いざ、竜の都へ (前編)


 露天風呂での騒動がバレて米津翁にしこたま怒られ、夕餉の際にも何人かが度を越した騒ぎ方をして智香に怒られ、就寝前にも枕投げで騒いでいたところを目撃され雪都に怒られた。

 そのまま時空竜戦からの疲労を抱え泥のように眠った、次の日。


「こんないい服もらって、本当にいいのか……?」

 幾分かぎこちない歩き方で着ている衣服に気を遣うようにしている夕陽が廊下で呟きを漏らす。

 オルロージュとの戦闘でついに元の世界からこれまで着続けていた服が着用不能なレベルまで破れてしまったことで、なんと玄公斎から報奨として新たな衣類を譲り受けたのだった。

 昨日は入浴後から就寝までをそれぞれ用意された浴衣やパジャマといった寝間着で過ごしていた為、この服に袖を通すのは今朝が初めてである。

 夕陽が着ているのはスーツに酷似した戦闘服である。どことなく米津元帥が着用しているものに似ている気もするが、どうやら繊維からして特別性らしく、多少無茶な戦闘をした程度ではほつれもしないほど頑丈なのだという。

「っ…、…?」

「似合ってるよ幸。俺なんかよりよっぽどな」

 隣を歩く幸も、普段着ることの無い洋服、それも黒を基調として要所要所に豪奢な意匠がこらされたオフショルダードレスともあれば様子がおかしくなるのも頷ける。和服ではまず露出することのない足や肩に風が当たるのが慣れないのか、しきりに自分の身体を見下ろしては不安げに夕陽を見上げてくる。

「んねっ!ユー!ティカは?」

「うんうん可愛いなあ馬子にも衣裳だわ」

「なんかよくわかんないけどバカにしてない!?」

 ロマンティカも夕陽の顔周りを飛んで感想を求めていたが、予想していたものと違ったのかあまりご機嫌はよろしくない。

 白のインナーに桃色のジャンパースカートを組み合わせ、同じピンク色の髪もツインテールからポニーテールに変えた小さな妖精は、確かに着ている服のせいか前より少し落ち着いた女性のような印象を受けなくもない。静かにさえしていれば。

「テメェらはまだいいだろ、なんだ俺のはよ」

 夕陽らの少し前を歩くアルも不満気だった。その服装は夕陽や幸と同じ黒一色。されどデザインはだいぶ異なっている。

 これもどちらかといえば鐵之助が着ている改造軍服のような見た目だが、それよりもっと荒々しさのあるもの。

 夕陽はそれを見て特攻服トップクという言葉が真っ先に思い浮かんだが、口に出すのはなんとなく憚られたので黙っている。

「いや似合うよお前も、なんなら似合い過ぎてる」

「なにちょっと笑ってんだお前ぶっ飛ばすぞ」

「……アル、かっこいい」

「だろ?俺もそう思ってたんだ」

 夕陽に絡む寸前で差し挟まれた白埜の言葉にころっと態度を変えるアル。この戦闘狂も大事な少女にだけは抗えないようだ。

 ちなみに竜種組は変わらない服装だった。そもそも竜種が人化の際に着用している衣服や鎧は特殊な素材(自身の鱗や外殻を服っぽく加工したものらしい)を使っている為、着替える必要がないのだそうだ。

 そして軍属組とシスターは予備の軍服や修道服が多数あること、白埜は自分の衣服がさして傷んでいないのと他のを着たくないという理由で洗濯した同じ服装であった(どうやらオーバーサイズではなく本当にアルの着ていた服をそのまま横領して使っていたようだ)。

 ディアンとウィッシュはどういうわけかズタボロだった服が完全に直った状態で朝から平然としていた。どうもディアンに関しては刻印術の応用らしいが詳しいところはまだ聞けていない。そんなものがあるなら宴会用の術式なんかよりそっちを教えて欲しい夕陽だった。

 ウィッシュの方は完全に謎で、これにはエレミアも首を傾げていた。唯一白埜だけが何か複雑な表情をしていたが、それに気づいたアルはあえて黙っている。


 そんな一行が廊下を進む先には米津玄公斎の私室がある。

 朝食を終えて少しした頃、ホテルマンを介して全員に呼び出しがあったのだ。

「なんの話だろうな。まあ今後の動き方に関してなのは間違いないと思うけど」

「まずは戦力の増強だろ。これじゃ『完全者』だの竜王だのと満足に渡り合えねェぞ」

「確かに。戦艦の連中呼び寄せた方がいいだろ。それか格納してる兵軍の一個中隊そのままこっちに送ってもらえ」

 夕陽の素朴な疑問にアルが即答し、ディアンが代替案を提示してみる。

 だが彼らの予想に反して、部屋で待ち構えていた玄公斎の話はまったく別方向のものだった。



 米津元帥の『かくかくしかじか』は、南木様執筆の以下の話より↓

https://kakuyomu.jp/works/16817139557864090099/episodes/16817330651842965166




     ーーーーー


「というわけなんじゃがな」


 ひとしきり玄公斎の話を聞き終え、それぞれ椅子やソファーに腰を降ろしていた面々は顔を見合わせた。

「神器を探しに地下探索か。面白そうじゃねェか、やってやるよ」

 まだ探索を依頼されたわけでもなしにアルが挙手する。

 とはいえここまで話をした以上、ここの面子にその件を任せようとする意思は察していた。

 時空竜との戦闘で起きた諸々の処理が残っている。玄公斎を初めとする軍関係者や政治、軍事に秀でた者はしばらく身動きが取れないだろう。

 となれば残るはそういったしがらみの影響を受けない者達。少数、あるいは単独で事を成してきた彼ら彼女らのフットワークの軽さを考慮に入れれば遺跡探索への即時投入を視野に入れることは正しい判断と言える。

 当然、新調されたスーツに身を包む少年もこれを是とするものと考えていた。その場の誰もがそれを疑わなかった。

「待ってくれ」

 だが、夕陽はこの話を前にして苦い表情を浮かべていた。

 全員の怪訝な視線を受けて、夕陽は実に彼らしくもない言葉を口にする。


「悪い。俺は今回、参加できない」


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