無数の足跡と共に


「…………」


 日向夕陽(と幸)。

 アル(と白埜)。

 ヴェリテ、エヴレナ。シュライティア。

 レディ・ロマンティカ。

 ディアン、リート。

 シスターエレミア。


 巨人戦を終え、一度編成を解いた後に再度次の戦への戦力を確認する夕陽。椅子の前二脚を浮かしたまま、絶妙なバランスを保ちつつ背もたれに体重を預け天井を仰ぐ。

 日向日和は、意図的に戦力には含まなかった。ここより先、彼女の存在は無いものとして考える。そうでなければ自分という弱者は絶対にあの人を頼ってしまうであろうから。

 日和といえば、彼女が使役している式神竜も一応はこちらの陣営として扱ってもよさそうだ。脳内で項目を一つ追加する。

 そしてこのメンバーの大半が現状過労・負傷によって療養中だ。呼べばすぐさま集まってくれるだろうが、万全でない状態で挑んだところで勝てる見込みはほぼ無い。

 〝成就〟奪還において黒竜王エッツェルは基本的に相手にはしない算段だ。この程度の戦力で倒せるはずがない。

 あくまで目的はセントラル上空に居座る超巨大竜の体内にいると予想されるウィッシュを取り返すこと。それ以外を欲張ってはいけない。

(暴竜、テラストギアラ…だったか)

 ヴェリテから話は聞いた。その情報も既に兵軍全体へ伝えてある。

 あの巨竜は己が歯牙を一生命一竜種として射出することが可能だという。加えてその広い口腔内にある歯牙の数は数千。さらにはそれすらも十数秒程度で生え変わるのだとも。

 アレだけで一個の群体、軍隊を相手取るものだと認識せねばならない。

 それに内部にはおそらくヤツもいる。

「ブレイズノア…」

 祖竜。エッツェルと同程度の脅威として君臨するひかりの王。

 他にも火刑竜、疫毒竜などの存在も地下遺跡で交戦済みだと聞いた。それ以外にも竜王に降った竜種はいるはず。

 この手勢で、あの大勢力を相手に少女を取り戻すことなど出来るのだろうか。

「なに、小難しく考えるこたないさね」

 解散してこの部屋には自分と他二名しかしかいないはず。あの神造巨人戦での疲労が祟ったのか、幸も今はティカと共にベッドですやすやと眠っている。

 人影はカーテンと窓を挟んだ先、オーシャンビューが望めるベランダにあった。

 そのシルエットと声を夕陽は忘れていない。

「カルマータか。無事に蘇生できたんだな」

「まぁね」

 ヴァリスとの戦いで自己の肉体を二度に渡って破壊し尽くした不死の大魔女カルマータ。このホテルへの帰還途中ですらも半身を失ったまましばらく修復困難な様子だったが、もう全快したらしい。

 背を向けたまま海を眺めている(らしい)カルマータのシルエットから声が続く。

「次の概念体奪還、私も共に行こう。救世獣の機械軍は七割ほどここに残して他の兵軍員が使えるようにしておく」

 彼女自体も相当に有能な魔女だが、彼女が使役する無数の機械獣も汎用性利便性に長けた一団だ。いればどの戦場でも使い勝手良く動かせる。

「次の戦いはその性質上速度重視となる。つまり電撃戦ブリッツクリーク、…『〝成就〟奪還電撃戦線』ってとこかね」

「際どい戦いになる。これまでとは段違いに危険な戦場だ」

 何せ敵の総本山に直接殴り込みに行くのだ。無事に帰れるかどうかはまったくもって怪しい。

「安心していい。何があってもあんたらは私が守るよ。そのくらいしか、あの馬鹿息子を楽にしてくれた恩は返せないからね」

 死を知らぬ魔女は気さくにそう返す。きっと、また己が身を犠牲にすることを厭わず盾となるつもりでいるのだろう。そんなものをこちらの誰一人として望んでいないと知りながら。

「お前だけに負担を押し付けるつもりはないよ。全員で血を流し、全員で勝利を掴む。俺は…あの人ほど割り切れないんだ。子供だから」

 日向日和は自他の全てを平等に駒として見る。そうでない例外は夕陽のみだった。現に、彼女は自分に出来ることを腕一本を軽々と捨てて実行してみせた。

 自分だったらきっと躊躇う。それが自分の腕でも、他人の四肢だったとしても。

 殺し殺されの戦場では致命的な思考能力。ほとほと自らの甘さ青臭さに嫌気が差す。

 だが。

「なら良かったじゃないか、子供で」

「…、え?」

 言われたことの意味が、数秒を費やしても理解できなかった。それを知ってか知らずか、ややの間を持たせて魔女が言う。

「あんたが理想とする『大人』とやらでこの世界を救いたがっていたら、誰も付いてきやしなかっただろうさ」

「…………」

 そこまで解を示されて、夕陽はやはり彼女のことが思い浮かぶ。

 最強の人。たった一人で全てが完結する存在。だからこそ誰とも距離を縮めることがなかった人。その必要性が無かった人。

 夕陽の理想は、つまり誰とも寄り添わず誰とも関わり合わない孤高の道を指していた。

「たった一人で何も出来ない子供だから誰かと共に在る。たった一人でも何かを成そうと頑張るから誰かが共に居てくれる。最強りそうとは程遠い在り方でも、その生き方は確かにこれまでの路を支えてきたはずだ」

「…それでいいのか、いつも不安になるよ」

 同じようなことを前に言われたことがある。繋がることで得る強さがあると。唯一ではなくとも無二であるそれこそが別口の『最強』に至るものであると。

 日向夕陽の歩く道程には、自分以外の多くの足跡が刻まれている。

「本当に大人になった時にどうせ気付くさ。それがあんたの力だったってことにね」

 それじゃあね、とシルエットが片手を上げてベランダから飛び降りる。特に心配はしていない、きっと鏡の魔術で移動したのだろうから。

 結局カルマータが何を要件として来たのかははっきりとしていない。加勢の意思を示しにきたのか、消沈気味の夕陽の様子を悟って励ましに来たのか。

 どちらにせよ、夕陽の士気は確かに上がった。誰かに背中を押されないと本調子になれないところだって如何にも子供じみているが。

(まぁいい。それもこれも今更だ)

 時には開き直ることも大事だ。そうやって言い訳のように己を鼓舞して、夕陽は部屋に置かれているソファに寝転がった。今ベッドに入れば先に横になって眠っていた幸とロマンティカを起こしてしまうと思ったから。

 総員が完治し復帰するまでにはまだ少し時間が掛かる。仮眠を取るならこのタイミングしかない。

 あれだけ考え事ばかりで眠気を覚えることが出来なかったというのに、今は寝転がった瞬間からとてつもない睡魔が押し寄せて来てすぐに瞼が重くなる。

 胸につかえていたものが、ほんの少しだけ気にならなくなって。そのまま夕陽は仕掛けておいたアラームが鳴るまでの間一度も目覚めることない深い眠りについた。

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