伏魔殿


 セントラルの真下には広大な地下迷宮が広がっている…そんな噂は聞いていたが、所詮都市伝説の一つとして群衆の中で埋もれる程度の小話でしかなかった。

 実際のところはその脅威を正しく認めたセントラル政府の手によって揉み消され、大きな騒ぎに発展する前に隠蔽されてきたもの。

 参謀総長モンセーから送られてきた通行許可証をそれぞれ人数分。誰に文句を言われることもなく彼らは己が仕事を果たす為に地下へ降りる。

 だがそもそものところ、文句を言われるどころか誰にも会うことはなかった。

 ―――生きている者には。




「お疲れ様でした。貴方がたの尊く誇り高い魂は、きっとリア様もお認めになることでしょう。どうぞ安らかに……」


 下水から正しき道を教えられた通りにひた歩き、潜った鉄扉の数は三。潜るごとに重厚さと堅牢さが増す扉を守っていたはずの兵士達は既に亡骸と化していた。

 そして四つ目の扉。ここまで来ると扉の規模は十メートルにも及び、いくつものセキュリティを突破せねば地下への道は固く閉ざされたまま開くことはない。

 現地での合流で話を合わせていた修道女はそこにいた。

 シスターエレミアとはまた違う、白を基調としたフード付きの白い法衣に身を包み、栗色でセミロングの髪形をした若い女性。

 セントラル中央行政区より遣わされた教務委員クラリッサ・ローヴェレは、四周に転がる死体のひとつひとつに黙祷と合掌を繰り返していた。

 この兵士達は、今この場に集ったアル達よりも前に来た招かれざる客をもてなし、そして落命したのだろう。

「焼死体。焦げ臭さ以外にも残り香がすんぜ、テメェらと同じ竜種の獣臭だ」

 鼻をすんと鳴らし、アルが炭化し黒煙を燻らせる死体の前まで歩み寄ってから仲間の竜達を振り返る。

 どこで情報が漏れたのかは不明だが、こうなれば敵の勢力がどこのものかは容易に想像がつく。

「竜王の差し金で間違いありませんね。一手、先を打たれましたか」

 さして焦りもせず、ヴェリテは巨大な鉄扉の先を見る。

 多くの兵士が己が命も顧みず死守せんとした地下への扉は、真ん中からグズグズに熔解して大穴を開けていた。既に侵入を許している。

「ひ、どい……なんで、こんなことっ…」

「…大丈夫?シャインフリート」

 死体を目の当たりにして口元を手で覆うシャインフリートの背をエヴレナが優しくさする。同年代でも戦闘、殺し合いの経験値が違い過ぎる差が露骨に現れていた。真銀竜はもはやこの程度で狼狽えるほど精神的に脆くはない。

 そしてそれは、シャインフリート以外の面子全員が該当していた。

「クラリッサだったな。死者を悼むのもいいが、俺達がまずやるべきはそこじゃねえんじゃねーの」

 無慈悲に言い放つディアンを誰も咎めはしない。話を振られたクラリッサ自身、その言い分が真に正しいことは重々承知の上だった。

 死体に寄り添っていたクラリッサはゆっくりと立ち上がり、集った種々混合の八名を伏し目がちな瞳で見回す。

「…失礼しました。ご存じの通り、私はセントラル行政区に在籍する教務委員クラリッサ・ローヴェレ。此度の神器捜索の任においての案内役を仰せつかった者です。以後お見知りおきを」

 終始伏せられた顔はフードと髪に隠れてほとんど見えないが、よく目を凝らせば頬には涙の痕が残っている。見た目通りに、人を尊びその死生に深く感じ入ることができる人格の持ち主だとわかった。

「互いに書類と玄公斎ジジイ伝いではあるがもう知ったモン同士だろ、いちいち八通りの自己紹介してるヒマはねェ。話があんなら降りながらするぞ」

 ずいと足を前に運び、妖魔が先陣を切る。

「ええ、アルの言う通り」

 次いで雷竜がその背を追随して、

「然り。そして生憎と我々は今それほど

 さらにその後方についた風刃竜。

 三者が熔解した扉に近づいた時、絶命したはずの死体のいくつかが急に跳ね起きて彼らに飛び掛かった。

 クラリッサの声も遅く、刃と槌は瞬時に翻り死体を両断、圧壊。雷と炎が今度こそ死体を灰塵に帰し、突風が塵を巻き上げ吹き散らす。

「…訳すと、わりと今、キレそうなんだってよ。黙って付いてく方が安全だ」

 何もかもが一瞬の出来事に唖然とするクラリッサの肩を叩いてディアンとリートが声を掛ける。後に続く残りの面子も慣れた様子だった。

 教務委員はようやく理解した。こんな少数だけで無数の脅威蔓延る地下遺跡への探索許可が降りた理由。

 確かに彼らならば。そう思わせるだけの迫力と実力を垣間見た。




     ーーーーー


 現状の情報からして敵は少なくとも二体。

「あんなデケェ扉を焼き切るだけの力だ、並みの火竜じゃねェな」

「死体が動いたのはどういう理屈ですかね。同一の竜でないとしたら別個体ですが」

「この世界につい最近渡って来た竜に毒使いの一族がいた。その毒は生物を自在に操る洗脳毒も得てとし、死すら誤認させ生きた屍として使役することも可能としたと」

 竜王エッツェルが神器の存在を、そしてそれの入手を目的としていることを知れば間違いなく刺客を送り込んでくるだろうとは考えていた。誤算だったのはその迅速さ。

 だがその対応の速さが逆に、竜王の焦りを思わせる。これは神器が神だけでなく竜王にも有効打であることの何よりの証明だ。

 出遅れたが、必ず手に入れる。


 地下というだけでは説明のつかない薄ら寒さ。瘴気すら感じさせる地下の先は間違いなくあらゆる異質、異形が跋扈する異界の伏魔殿。

 先を行った竜種の気配、最奥に眠っているはずの神器の威容。そういった聖魔混ぜこぜの空気の中にあって、一際感覚の鋭い者達はまた別種の違和感を覚えてもいた。

 何かが居る。あるいは在る。

 全力で第六感を展開し地下への第一歩を踏み出したアルが初めに見つけたもの。


『やあ』


 それは、器用に二本の足で立つ二頭身程度の白ウサギだった。





     『メモ(information)』


 ・『妖魔アル』、『雷竜ヴェリテ』、『真銀竜エヴレナ』、『風刃竜シュライティア』、『浄光竜シャインフリート』、『刻印術師ディアン&リート』、『妖精レディ・ロマンティカ』、『クラリッサ・ローヴェレ』以上九名(以降『探索組』と呼称)。『エリア0-2:セントラル地下』へ侵入。


 ・『火刑竜ティマリア』、『疫毒竜メティエール』、厄竜二体及び戦闘竜多数。『エリア0-3:地下遺跡』を先行。


 ・『探索組』、『白ウサギ(?)』と接敵(?)。

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