正体不明の第三勢力
敵意は無く、悪意は無く、殺意は当たり前のように持たない。
そんな、一見するとぬいぐるみのような愛くるしさすらある白ウサギが、地下の第一歩目に立ち塞がる。
「…………」
『やあ。僕の名前はめっ』
ぼっふ。
「ちょっと!?」
何事か言いかけていた白ウサギの腹へ爪先を沈み込ませ、アルのサッカーボールキックが白ウサギを地下闇向こうの先まで蹴り飛ばす。
二重の意味で驚いたロマンティカが渾身の力でアルの頭をはたくが、小さな妖精の掌底など痛くも痒くもない。
「んだよこんなとこにいる時点でマトモじゃねェだろ。先手必勝だ」
「しかも念話を使っていましたしね。竜王の刺客ではなさそうですが、はて一体なんだったのか…」
『僕の名前めっふぃだよ』
再度、頭に響く念話の声。
闇の向こうに跳ね転がっていったはずの白ウサギは、探索組の背後に現れていた。
「…、マジで何なんだこの野郎」
「今度は槌で確実に潰してみますか?」
「ねえやめてよかわいそーでしょ!?」
「待って待ってまだ敵かどうかもわかんないじゃん。ね?」
人の心や情動といったものを持っていないかのように冷酷な話を始める前二人を、ロマンティカとエヴレナがそれぞれ押さえる。その間に、ディアンは白ウサギの襟首を掴み上げて間近に観察していた。
「敵……にしては確かに間抜け過ぎるよなあ。リート、これなんだ?」
「異界の生物は流石に門外漢だよ。でも『敵ではない』ことだけは分かる。ただし手放しで味方とするには少し違うね」
害あるものではないと判明した上で、触りたがって両手を伸ばしていたシャインフリートに白ウサギ(自称めっふぃ)を渡す。
少年竜はそのふわふわのウサギを両手でしっかり抱えて、ひとつの提案する。
「じゃあ、とりあえず一緒に連れてく?」
「何がじゃあなのかわからないが、別に害無き内は連れていても問題はないだろう。アル殿はどうか」
「勝手にしとけ。行くぞ」
シュライティアの言葉に、アルは背中を向けて歩き始めながら答える。
先程のように追い払ってもすぐさま視界の外でリスポーンするような存在なら、構うだけ時間の無駄だ。対処は牙を剥いた時に考えればいい。
「…アル」
「あァ、やっぱおかしいなこの地下は。竜だけじゃねェ、クソ気持ち悪ィ気配を感じる。おまけにドス黒い悪意までと来た。こりゃ気にするのは竜王手勢だけじゃなさそうだ」
気にかかる要素がやけに多い。本来セントラル地下に潜んでいた何かなのか、それともさらに奥深くにある遺跡から昇ってくるものなのか、それともまったく別の何かなのか。
様々な気配が絡み合う地下ではその判別すらつかない。
一瞬の油断で足元を掬われかねない環境に肌がピリつくのを感じた。
だというのに。
「えーなにこれもっふもふー!もってかえりたーい!」
「ティカずるいよわたしにも貸して!うわすご!パウダービーズみたいな抱き心地!ほんとに生き物?ほらほらクラリッサさんもっ」
「いえ私は別に……おおう、これはなかなか…」
「僕が持ってたんだから返してよー」
まるで遠足気分で暗い地下空間を進む後方の連中の無邪気さにどっと毒気を抜かれてしまう。
「遊びに来てんじゃねェぞお前ら。何はしゃいでんだ―――」
らしくもない注意のひとつでもしておくかと振り返った時、アルはほんの僅かな時間、思考を奪われた。
薄闇が取っ払われ、見渡す限りの広大な更地。そこにアル達は立っていた。
「ッ!」
すぐさまアルが刀を地面から生成し、まず前衛を張る。といっても四周なんの障害物も無い場所では前後左右もあったものではない。残る左右後方は迅速にヴェリテとシュライティア、そしてリートを肩に乗せたディアンが受け持った。
「えっ…」
「なにここ…?」
四名の戦士に囲われる形で中央にまとまる者達はいきなりの変化に目を白黒させていた。唯一、クラリッサだけは意識を切り替え懐から鉄槌を取り出していたが。
「いつやられた。転移か、幻覚の類か」
「私達全員を欺く幻覚ならたいしたものですが、今のところは幻の中という感覚はありませんね」
「何かの罠を踏んだ可能性もある。ダンジョンでトラップはお決まりだからな」
「だからといってこれほど鮮やかに全員を纏めて捕らえられるものか?誰一人気付けなかったのだぞ」
アルの疑問にヴェリテが応じ、ディアンの言葉にシュライティアが否定的に答える。
まったく全容が掴めない中、エヴレナの腕の中にいた白ウサギが、口を使わずその声をその場の者達に届ける。
『…『園芸』のスコップ・コーン。その性質は、浸透』
「テメェ。何を知ってやがる」
淡々とこの現状を見知ったように告げる白ウサギは、アルの静かな剣幕に物怖じすることもなく、こう続けた。
『さあ、ネガを滅する魂の輝きを魅せてくれ』
「ネガ…?」
「やっぱ別口の勢力か!」
「それにしたってネガなんて聞いたこと…ヴェリテっ!」
何かに勘付いたエヴレナが、身を低く飛び出す。手中の白い輝きから抜き出すのは短刀『銀天』。抜刀の勢いでヴェリテの足元から伸びた何かを素早く斬り払った。
「これは…蔦?」
「敵は地面か!」
何の気なしに踏み締めていた芝生から絶えず生物のように植物が生い茂り湧き出してくるのを躱しながら、芝生の生えていない地点まで下がる。
しかし広大な空間のあちこちに点在している芝生は、じわじわと溢した液体が広がるようにその浸食を広げつつあった。
「わけがわからん!結界…具現界域に近い断絶空間か!」
推測も仮説も立てられるが、そんなことに時間を費やす場合ではない。
芝生の浸食に合わせて増え続ける草花の怪物に逃げ場を奪われつつある中、九名は自らの武器を取って構えた。
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