被害状況深刻につき


 拠点たるアクエリアスのホテル『阿房宮』に到着するや否や、『桔梗』の飛竜達は一斉に砂浜に崩れ落ちて動かなくなった。

 無理もない。此度の戦い、最も酷使したのは他ならぬ竜種達だ。エヴレナが戦場に立つ時、それも『世界の敵』を相手取った時だけの極限定的に発動できる竜の二重強化。それによる反動は凄まじい。一気に寿命を削られて死ななかっただけまだ御の字というものだった。

 とはいえ飛竜達はしばらく使い物にならない。すぐさまホテルに残留していた衛生兵や兵士達の手によって介抱された飛竜達はそのまま療養という名の休眠に入る。

 反動といえば風刃竜も相当のものだった。現象としては筋肉痛に近いものなのか、人化したシュライティアは指一本動かすのにも相当の気力と体力を要する有様で、こちらも少しの休息期間が必要と判断された。

 竜種で戦闘後も動けていたのはヴェリテとアプサラスのみ。ことアプサラスに至っては、

「じゃあ、おばあちゃんは飽きたから帰るわね」

 なんて言って引き留める間もなく飛び立ってしまった。帰るも何もミナレットスカイは完全に破壊され尽くしている。あれだけ活躍し世界の危機に貢献した守護竜アプサラスがどこへ向かったのかは誰にも皆目見当がつかない。

「祖態……先祖返り、隔世遺伝……なるほど」

 残された唯一無事に動き回れる竜ヴェリテも、あの戦いから何事か考え込みいつの間にか姿を消してしまっていた。こちらはホテル内のどこかにはいるはずなのでひとまず放置しておく。

 今回も共闘してくれた叶遥加、大道寺真由美、マルシャンスの三名はホテルでの自然解散となった。こちらにも一人、夕陽へとちらちら視線を寄越していた妙な様子の少女がいたが、それは他二名に引き摺られる形で連行されていった。

 真由美と共にいたはずの登山家、セルゲイ・クロキンスキーはいつの間にやら姿を消していた。というより、ミナレットスカイ離脱時から既に行方知れずだったことが後になって判明する。彼がどこへ行ったのかは誰もわからない。

 一番重傷だったのは死霊術師トゥルーヤ。内側から爆ぜたような不自然な大怪我をして瀕死の状態だったが、こちらはロマンティカの応急処置とホテルへの緊急搬送でどうにか事なきを得たらしい。あちらの陣営にも治癒に覚えのある者はいるらしく、メインの治療はそちらで行われるとのことだった。

 またしても賑やかに(というより騒々しく)なったホテル。しばらくの間は戦後の処置で慌ただしくなりそうな気配が色濃く空気に満ちている。




 米津元帥から借り受けたホテルの一室にて、動ける人員は集合していた。

「…………やっぱり、治らないんですか」

 勝利したにせよ、やはり失われたものは多く大きい。

 それは人員武器兵器食料などの兵站類はもとより、彼らの陣営にとって一番の痛手は彼女の負傷だった。

 悲痛に呟く夕陽に、当の本人はなんでもないことのように説明する。

「魔法は一時的な効果ではなく永続的なものなのだろう。使い手自体もまだ健在だしね。あの『崩壊』の使い手を倒したところで、戻る保障もありはしないが」

 あの崩れ続ける不気味な少女。『崩壊』なる魔法を扱う超常生物。あれが放つ世界の終わりを防ぎ鎮静化させた代償として日和の右腕は喪われた。

 本人はあっさりとしたものだが、夕陽にとっては自分のこと以上にショックであった。常に共に生活していた親の、恩師の体が。諫める時も宥める時も、褒める時も慰める時も伸ばしてくれたその腕が。

「―――でも可能性はゼロじゃない。ですよね」

「やめておきなさい。挑むには準備も戦力も足りない。そもそも釣り合いが取れない」

 手に握る刀に力を入れて放った発言もやんわりと否定される。今の損耗状況であの『崩壊』に挑むことが自殺行為であることくらい子供の夕陽にだって理解できる。よしんばなんとか倒せたにせよ、それで日和の腕が戻る可能性は極めて低い。

「無論放置は出来ないが、それは私達のやるべきことではない。他の勢力、他の陣営に委ねるほかないだろうね」

 あれもこれもと欲を張れるほどこちらの戦力は厚くない。最初にこうと決めた目的を第一に果たすべきだと、日和は言外に夕陽へ伝えていた。

 すなわち、〝成就〟の奪還。

 世界の危機を前に遠回りをしてしまったが、ようやく一周してこれを成す段階へ戻って来たというわけだ。

「夕陽さん」

 一歩。これまで本来のシスターらしく狂言も振るわない様子でいたエレミアが前に出る。その表情には不安の色があった。

「…ウィッシュちゃんを……、どうか…」

「もちろん助ける。助けに行く。…異論は?」

 部屋にいる全ての者達へ視線を巡らせていくも、誰一人として不平不満を漏らす声は無かった。

 この場にいない、他の仲間達も同じことだろう。訊くだけ無意味と知っていても、形だけの確認は行っておきたかった。

 これにて総員満場一致とする。

「決まりだ。万全で挑むに辺り少し時間は置く。全員が戦える状態になったらすぐさま出るから、それまで各自準備を進めておいてくれ」

 それぞれに首肯したり親指を立てたりといった返事を見て、最後に夕陽がこう付け足す。

「……決着をつけるには早いにしても、乗り込む場所が場所だ。始まれば一瞬も気を抜くことはできなくなる。誰も死なずにウィッシュを取り返したい」

 またしても死線を潜ることになるのは必定だ。今さらそこに是非を問うことも罪悪感を覚えることもない。そんなものを気にする者達、仲間達ではないことはもう知っているから。

 だから。

「またここに全員で戻る。その為に死力を尽くそう」

 士気を上げるでもなく死期を悟るでもなく。ただただ子供じみた希望を口にした夕陽。

 そこに応じる返答もまた、先程とまったく変わらないものだった。


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