【対竜王兵軍発足】編

日向幼稚園 / 微睡むは星の囁き


 激憤に駆られるアルが謎の襲来に対応し別空間へ消えていったあと、残された俺達は今後をどうするかを決めあぐねていた。

「……アル…」

 だが、まずひとつ。あの妖魔に頼まれたことだけは必ず果たす。

「お前が白埜だな?」

 改めて地上に降り立ったエヴレナが降ろした二人の内、よく見知った幸とは無言で再会を嚙み締めた。この子とは今更言葉を重ねる必要はない。童女の『会いたかった』の眼差しに対し、応じる視線に込めるは『無事で何より』とだけ。

 そして、俺は幸と並ぶ小さい背丈の少女の視線に合わせる形で膝を折る。

「お前の話はアルから聞いてる。そのあいつから頼まれた、お前を守ってくれと。だからあいつが戻るまで、お前があいつとまた会えるまで。俺が必ずお前を守る。だから安心してほしい。…それで、今はいいか?」

「…………」

 初対面の俺に対して、藍色の瞳は決して逸らされることなく照準される。その瞳は、どこか俺の最奥を覗かれているような気さえした。

 やがて、白埜は緊張を解くような呼気をひとつ吐く。

「……よろしく、おねがいします」

「よしきた」

 …自分で言うのもなんだが、俺とてそれなりの経験を重ねてきた者の一人だ。だからか、解る。

 経験則からも、漂う気配からも、〝干渉〟で掴んだ神聖からも、この少女が見た目以上にとんでもない存在であることを。

 妖魔アルは凄まじい存在濃度を持つ高位霊格の持ち主を侍らせているらしい。こうして対面してようやく理解した。

 まったく一体全体どういう経緯によるものか、とても興味はあるけれど、今はただあいつとの(ほぼ一方的な)懇願を聞き入れて叶える他あるまい。あの男、どうやら打算抜きな直情馬鹿らしい。だが見る目だけはあると断言してもいい。

 俺はあいつのお眼鏡に叶ったらしいのだから。せめてその期待に応えねば託されたものとしては嘘であろう。

 少し笑って、俺は忘れていたことを告げる。

「自己紹介が遅れたな。俺は日向夕陽、そこの幸に力を貸してもらっている人間だよ」

「…っ!」

 名を呼ばれ、幸は自己を主張するように俺の隣に並んでみせた。

「そしてティカが!!」

 そんな幸の反対側の肩に勝手に乗って来た妖精が声高く名乗る。

「知る人ぞ知る大妖精!誰もが認める大人の女!レディ・ロマンティカとは他ならぬこのティカのことなんだからっ!」

「だそうだ。仲良くしてやってくれ」

 俺のぞんざいな扱いにもめげずへこたれず(あるいは気にせず)、ロマンティカはやや興奮気味に言葉を継ぐ。

「ユー!このちまっこい子がユーの言ってた『何よりも頼りになる最高の相棒な大人の女』なの!?話がぜんぜん違うじゃないー!!」

「お前の方がちまっこいわ」

 しかも曲解している。俺が言ったのは『苦楽を共にしてきた誰よりも信頼に値する相方』だ。……大人の女以外はほぼ合ってるか?

「なによーならティカのほうがずっとずぅっと大人だもん!ここから先はティカがあなたにかわってユーの相棒になるね!」

「…!?」

 言って、首に小さな両手を回すロマンティカ。それを見てこの世の終わりのような表情になった幸が俺の腰回りにしがみついて涙目で見上げる。勝手に修羅場にするなこの子妖精が。

「ありえん。俺の相棒は生涯幸だけだ。ロマンティカ、お前じゃない」

「なんで!?同じじゃない、同じような見た目じゃない!ならユーだってティカを選んだっていいじゃない!!」

「お前今さらっと俺を幼女性愛者ロリコン扱いしたか?」

 コイツ俺が幸を外見だけで選んでると勘違いしてやがる。大人の女を自称するお前が自分を幸と同じと言っていいのか矛盾していないか。

 というかそんなことはどうでもよくて。


「え!?やっぱりユーヒってそうなの!?どーしよヴェリテになんて言って慰めたらいいのかなもう勝ち目完全にないじゃないうわうわー!…っあ!というかそうだよユーヒわたしちゃんと覚えてきたんだけど見るパラパラ!?かなり己を抑えて無表情で踊れるようになったんだよすごい頑張ったんだからせっかくだから見てよほらほら見てってば!」

「……、ロリコン。ならアルも、ロリコン?シロは、子供だからアルに守ってもらえているだけ?子供じゃなかったらアルはシロのこと、見捨てちゃうの?ねえユウ、ねえそうなの……?」

「ほーらやっぱりそうだもんね!ユーはちいさな女の子にしか興味を示せない人間なんだもんね!いやーそれなら仕方ないかなティカは見ての通り内外においてどこまでも大人の女なんだけど!でも人間の尺度で見たら確かにまだ幼く見えなくもないかもしれないのかもしれないから!じゃあやむなく選ばれてあげることも視野に入れてあげてもいいのかなって思ってしまってしまわなくもなかったり!!」

「……っ!!…?…………っ……!」


「うーるーせーえェェええええええええええ!!!!」


 (少なくとも外見だけは)幼い少女達四人一斉の訴えに、我慢ならず叫んだ俺の嘆きは雲海の花畑のどこにも届かなかった。




 この騒動の後、エヴレナの提案により下に続きます↓

https://kakuyomu.jp/works/16817139557864090099/episodes/16817330647611503851




     ーーーーー


 しあわせな、ゆめを、みた。

 

 そこではおれはせかいさいきょうで、あらゆるきょうてきをたたきのめして、かってきた。

 そのしょうこに、めのまえには、たおれふした、おおおにのすがたがある。

 さけぐらいのおおおに、さいきょうのおに。しゅてんどうじ。

 おれのまわりには、ほかにもたくさん、したいがころがっている。

 るーんをおしえたこおりのじじい。ともにはをきそったきしのようせい。

 あらゆるすべてをたおして、おれは、ここにたつ。

 さいこうな、ゆめだ。おれがちょうてんにたつ。そのためだけの、ゆめ。

 はは。

 あっはは。


 ―――






「…やれやれ。星詠みも形無しですね、これは」

「…貴方、は」


 砕け散った星夜の先に、三体の姿が映る。

 ひとつは二十歳程度の男。軽くウェーブした銀髪に垂れ目がちの碧眼。

 ひとつはずんぐりむっくりした青白のタヌキ。…いや、放つ気配からそれが竜であるとかろうじてわかる。空間に桃色の風穴を開けたものと同じ存在感。

 ひとつは、既に邂逅を果たしているもの。


「くっ。ハハッ!」

 なんだこれは。

 己の望みを叶えてくれた、あのより、よほど魅力的な状況が眼前に広がっていた。


「雷の女ァ、テメェはあとでいい。どうする?うちの子を攫おうとしたクソタヌキか?それとも勝手に夢を叶えてくれたゴミカスの優男か?どっちでもいいぜ、とにかくさっさとぶった斬らねェと頭がおかしくなりそうだ」


 両手にそれぞれ違う属性を宿した刀剣を握る妖魔の青年は、冷静に見えるその言動と行動を以て、発狂手前の意志と狂喜手前の感激に手足を震わせながら、殺意の先を求めた。

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