

「……ん、んー?」

 そんな中、夕陽にぴったりと寄り添って飛んでいたロマンティカが怪訝そうな声を上げた。耳元で発された妖精の声を夕陽だけが拾う。

「どうしたティカ」

「ユー。…うん、えっと、…あれぇ?」

 しかしロマンティカは意味を成さない不明瞭な言葉だけをぽつりと溢す。言うべきか、言うに値するものかどうか吟味するように。

 やがてロマンティカは意を決したように夕陽の肩に乗ってこしょこしょと、場の警戒に水を差さないように気を遣って呟く。

「ねね、…?」

「あ…?」

 あるいはその呟きを真銀竜か雷竜が聞き取っていたのなら、一秒程度は速く対応できたかもしれない。その一秒で状況を変えられた可能性は大きい。

 だが実際のところ妖精の呟きは夕陽にしか届かず、そして夕陽はそれを知らなかった。

 雑草の一本も生えていなかったはずの平たい地面。そのある一点に突然として小さな小さな芽が顔を出していたのをロマンティカはたまたまに目撃していた。

 それを報告した直後のこと。

「!?」

「なんだオイ!?」

「これは、まさかっ」

 小さな芽。踏めばたちどころに潰れてしまう小さな生命が、超速で成長し巨大な樹木と化した。それは固まって動いていた夕陽達のちょうど真ん中。それぞれを分断するように樹は膨れ上がり大地に絡む根は立ちどころに地中を掘削し足元を瓦解させる。

 それだけに留まらず、樹木は次々に発芽・成長し瞬く間に森の様相を形作っていった。

 当然その渦中に呑み込まれた彼らは戸惑いと狼狽に晒される。

「不味い、この力はッ!」

 雷撃を連発して深緑を焼き払うヴェリテだが、塵にするよりも樹木が周囲を覆い尽くしていく速度の方が勝っている。次第に仲間達の姿も木々に遮られ見えなくなっていく。

「みんな、先行ってて!!」

 声は少女。真銀竜エヴレナのもの。

 大地を引き裂いて直下へ落ちる者。なんとか木々の侵攻から逃げ延び次なる『胃袋』への経路へ到達した者。あるいは天蓋を打ち破って別のエリアへ脱した者。それら全てが生い茂げ続ける轟音の中でも仲間の声を聞き分けた。

「ここは私がなんとかする。あとで会おう!この竜の中だったらわたしの加護はギリギリ届くはずだから!」

「承知した!」

「…誰か一人でも速く辿り着くことが何より重要か!」

「任せな。必ず流星のもとまで行く」

 エヴレナを思い留まる者は誰もいない。いや想うからこそ止まらない。此度は電撃戦、最大の敵は時間である。長く掛ければそれだけ敵の思う壺となるのだから。

 シュライティア、ディアン、カルマータの声が順次遠くなっていく。それぞれに唯一の経路を進み最奥を目指すのだろう。

「…すみません!お願いします!」

 ややの逡巡、そして懇願。この中で一際〝成就〟に思い入れのあるエレミアも数秒遅れて樹林を離脱する。

「エヴレナ!」

「…ユーヒ」

「頼むから死ぬなよ。先で待つ」

 もはや大樹に囲まれた状況ではどこから発せられた声かもわからないが、日向夕陽が短い時間で最大限に込めた激励を受け取り、破顔一笑する。

「……貴女に回りましたか」

 最後、樹林の壁の向こうでヴェリテの声は低く沈んでいた。

「うん。わたしに来ちゃった。でも約束してたからね」

 エヴレナの声は平淡で、少しだけ悲し気だった。

 呪いのような因縁。エヴレナか、そうでなければ自分がつけるべきだった決着。

 こうなったならば託す他ない。

「ご武運を」

「ありがと。…ごめんね」

 その謝罪は何に対してか。それを問い返すこともなく、ヴェリテは雷を纏い全速力で次なる『胃袋』へと向かった。






「……さて」

 手の内に集う銀色の光から小太刀を生み出し、逆手に握って腰を落とす。

「おまたせ。…じゃあ、始めよっか」

 完全に樹海と化した深い緑と濃い植物の匂いに包まれて。

 ゆっくりと歩み出でたのは人化の竜。

 瞳に活力は無く、照準は真銀竜を中心に捉えて離さない。

 綺麗な緑色だったはずの長髪は枯草のような茶褐色へ。その頭に乗っていたはずの大きな花は、今はエヴレナの被る花冠に添えられている。


『もしわたしがあなたと、


「会ったね。会っちゃった…ね」

 あの時彼女はこうなる未来を予感していたのか。竜王に敗北し呪詛に呑まれたその先を予想していたのか。


『その時はどうかお願いします』


 だから少女に託したのか。だとするならばきっと。

「うん。大丈夫。ちゃんとやれるよ」


 竜王エッツェルの手勢として死してなお使役される竜。暗黒竜の命令以外では指の一本さえ動かすことが出来ないはずの傀儡と化した森竜。

 それがこうして引き寄せられるように行動を起こしたのならば、この遭遇は偶然という言葉では決して片付けられるものではない。

 エヴレナは彼女と交わした最期の言葉。結んだ約束を果たす。



「わたしは真銀竜エヴレナ。我が盟友、森の母。約定に従って、この使命を完遂する!」





     『メモ(information)』


 ・日向夕陽ら一行、急襲により分断。各個前進。


 ・『真銀竜エヴレナ』、『厄竜フィオーレ』と交戦開始。

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