暗黒竜王の懸念、悪竜王の享楽
「なるほど。古き我が城、我が都。…ドラコエテルニムか」
閉じた片目から視覚を共有していた無貌の翼竜の情報を得て、竜王エッツェルは人間達の魂胆を読み切った。
セントラル地下深くに眠る古都へ潜り、神器を手に入れる。あの剣を用いては、いかな竜王とて無傷では通せない。忌々しき神竜の威光は死して武具と化した後になっても黒き鱗を斬り裂く力を秘めている。
「エッツェル様!わたしっ、わたしが行きますっ!」
巨大な祖竜の内側でもよく響く声で、その顔色に似合わず元気に挙手して飛び跳ねるメティエール。腰を浮かし掛けたエッツェルがその勢いに押されるように再度玉座に座り直す。
「…やれるのか?メティエール」
「やれます、やります!だってエッツェル様を苦しめようとしてるやつら…それも人間たちだっていうなら、死ぬほど痛い目にあわせてやらないと気が済みませんから!」
疫毒竜メティエールは幼いながらにその力は並大抵の竜種を上回るポテンシャルを秘めていることはエッツェルも知っている。
だが相手の勢力は当時の出せる総戦力だったとはいえ人造の竜を撃破したほどの強者揃い。無策で放り込んではいかに人間に憤慨する少女竜とて勝ちの目は薄いだろう。
「エッツェル殿。私にも出陣の許可を」
考えを巡らせる最中、恭しく前に出て片膝をついたのは少し前にこの陣営に合流した新たな竜。
赤毛に埋もれる水牛のような角の下で、きつく釣り上げられた眦が委縮することもなく竜王を見上げている。
赤いミニドレスの上から白銀の鎧を纏った彼女こそは火刑竜ティマリア。この陣営の中でも一際エッツェルの思想に寄った竜種至上主義を掲げる苛烈な女竜だった。
ティマリアはエッツェルの無言を是と受け取り、その先を続ける。
「メティエールだけでも充分な戦果は挙げられましょう。しかし我々は神器の奪い合いで戦力を目減りさせる余裕があるほど興に飢えているわけではありませぬ。ここは確実に目的を達せられる者を選抜するべきかと」
「貴様ら二人でなら、それを成せると?」
「然り」
確たる断言に、エッツェルはしばし唸り、そして決断する。
「よかろう。メティエール!」
「はい!」
「お前の父母を連れてゆけ。厄竜としての指揮権限は全てお前に譲渡する。お前はまだ幼く戦闘経験にも乏しい。戦局をよく見極め、引き際を間違えるな」
「わかりました!」
「ティマリア」
「はっ」
「メティエールを補佐し、戦況に応じて進退を慎重に判断しろ。戦闘竜も必要数持ってゆけ。采配は貴様の武人としての経験に任せる。くれぐれも死ぬな。私に、私を慕う者を手ずから傀儡にさせる苦渋を取らせるな」
「王命、確かに拝受致しました。生きて帰り、神器を砕いて参りましょう」
二名の竜が応じ、足早に玉座の間を去ってゆく。その背中が暗闇に消えるまで見届け、竜王は深く息を吐く。
「まだ児戯だ、許そう。…………だがな悪竜。遊び半分が過ぎれば、たちまちの内に壊してくれるぞ」
竜王エッツェルは、人間達よりも同胞の竜種にこそ警戒を向けていた。
ーーーーー
「くっくっ。ああ怖い怖い。どうした暗黒竜王よ。まだ児戯であろうに?」
どこかの常闇で、幼き翁は愉悦に嗤う。
「見ていたぞ、見ていた。貌無き乳白の翼竜、あれぞ『歯兵竜牙』。数千数万と生え渡る暴竜テラストギアラの歯牙、その一つ。くく、祖竜を二体も従えておきながら、一体何を引け腰になっておるのやら」
呵々と悪竜は嗤う、嗤う。
来る戦に胸を躍らせ、観客に徹するハイネは盤上を盛り上げる為の仕掛けを練る。
「どれ、彼奴だけでも充分ではあるが、コレも使うか。ああアレもいいな。地下に放れば良き具合に場を乱してくれるであろうよ」
あくまで自身は現地に身を投じることなく、悪意に染めた手駒を用いてより鮮度の高い娯楽を求める。
「楽しもうではないか、共に笑い合おうではないか。これなるは地に深く根差した最古の遺物を巡る大劇場!さては奪うか砕くか、あるいはどれとも異なる末を迎えるか。とくと魅せてもらうぞ!」
悪竜王は嗤う、嗤う。
誰が勝っても負けても構わない。誰の手に渡っても面白い。
殺し合い、呪い合い、憎み合え。
それこそが特上の御馳走であると、悪竜は垂涎の戦乱に高揚していく。
「さあ始めよう、三つ巴に喰らい合う素晴らしき
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