【〝成就〟奪還電撃戦線】編

星に手を伸ばす時


 神造巨人及び大天使ナタニエル討伐後、およそ半日を置いて。

 つまり翌日早朝。面々は再びアクエリアスの砂浜に集っていた。

 ただの疲労や軽傷程度で済んでいた者は通常の治療や静養で回復していたが、そうでない者、半日で癒えないほどの重傷者はどうやら例の道場に叩き込まれていたらしい。

 時の流れが異なるあの場であれば、確かにホテルの医療設備に頼るよりも単純に時間が傷も疲労も解決してくれるだろう。常人であれば高ストレスの掛かるあの環境に耐えられる猛者であれば、の話にはなるが。

「なんだお前、来たのか。まだ寝ててもよかったのによ」

 そんな環境下で平然と十数日の療養をしていた竜、シュライティアをからかうようにアルが口走る。

「冗談を。共に最後まで往きますとも、この場の皆と」

「……ふゥん、そうかい」

 風刃竜シュライティアはあの一戦から少しだけ雰囲気が変わったように見受けられる。このような発言も、前までの彼ならばまず口にすることはなかった。

 成長した、というよりは悟った、あるいは至ったという表現が一番しっくりくるように夕陽には感じられた。

 何を悟ったのか、何に至ったのかまでは不明だけれど。

 アルも同じなのか、優しく微笑むシュライティアにそれ以上茶々を入れることはしなかった。代わりに。

「じゃあ少しだけ期待しといてやる。ちゃんと付いてこいよ、最後までな」

 そう続けてシュライティアの胸を拳で小突いた。

 それからアルが視線を落とすと、その先で息巻く少女と目があった。

「……お前はもちろん留守番だぞ、白埜」

「……、えっ…!」

 今まで当たり前のようにスタメン張ってた者が急にベンチ入りさせられたかのような愕然とした表情にもアルは取り合わない。

「……サチは、行くのに?」

「アイツは武器だから。アイツいねェと夕陽が戦力として成立しねェから同伴してるだけだぞ」

 あんまりな言い分に口を挟みそうになった夕陽だが、確かに幸ありきでの戦闘能力でこれまで生き抜いてきたが故に何も言えない。〝憑依〟抜きでは新たに得た刻印術とて肉体の耐久度が追いつかず大したブーストは見込めないのだ。

 ド正論をぶちかまされた白埜が抵抗むなしく鎮圧される。そんな彼女は最後にこれだけはと念を押すように呟いた。

「……じゃあ、約束。

「善処はする」

 それは承諾ではなく、それは不確定な展開における可能性の示唆でもあった。

 そのやり取りの内容を正しく理解把握していたのは、会話していた二人以外ではもう一人のみ。

 アルはその一人に白埜を預ける。

「頼んだぞ日和。もしなんかあったそん時は……って、何もあるわけねェか」

 日向日和。無傷の彼女の、その何も通されていない右の袖だけが潮風に揺れる。

 夕陽の申し出を、彼女は驚くほどあっさりと受け入れた。すなわち今回、日和は同行しない。

 これがどこまで本気なのかはわからない。もしかしたら夕陽達が出立したあとでこっそり付いてくるのかもしれない。だがたとえそうだったとしても誰がそれを邪魔できようか。この場で手負いの退魔師すら止められる者はおそらくいない。

 ただ信じるしかない。夕陽に出来るのはこれだけだった。

「夕陽」

 呼ばれ、夕陽は日和と向き合う。

「これから先、何が起きても。君は君のやるべきことをしなさい。いいね?」

「……はい」

 その言葉が一体どの何を示すものなのか、あまりにも抽象的ではあったが夕陽はそれに頷いて見せる。

「へーきへーき!なんてったってこのティカさまがいるんだから!今だって花粉食べすぎて今にもうっぷ……出そうなんだから……」

「蓄え過ぎだろ使う前にリバースすんなよお前…」

 初めだけハイテンションで、それから急速に口とお腹を押さえたロマンティカの隣にいたディアンが妖精から少し距離を取る。この半日で回復役としての鱗粉補充は上限を超えるか超えないかの瀬戸際まで行ったらしい。

『ええ。子供を一人連れ帰る程度、造作もありませんよ』

 竜化したヴェリテも普段からはあまり考えられないような言動で士気を保とうとしている。これから行うことがどれだけ至難の業であるか、竜種たる彼女が察していないわけがなかろうに。

 ヴェリテに隣接する、通常個体よりも数倍大きな雀型救世獣に乗ったカルマータが指を打ち鳴らすと、全員の体が魔術で強化される。

「長くは持たないが、無いよりマシだろう。どの道長期戦は不可能だしね」

 続けてエヴレナ、シュライティアが竜化。〝憑依〟を済ませた夕陽がヴェリテに、アルがシュライティアに、エレミアがエヴレナにそれぞれ騎乗する。

 最後にディアンはそのどれとも違う竜―――日和の使役する式神竜『タ号』の頭部に飛び乗った。

 五つの飛行戦力がほぼ同時に浮き上がり、日和と白埜を残して砂浜を離れた。

 幼さのある竜の咆哮と共に同胞達に加護が付与される。〝秩序の祝福カリスマ〟。加えてこの戦いも紛うことなき世界の敵に対峙する大戦。〝真銀の眷属〟によって総員のスペックが底上げされる。

 やることはもう打ち合わせてある。ここで呼吸を合わせることはしない。

 最速で空へ舞い上がり、最短でセントラル上空にいる巨竜目掛けて突っ込む。

 生物としてはまずありえない初速から、十一の戦士達は凄まじい勢いでエリア1をあとにした。


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