いざ、竜の都へ (後編)


「ここへ来る前、廊下で二人に会いました」

 立ち上がった夕陽が玄公斎に向き直る。

 すれ違った二人はあかぎとアンチマギア、経路からしてちょうど玄公斎の部屋から退室した直後だったのだろう。青い顔をして歩く二人からそれは聞いた。

「あの二人に修行をさせるんだとか。…俺も、それに加えてもらえませんか」

「……なるほどのう」

 特段大きな反応もなく、玄公斎は座したまま机の上で組んだ両手に顎を乗せる。

 その眼は決意と覚悟を見定めていた。

「まだ求めるか夕陽君。さらなる高みを」

「元々が低すぎるんです。ここから駆け上がって、ようやく他の連中に並べる程度なんですよ、俺は」

 二人の話には誰も割り込まない。頭に乗ったティカですら、空気を読んで黙っていた。

 やがて玄公斎はふっと小さく笑う。

「いいじゃろう。ただしやるからには徹底的にやる。ワシは甘くないことを知っての願いであれば、それに応えるまでよ」

「ありがとうございます」

 一礼し、振り返った夕陽が仲間達を見渡す。

「そういうわけだ。俺はしばらくこの人に稽古をつけてもらう。勝手なこと言ってる自覚はあるけど、そう決めたんだ」

「別にいいんじゃねェの」

 大きく伸びをして、アルがまずその勝手を認めた。

「言うても今回は神器とやらを探して見つけるだけの仕事だ。元からフルメンバーで行こうとは思っちゃいなかった。お前がそう考えてるんなら止める理由はねェよ」

「本当なら」

 次に口を開いたのはディアン。リート共々その瞳には失望も落胆も無い。

「刻印術使いの先輩として俺も残って教えてやるべきなんだろうけど、お前が行かないなら代わりに俺がその穴を埋めなくちゃだよな。だから地下探索には俺が行く」

「悪いなディアン。リートも。刻印術ももちろんマスターできるように並行して研鑽しておくさ」

「無理はしないようにね。君の扱う刻印は容易に命を削るから」

 カナリアも陽気に夕陽の決断を応援する。他の面々も、彼の独断を咎める者は誰一人としていなかった。

「さて、そんじゃ」

 勢いをつけて立ち上がり、アルが部屋の中央で話を進める。

「なら誰が行くかだ。俺とディアンは確定。んで海賊団船長とあの米津の孫娘は夕陽と一緒に修行で地上居残り。軍人共も動けないとなれば…」

 鹿島綾乃は術式の使い過ぎでダウン。冷泉雪都も重症の長曾根要に付きっ切りで動けない。梶原鐵之助はそもそも玄公斎が行かせないだろう、あれでも一応は元軍属の人間だ。戦後処理に回されるのは分かり切っている。同じ理由で参謀副官の墨崎智香も参加不可。モンセーに至ってはもはやしばらく戦える体ではない。

 選択肢に残るのは自然と絞られる。角を尾を持つ人ならざる者達。

「ヴェリテ、シュライティア。わかってんな?」

「ええ、そうなるとは思っていました」

「委細承知にて」

 予想していたか、特に不平不満を漏らすこともなく二名の竜種が頷きを返す。

「それでは私達四名(と一羽)で地下攻略を?」

「いや、お前も来い。エヴレナ」

 メンバーの確認を行ったヴェリテに、アルが追加で白銀の少女を呼びつける。

「話によれば地下にある竜の都は竜王や神竜にも縁が深い場所らしい。エヴレナの存在が何かの鍵になるかもしれねェ」

「うん、いいよ。じゃあわたしも行く」

「…だっ、だったら僕も!」

 いくつもの修羅場を経験してきた故の余裕か、平然と同行を承諾したエヴレナに次いでシャインフリートが自己を主張する。同年代の竜が行くことに触発されたか、それとも愛しの闇焉竜の為に変わると決めたその心意気がそうさせたのか。

 ともあれその強い意志をアルは決定打にした。

「好きにしろ。ただし甘ったれた考えはするなよ。ガキとはいえ男なら自分の身くらい自分で守ってみせろ」

「うん!」

 一通り人選が済んだところで、アルは部屋の端でのほほんと様子を見ていたシスターに話を振る。

「お前はどうする、エレミア」

「それだけお強い方々がいるのなら、私が出る幕はありませんね。そもそもリア様の『天啓』に地下遺跡とやらはまるで反応していませんし」

 これである。女神が絡まなければこの修道女はたとえ世界の危機であっても発心することはないのだろう。

 それこそ、エレミアが出撃を控える理由は地上の前触れにあった。

「米津様と同じものを私も見ました。というよりいつもの如く女神リア様からの啓示という形でしたが。おかげで昨夜はまったく眠れませんでしたよ、だってあの大神リア様のお声がまた聴けるなんてこの身に余る光栄なんですから!ああどうしましょう思い出したらまた体が火照ってきてしまいましたどうですか皆さん私と一緒にプチリア様編みぐるみを作りませんか!!」

「あーうっせェ。黙って一人で編んでろ」

 途中から持病の女神狂信が始まりもはや耳を塞ぐアルがエレミアに背を向けて話を終わらせる。

 実際のところ、地上に戦力を残しておく必要性はもちろん感じていた。

 玄公斎とエレミアが見た(あるいは感じ取った)他女神の侵攻がアル達の不在間に起きないとも限らない。それを見越して、あえて最大戦力のひとつであるリヒテナウアーは最初の段階から数には入れないでおいた。

 アルの直観も何か異質を感じ取っている。空振りに終わる可能性もあるという話ではあったが、間違いなく何かはある。

 そして、それは生半可な力で罷り通る脅威ではない。




 青い鳥は空に溶け込むように飛ぶ。ホテル上空を旋回し、彼らの情報を抜き取って主へと伝える。

 そんな鳥を、空中で噛み殺す竜の姿があった。

 不吉で、不気味な、顔の無い乳白色の翼竜。口の中で青い炎と化した鳥をエサにはならないと判断したのか、つまらなそうにぺっと吐き出した無貌の翼竜は空へと帰っていく。

 その行く先には、光学迷彩により姿を隠匿された、大空を漂う超巨大な厄竜の姿があることを、まだ誰も知らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る