出立


 悲劇が二つ、あった。

 そのひとつ。


「おいエヴレナ。お前武器ならどれが一番使える?」


 地下探索のメンバーを決めた翌朝のことだった。

 唐突にホテルの外、海辺の砂浜に呼び出されたエヴレナがアルの急な問い掛けに戸惑いを見せた。

「なにいきなり?…えと、でも大抵の武器はそれなりに使えるよ?元の世界でも色々教えてもらったから。でも一番なら、やっぱり剣とかかなぁ、普段使ってる爪と近いし」

「そうか、おい竜化しろ」

「さっきから全然意味がわからないことばっかり言われてるんだけど!?」

 全力でツッコんでみるも、妖魔の無言の圧に負けて結局言いなりになる真銀竜が本来の姿に戻る。

「…ふむ」

『ねえこれでいい?……ねえ、アル?』

「うるせェ黙ってろ」

 有無を言わさぬ静かな剣幕に泣きそうになりながら、自らの背に乗ったアルの好きなようにさせるエヴレナ。

 しばらくエヴレナの背を往復して何か呟いていたアルだが、ついに足を止めて明確にこう発した。

「よし、だな」

『え?―――ひぎゃんっ!?』

 疑問は悲鳴に代わり、体から直接響く鱗を剥ぎ取られる生々しい音と激痛に幼きエヴレナは今度こそ落涙した。

「一枚じゃ足りねェな。もう二、三枚もらうぞ」

『いだぁっ!!いたい痛いっ!!』

 無慈悲にも否応なく鱗を剥ぎ取られる拷問のような様子を、傍らで見ている少年が一人。

「あわ、あわわ……」

「待ってろ小僧。コイツが終わったら次はテメェだ」

 恐怖に震えるシャインフリートは、妖魔の眼光から逃れられずただその場で震えていた。




 無論アルとて嫌がらせでこんなことを行っていたわけではない。

 此度の地下遺跡探索。都合上竜種の割合が多くなってしまったが、実際この状況はあまり芳しくはなかった。

 理由としては竜種達が本来の力を発揮できない場所での探索となること。

 地下深く潜る必要に駆られる以上、巨体において真価を発揮する竜達はその『竜化』という手段自体がほぼ封じられたようなものなのである。もしあの巨躯が地下世界で好き勝手暴れようものなら、たちまちの内に崩落し全て生き埋めにされてしまうだろう。

 歴戦の竜種であればそのような無様を晒すまいと人化のままで戦うことを選ぶだろう。現に、ヴェリテやシュライティアといった戦士は自らの衣服と同じ原理でその鱗や骨肉を一部露出させる形で戦槌や双剣として武器に変じて扱っている。

 だが若輩の竜たるこの二名はそれを行う術がない。教えるにしても時間が足りない。

 その結果として導き出された最適解がこれである。

 竜の鱗すらも『異界の鉄鋼』として己の手中に収められる鍛冶師が、当竜達の代わりに武器を鍛える。

「お前らの寸法に合わせて短めに造ってやったぞ、ありがたく思え」

「うぅ…ぐすっ。あ、あ゛りがどう……!」

「いっ、……痛かっだよぉ゛……!」

「これ以上泣き喚いたらマジで張り倒すからな。とっとと泣き止め」

 傍若無人に言ってのけて、アルはエヴレナとシャインフリートにそれぞれ武器を手渡す。

 小太刀〝銀天〟と、短剣〝極光〟。

 頭身の低さを鑑みて調整された特注の刃二振り。造ったアル本人であれば数度の使用で自壊する武装であるが、これを素材の主達が使えば話は変わる。

 鍛造過程こそ違えど、これは雷竜の戦槌や風刃竜の双剣と同様の性質を宿す。つまりこの真銀竜と浄光竜が使い続ける限り、自由に自分の身の内から出し入れ可能で、その破損も欠損も使い手が戦闘継続できる状態である限りいくらでも修復される無二の刃となる。

「地下の間は基本それを使って戦え。広い空間なら竜化も出来るだろうが、まァお前らの場合はまず慣れる意味でもな」

「「はぁい……」」

 泣くと頬を張られるので懸命に涙を堪えながら幼き竜二頭はスパルタな妖魔に力ない返事をした。




 悲劇のふたつめ。

「えっっ!!ティカも行くんですか!?」

 驚きのあまり普段使わない敬語すら飛び出した子妖精が夕陽の頭部で地団太を踏む。

回復役ヒーラーが圧倒的に足りねェんだよ。どうせお前地上に残ってたって暇してるだけだろ」

「そ…んなことないもんっ!ユーとあそんだり、サチとあそんだり、…あと、えーっと。…そう!ユーとあそんだり!!」

「はい決定。地下行きな」

「やぁだー!!」

 これから修行で強くなろうという者の足を引っ張る気しかない遊びたい盛りの妖精を強引に引っ掴む。

 非力ながらも全力で抵抗するロマンティカが、アルの手の中で頭だけを出して助けを乞う。

「ユーたすけて!アクマに好き勝手される!!」

「人聞き悪過ぎだクソガキ」

「ティカ。俺からも頼むよ」

 ぎゃあぎゃあ暴れるロマンティカが、夕陽の言葉でぴたりと動きを止める。

「俺は今回力になれない。ディアンが代わりにって言ってくれてるけど、俺は…お前の力もきっと必要になると思ってる。俺もここまでたくさんお前に助けてもらった。間違いなく、お前はこの世界の危機に必要な存在なんだよ」

「………………」

「頼む。俺の修行が終わって、お前が地下から戻って来たら好きなだけ遊ぼう。だからそれまで、アル達を助けてやってくれ」

 静寂。やがて超音波のような高い笑い声がアルの手元を揺るがす。

「っふふ、あーっはははは!!しょーーっがないなぁああーー!!ユーがそこまで言うなら?大人なティカがたすけてあげるもんね!その代わりっ!約束ちゃんと守ってよねっ」

「ああ。必ず守るよ。お前の好きなことをしよう」

 ……否。これを悲劇と呼ぶのは早計だったのかもしれない。

 少なくとも、妖精本人はこれを悲しきこととは捉えていないのだから。




     ーーーーー


「じゃあ行ってくる」

「ああ、気を付けてな」

「次地上に戻ってくるまでには強くなってろよ?」

「あーあ俺も行きたかったんだがな。しゃあねえ今回は譲ってやるか」

「安心しろ、任務は確実に遂行する」


 アル・夕陽・ディアン・鐵之助・シュライティアが拳を打ち付け合う。


「では」

「修行がんばってねーユーヒにアカギ、あとアンチマギアも!」

「アタシはついでかオイ?」

「……きをつけて、ね」

「…っ!」

「がんばれー!」

「うん。頑張ってきます!」


 ヴェリテ・エヴレナ・シャインフリートらはにこやかに、居残り組とハイタッチを交わす。


「ったく、なんで私が残んなきゃなんねーんだっつの。ダリィ」

「皆様方お気をつけて。女神リア様のご加護があらんことを」

「充分に用心せよ。おそらく一筋縄ではいかんじゃろうからな」


 戦闘狂のリヒテナウアー、狂信者のエレミア、そして米津玄公斎の見送りを受けて、竜化した竜種達の背に飛び乗った地下探索組は思い思いの形で威勢を示す。


 そうして激戦を終えたばかりの一同は一旦その戦力を二分化させ。

 この先を戦い抜く為に必要な要素を獲得する為、地上と地下とで己がやるべきことに向かい合う。

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